65・人質
「失礼しますわ」
僕とブリュッスン男爵家マールオの間に、リリーが割って入る。
「お話中申し訳ありませんが、姉に用事がありまして。 少しお借りしてもよろしいでしょうか」
どうやらヴィーが心配で来たみたいだ。
「ああ、すまない。 ヴィー、またあとで」
「はい、イーブリス様」
リリーは、性格はちょっとキツイがこういうところは機転が利く。
小声で「ありがとう」と伝えておく。
僕がこの会場の人混みの中で話をするのは、勿論、誰かと話をしている姿を見せるためだ。
公爵家の孫はちゃんと双子で、幽霊じゃなく実在していることを知ってもらう。
伯爵家の双子令嬢以外とも交流が出来るのだと。
「それで、何のお話でしたか?」
一応、ヴィーの学校の先輩ということで丁寧に話を聞いている。
これが自分の領地や私室なら、下位の貴族を相手に普通に「邪魔臭い」と断っていたさ。
「き、きみは、農業を馬鹿にしているのか」
はあ?、何を急に言い出すのやら。
「作物は勝手に育つものではないんだ。 うちのご先祖様と農民の努力の賜物を、我が領から大量に奪うなど」
僕は片手を彼の前に出し、言葉を遮る。
「何を言ってるのか分からん。 先日の謝罪ではなかったのか」
こいつは駄目だ、丁寧に話すのを止めた。
こいつは明らかに自分より年下だと思って僕を馬鹿にしている。
爵位など関係なく、自分は正義で相手は何が何でも悪だという、あの手合いだ。
いくら学校内は平等といっても僕は生徒ではないんだが。
話すのも億劫になって立ち上がる。
「逃げるのかっ」
ふふっ、魔物にその言葉は誉め言葉だよ。
「お前が先の契約に不満なのは分かった。 では代替え案を出してやろう」
座っている相手に近付き、ぐいっと顔を覗き込む。
「農産物の量が不満なら半分にしてやってもいい。 その代わり、欲しいものがある」
高圧的だった上級生は今頃になって不味いと感じ始めたのか、目が泳ぎ出す。
「そ、それを聞いたら受けなければならないのか?」
「そんなことはないさ。 作物を納めるのも次の収穫からになっているし、僕の新しい提案を受けるかどうかも急がない。
この冬が終わるまでにどちらかを選べ」
男爵子息は逸らした目を戻し、僕を睨む。
「農業指導者が欲しい。 そちらの秘匿している技術が欲しいわけではない。
ただ、こっちは人手不足なんでな。
それと、お前には弟か妹がいるだろう。 それをうちの領地で預かる」
春までに最低その二人をこちらに連れて来いと伝えた。
「……な、なんだって?」
「領主一族の鑑だな。 領民が一生懸命作った作物の代わりに、その身を差し出すんだから」
男爵子息の身体がわなわなと震え出す。
「お前は悪魔なのかっ」
ふふっ、ありがとう、分かってくれて嬉しいよ。
「後で正式な契約書を送る。 それに署名すれば前の契約書は破いてやる。
良い返答をお待ちしているよ」
そう言って僕はその場を離れた。
ヴィーを迎えに行き、友人たちに囲まれているアーリーたちを残して二人で帰途に着く。
ヴィーを伯爵家に送り届け、僕は本邸に戻る。
「スミス、先日のブリュッスン男爵領との契約書の件でお祖父様に取次ぎを頼む。
会場で男爵子息に遭って苦情を言われたので代案を出す」
迎えに出たスミスさんに早口で指示を出しながら私室に向かう。
「は、承知いたしました」
僕がメガネメイドさんに手伝ってもらって着替えている間に、お祖父様からすぐに会うという返事が来る。
相変わらず公爵家は仕事が早い。
お祖父様に今回の交渉の件を話す。
「その契約書の作成をお願いしたいのですが」
「ふむ、いいだろう。 カート、作成にかかれ」
部屋の隅に控えていたカートさんが頷き、質問があると言う。
チラリとお祖父様を見ると頷いたので、僕も頷く。
「農業指導員を一人となっていますが、人手不足なら農民数十名でもいいのではないですか?」
僕はカートさんのほうを向いて答える。
「食料を考えると人は出来るだけ増やしたくない。
それに指導される者よりも指導する者が一人いれば、あとはこちらで何とでもなる」
「ああ」とカートさんは頷き、もう一つと指を一本立てた。
「子供を預かるのはどういった意味合いなのでしょう」
あれ?、こっちの世界じゃそういうの無いのかな。
僕の人間の記憶から出たのだろうか。
「人質ですよ、勿論。 こちらの領地に不満があっても踏み込めないように」
そうはいっても何も牢に入れるわけじゃない。
相手は子供だからちゃんと教育もするし、丁寧に客としてもてなしても良い。
反抗的でなければね。
「生贄、の間違いではないんですか」
こら、スミスさん、余計なこと言わない。
お祖父様はただ面白そうに笑っている。
「では、完成したら一度目を通していただき、男爵家にお届けいたします」
「よろしく頼む」
そう言って立ち上がるとシーザーがそろりと近寄って来た。
頭を一つ撫でて「またな」と部屋を出た。
忙しい僕は明日の早朝、本邸を出る。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ブリュッスン男爵長子マールオは、実質的な社交界デビューである学校の卒業ダンスパーティーを早めに引き上げて帰って来た。
「あら、お兄様、お帰りなさいませ。 お早いですわね」
すぐ下の妹はミーセリナ、十二歳。 濃茶の髪と母親似の青い目。
「おかえりなさーい」
その下の妹はリナマーナ、九歳で、青い目と母親の家系である赤毛にそばかすの浮いた顔をしていた。
「二人とも、まだ起きていたのか。 もう寝る時間だぞ」
兄の帰りを待っていてくれた可愛い妹たちの顔を見ていると、あの悪魔の顔が浮かんでくる。
自分で険しい顔をしていると気付き、急いで笑顔を作った。
部屋へ向かいながら、ついて来る妹たちに話を聞く。
確か、下の妹は公爵家の孫と同じ年齢である。
「二人はラヴィーズン公爵家の孫を知っているか?」
二人は顔を見合わせて顔をポッと染めた。
「アーリー様でしょ?、お兄様」
金髪に青い目、王族にも繋がる公爵家の跡取り。
人気があって当然だった。
妹たちは学校には通っていないが、マールオの卒業パーティーなので家族は会場に入れた。
「いや、確か双子の兄がいたはずだろう?」
「ああ、その方でしたら、お身体が弱いのですって。 領地にいらっしゃるの」
今回は婚約者のダンスのパートナーとして来ていたのだ。
「今日、ヴィオラさまと踊っていましたわ。 アーリーさまに似てたけど、なんだか静かな感じでした」
病弱で領地に一人で療養しているという話に違和感を覚える。
「また明日ね」
「おやすみなさい、お兄様」
マールオは妹たちと別れ、自室に戻って着替えると母親の所に向かった。
「お母様。 すみません、少しお話が」
「お入りなさい」
あれから母親は一気に老けた気がする。
向かい側に座り、人払いを頼んだ。
「ダンスパーティーで何かありましたか?」
年頃の男の子である。 母親は誰か好きな娘でも出来たのかと少し嬉しそうだ。
「いえ、あの、申し訳ありません!」
息子は深々と謝罪した。
そして、イーブリスとの会話を母親に告げる。
「そうですか」
肩を落とし、落胆の表情を浮かべる母親に申し訳なく思うが、もう取り返しはつかない。
「向こうは春まで待つと言っております。 お母様がせっかくまとめた話を、申し訳ありませんでした」
新たな提案のほうは断ってしまえばいいだろう。 母親も前の条件で納得して契約しているのだから。
マーリオはそう思っていた。
じっと考え込んでいた母親はため息を吐く。
「本来なら半減は有り難い話ではあります。
今の契約では常連の方々の分も渡さなければならないので」
せめてその分だけでも減らしてもらえるのならば、男爵家にとっては助かるのだ。
「しかし、農業関係の者は何とかなるとしても、娘たちを渡すなど」
結局はそこで話が止まってしまうのだ。




