63・制約
カートさんが王都に着いたという連絡と同時に、ブリュッスン男爵夫人に会えたという知らせが来た。
公爵家から呼び出されて応じない下位貴族なんていない。
僕の意思を伝えてもらい、向こうも納得してくれたそうだ。
「ふふっ、面白くなってきたな」
男爵夫人は商売のやり手らしい。
王国の北に位置する土地はどちらかというと作物の育ちが悪い。
自給自足がせいぜいで他領に売るほど採れないはずなのだが、ブリュッスン男爵領は違う。
ご先祖様が早い段階から土地改良を重ねた結果、豊かな緑の地になったのである。
夫人は輸出用の農産物を売りさばくために王都の館に住み、領地での農作業は夫に任せていた。
「ほんっとうに申し訳ない。 このことは妻には内密に頼む!」
男爵は今、僕の前で床に額をこすりつけている。
「今後、一切、あの町には手も口も出さないとお約束します」
つまんねえ奴。
僕はスミスさんに合図をして、契約書に署名させる。
「それでだ、ブリュッスン男爵殿。 一つお願いがあるんだが」
「は、はは、何なりとー」
ため息を吐きながら、もう一つの契約書を提示する。
「こちらも多くの開拓民や難民を受け入れているので、食料が足りないんだ」
実をいうと、前の代行が貯め込んでいた保存食が大量にあるのが見つかっている。
なんと中庭の小さな温室が地下食料庫の入口になっていたのだ。
今はその備蓄で何とか回ってるけど、保存食だけじゃ足りないだろう。
南の町の住民の分と、それ以前に領民や引き受けた難民の分、そして魔獣たちの餌が必要なのだ。
「あ、あの、この数は異常といいますか、これでは妻の許可がー」
男爵が契約書を見て震える。
「あー、大丈夫。 そっちは本邸の文官が既に夫人と話を着けたそうだ」
公爵家は武官だけじゃなく、文官も優秀なのである。
既に男爵がしてきた公爵領に対する過干渉について呼び出し、謝罪された上、契約も了承されたと伝える。
ポカンとしている男爵に、今後の取引量を書いた書類に署名させてお引き取りを願う。
スミスさんも拍子抜けである。
「何だかあっさりと決まってしまいましたね」
後ろ暗いところがある人間なんてあんなもんさ。
期日の十日目になり、南の町の住民のほとんどが領都に移って来た。
さあ、歓迎しようか。
対応は難民と同じだ。
男たちは兵舎で訓練を受ける。
女子供は使用人寮に入ってもらい、子供たちは勉強、働けない老人は子供たちの世話。
女たちの内、働きたい者は順番に斡旋していく。
しかし、問題が発生する。
「いやん、おにいさん、かっこええわあ」
「すごく逞しい筋肉。 うふふ、触らせてよぉ」
女性たちの多くが娼婦や酒場で接客をしていた者たちだ。
領主館の風紀が乱れまくる。
「このままだと子供たちに悪い影響が出るのではないでしょうか」
いつも薄ら笑いのスミスさんも顔を顰める。
「分かった。 何とかしよう」
魔物である僕に色目を使ったとしても、人間が何か出来るわけではない。
生気さえもらえないんだ、大人の女なんていらん。
僕は温室に設置してある茶席に、女性たちを一人ずつ呼び出す。
「坊ちゃん、わたしが色々とお世話して差し上げましょうか?」
勘違いも甚だしいが、笑ってやるとしよう。
「これをどうぞ」
薔薇の花を一凛差し出し、女性の手に触れさせる。
「あ、いたっ」
「ああ、これは失礼した。 棘が残っていたようだ」
僕は女性の手を取り、傷を治す振りをして指の血をチロリと舐める。
これで完了だ。
「以後、僕に逆らうな。 指示があるまで大人しくしていろ」
「はい、ご主人様」
『血の制約』
何故か知らないけど、僕にはこんなことも出来ると闇の精霊が教えてくれた。
ほんの一滴の血で人間を縛る魔物の契約である。
ローズやヴィーと違って完全に隷属だ。
本人は普段通りにしているつもりでも、僕の指示があれば無意識に従ってしまう。
まるで人が変わったようになるのであまり使いたくはなかったけど、仕方ないよな。
幸せな笑みを浮かべた女が部屋に戻り、次の女がやって来る。
全員にそれを施すのに丸一日掛かった。
「ふぅ、疲れた」
私室に戻ってリルーの頭を撫でる。
「お疲れ様でした」
スミスさんが淹れてくれたお茶を飲む。
「男たちのほうは進んでる?」
「はい。 そろそろ南の町の点検と改装を始めます」
次の春から開拓地に入る王都からの技師や職人たちのために、南の町の高級宿や飲食用の店を改装する。
今のままだと品が悪過ぎるからな。
先日、カートさんが下見をして行ったので予算は出来上がっている。
道の補修工事、店舗の改装、馬や道具を収納出来る厩舎や資材置き場などが必要になった。
資金面は本邸で見てくれるそうだ。
「心置きなくやってくれ」
「はい」
領兵として訓練している男たちを使い、騎士団が監督する。
今まで南の町をまとめていた代表者は追放済みなので、彼らが所持していた店や家も没収済みだ。
他の南の町の元住民に対しては、自分の家や店を残して欲しい者が申し出れば貸し出す。
つまり家賃を取る。
元からここは領地、領主が所有している土地だから当たり前なんだよ。
開拓地の温泉施設が完成したら、南の町は完全な娯楽用の町にする予定だ。
紳士の娯楽といえば、決まっている。
「かなり大きな賭博場になりそうですね」
「当分、先だけどな」
五年後の僕の成人に間に合うかは微妙だけど、そこは慌てないからいいよ。
今のところはこの館の地下牢の瘴気で間に合ってるからね。
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ロジヴィ伯爵家では、双子の令嬢が悩んでいた。
「どうするの?、ヴィー。 次のダンスパーティーにイーブリス様は来るの?」
「うーん、どうかしら」
のほほんとした姉に妹は若干怒りを覚える。
「なに呑気なこと言ってるのよ。 婚約者なのに去年だって来てないんだから、今年は来てもらわなきゃ」
彼女たちの学校ではダンスの授業の一環として一年に一度パーティーがある。
冬に行われるその宴が近付き、女の子たちはドレスや装飾品を準備し始める時期なのだ。
「私に遠慮しなくていいわよ、リリー。 あなたには今年もアーリー様が用意してくださるのでしょう?」
公爵家のアーリーはまるで当然のようにリリアンにドレスと装飾品一式を贈ってくる。
リリアンの双子の姉であるヴィオラが、アーリーの双子の兄であるイーブリスの婚約者なので、皆それが当たり前のように思っている。
だが、アーリーとリリアンは婚約者でも恋人でもない。
ただの幼馴染の友人関係なのだ。
「学校でもアーリーが登下校や昼食も一緒だから公爵家の側近が私たちの護衛だし」
イーブリスが転地療養で王都にいないので、その代わりだと言われて押し付けられた。
確かに危険な者は近寄って来ないので楽だし助かっている。
それでも分不相応だと、学校の上流階級の子供たちにはどちらかというと嫌われていた。
「アーリー様は公爵家のたった一人の跡継ぎでいらっしゃるのに、伯爵の娘ふぜいが図々しい」
前回のパーティーでは陰口どころか、直接言ってくる令嬢もいた。
「リリーのどこがいけないの?。 僕は全然構わないし、本人でもないのに何故そんなことを言うの」
アーリー自身は何を言われても全く気にしない。
最近ではリリアン自身も開き直って、
「私に何かあれば公爵家のアーリー様が黙っていないわよ」
と、逆に相手を脅す始末である。
「すごいわね、リリーは」
「何を呑気なことを言ってるの、ヴィーは!。 さっさとイーブリス様に知らせなさいな」
ヴィオラは次のダンスパーティーのお知らせを公爵家の護衛に渡し、イーブリスへの打診をお願いした。
「ヴィー、だめよ、自分でやらなきゃ。 そうしないと伝わらないわ。 やり直し」
「え、えー?」
ヴィオラはリリアンの指導の元、婚約者に手紙を書くのだった。




