36・同情
建物の中も悲惨なものだった。
「すみません、こんな所で」
ジーンと呼ばれた女性に案内され、応接用だと思われる椅子に座る。
お茶を出そうとする彼女を止めて座るように指示した。
「こちらのことは調査済みですので、結論から申し上げます」
僕の後ろに立つスミスさんが説明する。
「この施設を閉鎖し、全員に領主館の使用人寮に移っていただきます。
子供たちには教育を受けてもらい、仕事の斡旋を行います。
ジーン嬢にはその世話と、領主代理であるイーブリス様と町との間の連絡係という仕事をお願いしたいと思っております」
彼女は教育係兼秘書ということになる。
「そ、そんなに都合の良い話なんて……」
条件が良過ぎて警戒しているようだ。
スミスさんから僕に合図が来る。
分かったよ、やればいいんだろう、やれば。
「僕の両親は南の辺境の島で命を落とした」
ジーンさんとタモンさんは僕が何を喋るのかと注目して見ている。
「よくある話ですよ、貴族の世間知らずの坊ちゃんと平民の娘の恋なんて。
でも産まれた子供はたまったもんじゃない。
僕は、幸い公爵様が見つけてくれたお蔭で双子の相棒と共に王都に引き取られたんだ」
「まあ」
ジーンさんは口元を押さえ、同情の表情を浮かべている。
「ご両親はどうなさいましたか?」
ここにいるのは両親がいない子供たちばかりのようだ。
「さあ?、死んだんじゃないですかね」
アーリーは顔も見た覚えがないだろう。
僕もそういうことにしておく。
ジーンさんは黙り込んだ。
タモンさんも知らなかったようで複雑そうな顔をしている。
同情って優しい言葉だよね。 簡単で大好きさ。
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領地の勉強をしていた時、スミスさんから生気が多く吸収出来る相手を問われたので簡単に『子供』と答えた。
身体の成長と精神の成長にズレがあるからだ。
「生気が身体から溢れるんだ。 それを貰う」
「なるほど」と考え込んでいたスミスさんは、きっと領地での生気の摂り方を考えていたんだろう。
王都を離れるということは今まで生気の元だったアーリーたちと離れることだからね。
本当は大人でも元気が有り余ってる人から貰うことは出来る。
だけど、純粋な生気ではなく瘴気が混ざるため、あまり美味しくはない。
燃料と同じで純粋なものほど効率が良いし、不純物入りの粗悪品は本来の僕なら見向きもしないものだ。
まあ、たまに僕でも必要に迫られて不純物入りを摂取することもある。
生物は生気が減るとどんな凶暴な奴でも大人しくなるしさ。
領主館の地下牢で暴れてる者がいないのはそういうことだよ、分かるね?。
というか、大人は子供より身体から溢れる生気自体が少ないので、つい多く吸収してしまう。
タモンさん、さっき少し貰ったけど体調悪くなったらごめんよ。
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「ここにいる子供たちが、僕と同じように救われたらいいなと思ってはいけない?」
あどけない顔というのは僕には難しい。
アーリーの笑顔を思い出してやってみるけど、スミスさんが笑ってる気がして不愉快になる。
「分かりました。 お言葉に従います」
ジーンさんが畏まった礼を取る。
この人も元は貴族なのか、それとも貴族の家で働いていたのか。
「ありがとう。 なるべく急いでね」
この建物、今にも壊れそうだ。
タモンさんにも彼女たちの手伝いをお願いして、僕たちは領主館に戻った。
館に戻ってすぐに厨房に向かい、いつ子供たちが来ても良いように手配を頼む。
領主館は敷地内に僕たちが住む三階建ての本館と、私兵団がいる兵舎、そして下働きなどの泊まり込みの使用人が住む使用人寮がある。
三つの建物の間は渡り廊下で繋がっていて、兵舎には訓練場と馬の厩舎を併設。
使用人寮と本館の間には中庭がある。
庭といっても畑と小さな温室くらいしかないけどね。
「前の領主代行がかなりの節約家だったみたいです」
スミスさんが聞いたところ、使用人の給金がかなり低かった。
それで彼らは畑が必要だったらしい。
今の使用人たちにはすでに本館の使用人部屋のほうに移ってもらっている。
反抗的な者全員に地下牢に行ってもらったら、本館の部屋がガラ空きになったのでね。
必要のない人間が何人居たんだって話だ。
お蔭で使用人寮は現在、無人になっている。
なので子供用の食堂や勉強するための教室のような部屋を作ってもらった。
「子供の人数の把握は出来た?」
「はい。 三歳から十二歳。 男十名、女七名。 おそらくですが、そのうち数名が病人ですね」
スミスさんが答える。
「分かった。 医者の手配をしておいて」
「畏まりました」
僕は部屋に入って遅い昼食を摂る。
あの施設を推薦したのはスミスさんだったっけ。
僕が生気は子供から貰うのが一番って言ったせいか、領主館に住まわせる手配まで終わらせていた。
「スミス、本当にこの町には教会の施設はないんだな?」
お茶を飲みながら訊いてみる。
「はい」
じゃあ、何でジーンさんがこんなとこで子供の世話をしているのか。
「彼女は以前は教会の施設で働いていたようですよ」
ふうん、それで?。
「子供の頃、お世話になったそうです」
世話?。
「その後、ある貴族の老婦人の養女になり、娘として教育を受け、親身になって世話をしていたそうです。
老婦人はとても感謝して、遺産の全てを彼女に残しました」
ん?、ジーンさんのことだよね。
「さて、その後、彼女はどうしたと思いますか?」
なんで僕にそんな質問をするんだろう。
そうだな。 もし、その老婦人に縁者がいれば、遺産を横取りしようとする。
もしくは、教会が気付けば彼女を引き入れて全額寄付をさせるだろ。
「それなら、答えは『逃げた』かな」
そして教会の無いこの町に来た。
「さすが若旦那様です」
うわあ、スミスさんの笑顔が怖い。
「老婦人の遺族が横取りしようとした金を教会が預かると言って取り上げ、彼女は教会でただ働きどころか客を取らされたそうです」
僕はため息を吐く。
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もう、忘れたい過去がある。
「ねえねえ、ジーン、ホントに大丈夫かなあ」
ラヴィーズン公爵領で身寄りのない子供たちの世話をしているジーンは、その日、新しい領主代理となった少年に会った。
驚いたことに、彼もまた両親を亡くしていた。
「だ、大丈夫よ、きっと」
そうだろうか。
ジーンは迷ったが、このままここに居てもいずれは他の場所を見つけなければならない。
領主館なら子供たちも寒さや飢えから守れるだろう。
あの少年なら、この子供たちをちゃんと育ててくれるのではないか。
(いいえ、甘い夢なんて見てはいけないわ)
金があると分かった途端にジーンは全てを失ったのだ。
遠くへ行きたかった。
逃げて、北の端にあるこの町に来たのは二年前。
ここは教会もないくらい貧しい土地だ。
生活が苦しい大人たちは子供を置いて、隣国や王都に出稼ぎに行き仕送りをする。
子供たちはお互いに助け合い、近所の住民も自分たちが出来る範囲で世話をしていた。
しかし、親の仕送りが途切れると子供たちだけでの生活は難しくなる。
この町の者は無償で他人を助けるには貧しく、領主代行の男も見て見ぬ振りをしているだけだった。
そんな浮浪児たちを見かね、ジーンは老婦人から頂いた高価な装飾品の最後の一つを売り払って資金にした。
だけど二度目の冬を何とか越えた時、彼女にはこのままでは行き詰まるのが見えてくる。
(自分はどうなってもいい。 何とか子供たちだけでも)
重い気持ちで窓辺に立つジーンは、一人の青年が建物の外に立っているのに気付く。
不思議に思っていると、数日後、訪れた領主の孫だという少年の後ろにその青年が立っていた。
焦茶の長い髪を一つに結んだ、優しそうな笑顔の青年が。