62・男爵
夕食の後、二人の兵士からの報告を聞く。
「そうか、内乱は終わるか」
良かったと思うのは魔物としては失格かな。
でも、アーリーのためには少し安心した。
「しかし、そうなるとまた難民が押し寄せて来るのではないですか?」
スミスさんの質問に隣国を見てきた若い兵士は首を振る。
「新しい国王は元は国境を越えた所にある土地の領主だったそうです」
「ですから、その領地では今は難民は発生していません」
そうか、勝ったのだから、逃げる必要がないよな。
以前こちらに来た難民は、本当に牢に入っていた者たちを国から放り出すために、他から来た避難民に混ぜてこっちに向かわせたのだという。
内乱の最中に、捕らえている盗賊などが牢を破って町中で暴れると困るからだ。
僕からしたら、そんな罪人は死刑で良いと思うけどな。
でも、内乱を企てている手前、処刑なんて派手な動きを見せるわけにはいかない。
だから隣国へ向かわせ、うまくいけば魔獣の餌か野垂れ死にさせようとしたのかも知れない。
まあとにかく、難民をけしかけたのはその土地の領主で、現在は国王になっていると。
「私たちが見たところ、決して裕福な土地ではありませんが、住民たちは満足しているようでした」
二人の若者は隣国では寝食に困ることもなく、穏やかに過ごしていたという。
では、これ以上、難民は来ないということだ。
でもまだ心配事が一つある。
内乱で追われた元王族はどうしたのか。
「すみません、そこまでは」
隣国自体は小さな国だが、いくつかの国に囲まれている。
隣接する他国に逃れたのだろう。
それか、既に処刑されたか。
「新しい国王が領地に戻るというので町に人が溢れて、私たちはそれに紛れて町を出ました」
怪しまれないうちに出国するのは仕方ない。
本職の調査員でもない若者にはこれが限界か。
まだ何かあるのか、二人は顔を見合わせる。
「実は、新しい国王の顔を見ようとしたんです」
遠くから行列を見ようとしたらしい。
「その、信じていただけるか分かりませんが、何だか嫌な感じがしました」
何故か凱旋は夜であった。
「チラリとしか見えませんでしたが、目つきが怖いというか、冷たい感じで。
何故、住民がこんなに熱狂的に支持しているのか分からなくて」
新しい国王はまるで美しい人形のように表情のない若い男性だったそうだ。
民衆の熱っぽさと静か過ぎる凱旋。
かなり不気味だ。
二人は祭り騒ぎに便乗し、そのまま町を抜け出して森を駆ける。
「大きな月がいつまでも追いかけて来て、足を止めたら捕まってしまうような気がして」
その時の恐怖感が甦ったのか、二人は顔色が悪い。
「あの、私の気のせいかも知れませんが」
森の中で微かに何かの気配がしたという。
僕は何かが引っかかったが、今は後回しだ。
それよりも今は隣の男爵領について話を進めなければならない。
早朝、雪がちらちらと降り始める。
隣のブリュッスン男爵領に陳情に行ったらしい代表たちが帰って来る前に、僕は主要な道の領境に騎士団と領兵を展開させた。
自分の領地側にテントを張り、その前にテーブルと椅子を置いてお茶を飲む。
馬車で近くまで来た男爵が、護衛を引き連れてこちらに歩いて来た。
「いったい、これは何ですか」
黒っぽいクセ毛に日に焼けた肌の中年男性が、並んだ兵士たちの姿を見て青い顔をしている。
「ああ、ブリュッスン男爵、お初にお目にかかる。 ラヴィーズン公爵家イーブリスだ」
僕は座ったまま挨拶をする。
顔を強張らせた男爵の舌打ちが聞こえた。
「せ、説明していただけませぬか、イーブリス様」
僕は相手を立たせたまま首を傾げる。
「僕は自分の領民がそちらの領地に出掛けていると聞いて迎えに来ただけだ」
遠巻きにしていた人混みの中に、南の町の代表の顔が見える。
「彼らは、このままでは自分たちの町が破綻してしまうと訴えてきた。
失礼だが、領主である公爵閣下が何もしてくれないからと、私に援助を頼んで来たのだが」
子供相手に精一杯、虚勢を張っているが、声が震えてるぞ。
「ふうん。 僕では町一つ守れないと領民に思われていたとは知らなかった」
悲しげな表情を作る。
「だけど、先日、公爵家本邸の文官から運営について話し合いがあったはずだが」
僕がじっと代表を見ると「それはー」と顔を逸らす。
「その提案は呑めず、他領の貴族に助けを求めたということか」
それなら、もういいよな。
「僕は病弱で、あまり外に出られないんだ。
だから、来てくれれば対処したんだけど、その人たちは一年以上も来なかった。
その上、他領の格下の貴族に援助を頼むなんて公爵家も馬鹿にされたもんだ」
そう言って男爵を見ると困惑している。
おそらく以前から、もしくは領地の前の代行がいなくなってから、南の町の代表は男爵に取り入っていたんだろう。
デラートスの雑貨店にいた愛人の女もそうだけど、この男は公爵領を何だと思っているのか。
「そういうわけで、僕は南の町を潰すことにした」
「えっ、な、な、なんですと!」
代表が人を掻き分けて前に出て来る。
僕はわざと欠伸をする。
「だって、領主代理である僕に従うのが嫌なんでしょ。
しかも他に頼れる相手もいるようだし。
僕としては全然構わないよ、こっちに戻って来なくて」
男爵が呆れた様子で僕たちを見ている。
「じゃあ、そういうことなので」
僕は撤収の合図を送り、テーブルと椅子を片付けさせる。
「ま、待って下さい!。 店は、町の者たちはどうなるんですかっ!」
僕がもう後ろを向いてしまったので、白髭の団長が代わりに前に出た。
「先日の開拓村の者たちを見たであろう」
代表は縄に繋がれた難民たちの姿を思い出して震えた。
「今、他領に居る者はそのまま追放、領内に戻ることを禁ずる。
いずれにしても店は没収、町は封鎖だ。
住民は他領へ移動するか領都に来るか、どちらでも選べるが、冬が本格的になる前に決めることだな」
「そ、そんな……」
代表と一緒に男爵領に来ていた者が何人かいたようだが、彼らもまとめてこのまま追放する。
「猶予は十日だ。 それを過ぎたら我々騎士団が町に入る」
団長の良く通る低い声は、集まった男爵領の住民にも届いた。
道に簡単な検問を作って兵を置き、僕たちはそのまま引き上げる。
十日後が楽しみだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ブリュッスン男爵は驚いていた。
陳情に来た町の代表が言うには、ラヴィーズン公爵の孫だという子供が領主代理としてやって来たそうだ。
その子供が隠されていた開拓村を潰し、そこの住民を町に押し付けたのだという。
「このままでは私どもの町が立ち行かなくなります」
「子供だから歓楽街の必要性を理解出来ないのであろう。 もう少し様子を見るか」
開拓村のことは自給自足をしていて問題ないと聞いていたのに。
前のラヴィーズン公爵領主代行は隣領の男爵に対してよく頼み事をしてきた。
王都や他国へ向かうには男爵領にある街道を通らねばならない。
街道を外れた位置に町があるため、歓楽街に客を回して欲しいなどと言ってくる。
男爵は仕方なく、自分の領地を通る商人や旅人に歓楽街がある町を紹介してやっていた。
勿論、何度も自ら視察に訪れ接待されている。
愛人にした女性たちもそこで紹介された。
しかし最近は見窄らしい住民が増え、あまり衛生面も治安も良くないと聞く。
「そういうわけで、僕は南の町を潰すことにした」
公爵家の養子であるイーブリスという子供が領境に検問を設けた。
あと十日で町の者たちは身の振り方を決めることになる。
(この領地に大勢が来るなんてことになったら)
男爵には王都で生活している妻子がいる。
領地経営という名目でひとりで気ままな生活をしてきたが、町に変化があれば妻に知られてしまう。
今まで自分が何をしていたかを。




