58・要求
監査も三日目になると疲れが見え始める。
瘴気を製造する監査官に対し、ますます機嫌が良くなる僕にスミスさんは苦笑いだ。
さて、今日は監査官が主だった者たちを集めて話を聞きたいというので会議用の部屋に集まった。
公爵家側は僕やスミスさん、カートさんをはじめ、騎士団長やソルキート分隊長、地元代表としてタモンさんやデラートスさんもいる。
その上、わざわざ南の町の代表まで呼んでいる。
住民の代表を参加させたのは、おそらく監査官が自分たちの味方にしようとしたんだろうな。
どちらにしても僕にとっては初めての体験なので、ワクワクしながら参加した。
ジーンさんや従者たちはお茶を並べ終わると退室し、護衛騎士たちは部屋の壁に並ぶ。
「申し訳ございませんが、今一度、お聞きしたいことがあります」
監査官が僕の方を見たのでニッコリと笑って頷いた。
「先日、元領主代行をされていたという御仁をお調べしましたところ」
コホンと咳を一つして「何も出ませんでした」と続けた。
それは仕方ないよね、二年も地下牢にいたのだから既に廃人だ。
薬や回復魔法を使ったところで何も話せないだろう。
治療くらいでは僕が貰った生気は戻らない。
「南の町については、今現在の状況が税の関係上、正しい状態でございます」
開拓民を預かっているということが前提の税の低さだったのだから、当たり前だ。
南の代表がガックリと肩を落とす。
「しかし、このままでは破綻してしまいます。 その点は領主である公爵家に改善をお願いいたします」
「承知した。 すぐに本邸のお祖父様と相談させていただく」
僕は鷹揚に頷く。
これで南の町の税率は元に戻せる。
監査官がチラリと魔獣狩りのタモンさんを見た。
何だろうと思ったら、
「次に魔獣の被害についてですが」
と言い始めた。
うん?、監査にそんなものが関係あっただろうか。
カートさんを見ると彼も首を傾げている。
「先日、北の森でフェンリル様が目撃されたと聞きました」
ほう、どうやら王宮から調査が入っていたらしい。
「それに魔獣の被害が減っているということは聞いております」
そりゃそうだ。 僕が結界魔道具で抑えたのだから。
「それは偏に国王陛下の友であるフェンリル様のお蔭ということになりましょう」
それで?。
「国へ要請もせずフェンリル様に守られるということは例外のこと。
それでは魔獣討伐を依頼している他領にとっては不公平だと言わざるを得ない。
然るに、公爵領は国に対し依頼料、討伐料、並びにこれからも守っていただくならば守護料を払っていただきたい」
「馬鹿なっ!」
ソルキート分隊長が立ち上がった。
「そんな話は聞いたこともない」
騎士団長も眉を寄せている。
「はい、これまで例がございませんでしたから。
しかし、白い魔獣がこの領で目撃されたことは調べがついております」
監査官がニヤニヤと口元を歪めてこちらを見る。
「いや、それを見た者がいるのか?。 俺は見ていないんだが」
タモンさんが首を傾げながら訊いた。
監査官が手元の紙を見ながら説明を始める。
「フェンリルが出たと騒いだ猟師がいた、と町の住民から聞きました。
その者を調べたところ、森に白い狼がいると証言が取れました」
アーキスか。
一緒に見ていた騎士は現在は国内にいないので彼しかいない。
自慢気に喋ったのか、それとも自白用魔道具でも使われたか。
「目撃したというのはその者だけか?」
僕は何も知らなかった風に首を傾げる。
「今のところ、若い猟師ひとりですが、まだ探せば目撃者はでるのではないかと思われます」
チラリとカートさんを見ると苦い顔になっていた。
「そんな一人だけの証言でフェンリルが来たと言われても、こんな大金は払えませんよ」
国軍に魔獣の討伐依頼を出す場合、一定の金額を支払うことになっている。
その上、フェンリルが動くとなればそれ相当の寄付という別料金が発生するのだ。
それは公爵家にとってはさほど高い金額ではないが、カートさんには何か考えがあるのだろう。
僕もそれに乗っかることにする。
子供っぽく、困った顔で、
「この領地にそんなお金ないよ」
と、なるべくシュンとした感じで言うと、何故か管理官たちが笑顔をかみ殺したようなニヤケ顔になった。
こいつら魔石が欲しくて、この領地を狙ってるらしいな。
この土地は魔獣の森があり、隣国と接しているのでかなり防衛費に金が掛かる。
そんな場所だからこそ公爵家が管理しているんだが、分かってるのかな。
「じゃあ、フェンリル様は何か仰ってるのですか?」
北の領地の討伐に出掛けたのであれば、王宮に何か言い残したりしているはずだ。
「いえ、確認はしておりません。 しかし、現在、国では一切フェンリル様に出動いただいておりませんので」
当たり前だろう。
僕が国王と契約してフェンリルの動きを止めている。
勝手に動くことはあっても、国王からの依頼で動くことはないはずだ。
「じゃあ、違うフェンリル様ってことはないの?」
「お坊ちゃま、この国に聖獣様は一体しか存在いたしませんよ」
ふん、子供扱いしてるな、ヨシ。
「えー、そうかな。 あ、でも、北にある山は隣の国に近いから、そこから来たのかも」
僕が思いついたように声を上げると、タモンさんが乗ってくる。
「そういえば、先日、今まで一度も見たことのない巨大な魔鳥が発見されました。
もしかしたら隣国から山を越えて来たのかも知れませんな」
「なるほど、では違う個体かも知れないですね」
カートさんが嬉しそうに頷いた。
「隣国に聖獣がいるという話は聞いていません!。 勝手な事をー」
顔を赤くして大声を出す監査官に、僕はあどけない笑顔を向ける。
「だから、王宮で確かめていただければ良い話ですよ」
直接、聖獣様に行ったかどうかを聞けば済む。
「僕も一度お会いしたことがあります!、とても優しい方でした」
子供でも会えるのだから、王宮勤めの文官が話を聞くくらい簡単ですよねーと圧力を掛けておいた。
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監査官が言い出した言葉にカートは不審を覚えた。
「領地没収もあり得ます!」
王宮からこんな言葉が出るだろうか。
この監査官たちは確か中位貴族である。
(こんな未開発で金の掛かる領地を欲しているわけではないのだろう)
公爵家に対する単なる嫌がらせなのではないか。
(誰かに頼まれた、とか)
そんな気がする。
「北の森でフェンリル様が目撃されたと聞きました」
そう言って不公平だと喚き、金を払えと言う。
しかし、イーブリスが「フェンリルが同じ個体なのか確かめろ」と迫る。
「王宮へ連絡して確認させます」
監査官はそう言うが、どんなに急いでも片道七日は掛かる僻地。
しかも聖獣がすぐに応じるかどうかも不明だ。
その間、二人の監査官は居座るつもりらしい。
ちょうど昼食となり、本日は結論が出ないまま終わった。
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「やばい、どうしよう」
猟師のアーキスは焦っていた。
最近、イーブリスに頼まれた仕事で生活に余裕がある。
それで昨日はタモンの食堂で酒を飲んでいた。
その時、誰かに話し掛けられたのは覚えている。
だが、その後がうろ覚えなのだ。
猟師頭のタモンは眉を寄せ、苦い顔をした。
「中年の二人組に何も喋ってないだろうな」
「えっ、な、何を?」
王都から監査官という役人が来ていた。
アーキスは思い出そうと頭を絞る。
「えっと、最近、魔獣の被害はどうかって訊かれた」
それは何となく覚えている。
「それから、あ、白い魔獣見たって聞いたよって言われて、でもフェンリルとは言えないし。
あー、白い狼ならリルーたんがいるから、見たって言ったかも」
あの夜は店が混んでいて、タモンも気付けなかった。
アイツらは失言しそうな酔っ払いの若者に目を付けていたのだ。




