57・監査
その日、公爵領に到着した馬車は三台だった。
先頭は公爵家の馬車で、
「お久しぶりです、イーブリス様」
と、降りて来たのはお祖父様の部下のカートさんである。
従者と護衛の騎士が一人ずつ付いていた。
知った顔だったので「久しぶり」と挨拶を交わす。
二台目は王宮から派遣された監査を行う文官で、四十歳代くらいの中年の二人組である。
「遠いところ、ようこそいらっしゃいました。 長旅、ご苦労様です」
緊張してるのか、警戒してるのか、二人とも笑顔がぎこちない。
彼らにも王宮から騎士がそれぞれ二人付いていて、護衛は騎馬だ。
三台目の馬車は彼らの従者たちや荷物が乗っている。
僕は子供らしくニッコリ笑って、
「よろしくお願いします」
と、彼らの手を握る。
おお、瘴気頂きます。
来たくなかった、命令だから仕方なく、という感じ。
それでも、何か見つけて帰らねばという意気込みは買おう。
「お部屋へご案内いたします子供たちは、この町で浮浪児となっていたのを教育中なのです。
何か御用がありましたら、是非彼らに声を掛けて仕事をさせてあげて下さい」
明らかに平民の子供たちが荷物を館に運び込んでいる。
「お仕事は明日からで良いと思いますので、本日はゆっくり身体を休めていただきたい」
子供たちに一棟に一つある大きな風呂に案内するように伝えておく。
従者は使用人寮のを護衛兵士は兵舎用の風呂を使うことになる。
勿論、主要な部屋には小さな浴室は備えてあるけどね。
後の説明はスミスさんに任せて、僕は執務室に戻った。
「よろしくお願いします」
カートさんがジーンさんと挨拶を交わしている。
僕は一番大きな机の前にどかりと座った。
「イーブリス様はお元気そうで何よりです」
「カート先生もお元気そうで」
この人も僕が魔物だということは知っているはずだ。
まあ、公爵家の人間は曲者揃いだから、今さらバレても問題ないけどな。
アーリーの近況を聞きながらジーンさんが淹れてくれたお茶を飲む。
彼女は元々貴族の家でメイドをしていたそうで、その辺りはスミスさんも及第点を出している。
「アーリーの学校での様子はいかがですか?」
「大丈夫ですよ、あの通り屈託のない方ですからね。 お友達もたくさんいらっしゃいます」
そうか、良かった。
「リリーとはどうなの?」
「あはは、そこは変わらずです」
楽しそうにクスクスと笑っていると、ジーンさんが不思議そうな顔をしている。
元王宮の宰相補佐官だったカートさんは余計なことを喋らない。
愛想は良いのに口が重い。
この辺りがお祖父様が重用してた理由だろうと思う。
僕もこの人の話し方は好きだ。
翌日から始まる監査について簡単に説明を受ける。
立ち合いはカートさんとスミスさんがやるので僕はいないほうがいいらしい。
どうせ後ろ暗いものもない。
あるとすれば以前、この屋敷で領主代行をしていたやつのものだろう。
地下牢にいるのでいつでも引っ張ってこられると伝えたら、カートさんは「それは助かります」と普通に微笑んでいた。
「あ、そうだ。 イーブリス様にヴィオラ様から贈り物をお預かりして来ました」
そう言って従者から小さな箱を受け取り、こちらに渡してくる。
ローズ色のリボンを解き、ふたを開けると薔薇の香りがした。
「ヴィオラ嬢の手作りだそうですよ」
「へえ」
花や香草などを乾燥させたものに、さらに香油を加え熟成した雑香という室内香がある。
それを小さな袋に詰めた物だ。
「まあ、香り袋ですね、可愛い」
ジーンさんがそれを見て微笑む。
「薔薇、イーブリス様のお好きな香りですわね。 ご家族からですか?」
僕は大きな椅子に深く掛け、脚を組む。
「ロジヴィ伯爵家ヴィオラ嬢、僕の婚約者だよ」
ジーンさんは母親か姉妹からだと思ったんだろう。
「あ、あら、そうでしたの、存じませんでした」
言ってないしな。
勿論、公爵家に報告書を送るついでにヴィーにも二、三ヶ月に一回は手紙を送っている。
婚約者にはそうするべきだと言われたからだ。
だけど、僕の短い手紙だけでは感情は伝わり難いと思う。
僕は公爵家で彼女の勉強も見てくれているカートさんに、喜んでいたと伝えてもらうことにした。
翌朝から監査が始まる。
リルーはローズたちと共に北の森に行かせた。
監査官の彼らは少なくとも鑑定や隠蔽を看破する魔法を持っている可能性がある。
それでも、実際には自分たちより魔力が弱い者なら見える程度。
僕や魔獣のリルーなんかには到底及ばない。
「僕の執務室です。 ご自由にお使いください」
「はっ、ありがとうございます」
手狭なら隣にある会議用の部屋も使って良いと伝え、僕は温室に向かった。
温室には猟師のアーキスが採取して来た魔鳥の卵が保管されている。
「どう?、孵化しそうかな」
「ええ、前の卵より状態は良いですからね」
庭師の青年がしっかり管理してくれる。
「でも、丘の下の放鳥場で魔鳥は冬越し出来るんですか?」
ここのような温室を魔鳥のために作るのは燃料や予算的に無理があるし、ニ十羽いる成体の魔鳥を育てるにはこの温室は狭い。
「春に生まれた雛を秋に産卵させたら後は商品になるだけだろ」
肉にしろ、羽毛にしろ、そのために育てるのだ。
「へっ?、じゃあ」
「一年の命ってことだ。 お前が面倒見てる鳥以外はな」
庭師は複雑な顔をした。
だが、翌年のために北の山の群れはそのまま残してある。
野生ならちゃんと冬越しするだろう。
「まだ事業化出来るか分からないし、少し様子を見ながらだよ」
気落ちしたような庭師の青年の背中を叩いて、僕はその場を離れた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
王宮の文官であり、監査官と呼ばれる二人は焦っていた。
今まで、色々な領地や貴族家の書類を調べてきたが、こんなに裏表の無いところはない。
「当たり前です。 イーブリス様がこちらにいらっしゃったのは約二年前、まだ七歳でした」
そんな子供に何が出来るというのか。
公爵家の執事である青年は無表情で監査官たちにそう言った。
馬鹿にされている、そう感じてしまうのは仕方がない。
「そういえば、ここに来る前に通った町で見窄らしい者たちを見かけました」
あの町も領内のはず。
何か失策があったのではと厳しい目を向ける。
「ああ、あれはイーブリス様の前に領主代行をしていた男がおりまして」
執事が開拓民と南の町との経緯を説明した。
「それは誤魔化しと隠蔽ではないですか!、大きな問題になります」
「そうですよ、罰金では済まない、領地没収もあり得ます!」
監査官は獲物を見つけたように大声で騒いだ。
(領地没収、それが狙いか)
元宰相補佐官の目が細くなる。
この領地は魔獣の森を含み、魔石を採取出来る土地だ。
最近の魔石の高騰は公爵家が抑えているが、今まで甘い汁を吸っていた連中がこの土地を狙ってきたのだろう。
「まずはイーブリス様が代理となられてからは、何もないことはご理解いただけましたね」
監査官も子供には無理だと分かっている。
だからこそ、忙しい国王の目を盗んで取り上げようと押し掛けた。
新しい宰相に気付かれないうちに。
「しかし、問題はあった!」
「では、張本人の前代行を連れてまいりましょう」
しばらくして執事が一人の囚人を連れて来る。
「実はイーブリス様を子供と侮り、何も話さないので報告も出来ずに困っていたのです。
是非、監査官様に調べていただきたく、お願いいたします」
痩せて落ち窪んだ目の罪人に、王宮の文官である監査官は目を背けた。
「こちらが公爵家で調べた分です」
監査官の前に大量の資料を置く。
「後はこの男が罪を認めるだけなのですよ」
元代行に協力していた者たちは既に処罰済。
後は王宮内で賄賂を貰い、目を瞑っていた者たちを洗い出すだけになっていた。
監査官はそれを受け取り、精査すると約束した。




