56・娯楽
「来ましたよー、リルたーん」
夜になって猟師のアーキスが来たが、リルーに触ろうとしたので前蹴りを食らわせる。
リルーは生後半年、そろそろ人間でいうと少女の域に入った。
多感なお年頃なので、父である僕が守らねばならない!。
ガルルッ
「あ、ローズたんもいたんだ。 大丈夫、俺はローズたんも好きーーゲフッ」
もう一発。
「地下牢行くか?」
一言でピタッとアーキスが止まる。
「すみません、イーブリス様」
「分かればいい。 じゃ、仕事の説明をする」
机の上に地図を広げた。
地図を指で差し示す。
「ローズが、この国境線の近くで例の魔獣の鳥の群れを見つけた。 お前の仕事は卵の採集だ」
「卵っすか」
僕は頷き、ローズから受け取った卵を見せる。
「これが見本だ。 一つの巣にはだいたい二個から五個。 必ず最低一個は残してくれ。 五個の場合は二個は残せ。
鳥に無くなったことを悟らせないため、代わりに石を置いてくること」
子供たちに集めさせた卵大の石が入った袋を渡す。
「森の中にはグルカを待機させている。 必ず同行してくれ。 出来るだけ他の獣や魔獣がいても攻撃はするなよ」
「え?、それってこっちが見つかった場合もですか?」
僕はため息を吐く。
「逃げればいいだろう。 グルカが先に見つければちゃんと追い払ってくれる」
「はあ。 それならいいかあ」
あのダイヤーウルフの群れは、既に北の森の支配者となりつつある。
グルカはほとんど彼らと行動を共にしていた。
「目標は二十個だ。 それ以上は要らない」
全部の卵が無事に孵化した場合、面倒を見切れないからな。
「結構大きい卵ですね、分かりましたー。 でも卵が途中で割れたらどうするんです?」
魔鳥の卵は家畜用の卵よりは殻が丈夫だが、森を歩いて運ぶとなると割れる可能性も大きい。
「お前は卵を採るだけでいい。 運ぶのはグルカの役目だ」
「へっ、大丈夫なんですか?」
僕は「心配するな」と笑う。
グルカには闇の精霊を付けてあるので卵を精霊の穴に放り込めば、ちゃんと触手のような手で大切にこちらに運んでくれる。
「あまり欲張らずに何日かに分けろ。 いくらダイヤーウルフでも、あの鳥に蹴られたら堪らん」
アーキスもあの太い脚と爪は覚えていたようで、すぐに頷いた。
「もう産卵期に入っているから、雛が孵る前までに頼む」
秋も深まり、冬が近付いている。
「分かりました」
契約の紙を渡すと金額を見たアーキスはニヤリと微笑んで片手を胸に当て、了承の礼を取った。
「あ、忘れてたけど、仕事は夜限定な」
「えっ、そんな」
僕がニッコリ笑って頷くと、引き攣った笑いを返したアーキスは夜行性の動物が多い森に向かっていった。
グルカのところまではローズがついて行く。
不審者には気を付けるんだよ、ローズ。
今、牢に入っているデラートス雑貨店の店員はこの町の住民が多い。
時々差し入れなどをするために来る家族や知り合いがいるので、僕はその人たちにカードのくじを引かせている。
「これ、何です?」
「当たりなら、本人の改心具合によって解放される」
当たりを引いた者が指定する囚人に例の神様カードをパンに挟む。
あとは本人の瘴気具合で解放の判断になる。
「本当ですか!」
「ああ」
そんなわけで、ここ最近、毎日のように地下牢の担当兵のところに住民が押し寄せるようになった。
「うぅ、今日もダメだったか」
「じゃ、明日はがんばって」
こんな感じで何だか軽い。
まあ、連中は牢に入っているというだけで別に虐待はされてないしな。
僕は瘴気はもらっているが、反抗的でない限り生気は吸収していない。
だから皆、割と元気だったりする。
店員たちのほうも今日のパンにカードが入っているか、いないかの掛けまでやってる始末だ。
引き取り手がいない独身者でも知り合いがカードを引きに来たりして、まるで一日一回のくじを引くお祭りみたいになっていた。
「何であんなに楽しそうなんだろう」
僕は実務室の窓から中庭にある地下牢の入り口を見る。
「娯楽が少ないからじゃないですかね」
「なるほど」とスミスさんの答えに納得する。
田舎だから、こんなのでも娯楽になるらしい。
そんなことを考えてる間に夕方になり、騎士団と領地分隊の兵士たちが帰って来た。
彼らには今、開拓地までの道の工事を頼んでいる。
春からの工事までにせめて馬車が交差出来るくらいの道幅は欲しい。
「こき使ってすみません、団長」
「わっはっは、何を仰いますイーブリス様。 我が孫スミスがお世話になっておりますのでな」
スミスさんのことは内緒らしいので小さな声で答えて来る。
爺さん団長の顔を見る度にスミスさんが嫌そうな顔をするのが面白い。
いやいや、それにしてもそろそろ王都に帰らなくていいのか。
「でも公爵家騎士団は魔獣討伐依頼で忙しいと聞きましたけど」
ふむと白い髭に手をやり、団長は考える振りをする。
「あまり我ら精鋭が出張ると、他の兵士たちの仕事がなくなりますのでな」
ああ、そういうこともあるのか。
公爵家の私兵のうち、ここに来ているのは精鋭と呼ばれるごく一部の者たちだけだ。
精鋭以外の普通の兵士たちにも経験を積ませたり、他の貴族の騎士団にも仕事をさせないといけないのだろう。
しかし、問題はそこではなかったようだ。
夜になって先触れの早馬が駈け込んで来る。
「イーブリス様、王宮から監査官が来ます!」
は?、何それ。
「ふむ、早かったの」
爺さん、何か知ってるのか?。
「貴族は自分の領地を任せている代行や代理に対し監査をすることが義務付けられておる。
それを怠り、何か問題があると発覚すると王宮から監査が入るのじゃ」
それは王宮から専門の文官が来るってことなのか。
「おそらくだが、先日のフェンリルの件であろうな」
そうか。
公爵家騎士団が動かなかったのは、このせいか。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
王宮の国王の執務室に急ぎの伝令がやって来た。
「なにっ、聖獣フェンリル様が公爵領に現れただと」
「はい、さようでございます」
王族が雇っている調査員からの連絡である。
二年ほど前の秋、王宮を騒がせた事件があった。
宰相である公爵家の養子がフェンリルに会いたいと王宮を訪れ、その際に国王を脅し、魔物と契約させたのである。
表向きはイーブリスという公爵家の少年が魔物に身体を乗っ取られたと説明しているが、本当は彼自身が魔物だった。
しかしそれを公表したところで、誰も信じない。
国王自身が過去の自分の過ちを知られたくないという事情もあった。
だから彼を『王宮出入り禁止』としたのである。
しかし事件はそれで終わらなかった。
祖父である宰相が責任を取る形で辞任したのだ。
優秀で信頼の厚かった宰相の退任は、王宮内だけでなく国も混乱した。
それを何とか立て直した頃に、その知らせが届いたのである。
公爵領にフェンリルらしい魔獣が現れたという噂が王都で密かに広がっていた。
国王はその話を王宮の森に棲む聖獣に知らせるかどうか迷っている。
「王宮におられるフェンリル様が北の僻地に行かれていたとすれば問題はない」
だが、それが違う個体だった場合、どうなるのだろうか。
「それを確かめたほうがよろしいのではないでしょうか」
側近の言葉に国王も頷いた。
「確かにな」
重い足取りで聖獣の森に向かって歩く国王に第一王子であるダヴィーズが近付いた。
「陛下、フェンリル様にお会いになるのでしょう?。 私も連れて行ってください」
ダヴィーズは、友であるイーブリスが出入り禁止になった事件に、フェンリルも関係あるのではないかと疑っていた。
「そうか。 お前も会えるように窺ってみよう」
親子は森に足を踏み入れる。
ダヴィーズも無事に目通りが叶った。
しかし聖獣は、北の領地の件も、イーブリスとのことも、何一つ国王親子に答えることはなかった。




