55・開拓
地下牢に瘴気が満ちて、僕は再び絶好調である。
最近の執務室にはスミスさんの他にも、ジーンさんや文官見習いをさせ始めた子供たちが出入りしていた。
あれから連れて来た難民たちの、領民としての登録と国への申請を行っている。
そのため忙しいジーンさんを見ていた年長の子供たちが手伝いを申し出てくれたのだ。
まだいる騎士団には領兵を鍛え直してもらっている。
秋の半ばには、町の人たちの協力のお蔭で難民の住居が完成する予定だ。
領主館がある丘の下に魔鳥の放牧柵だけをまず先に作ってあった。
その近くに難民用の長屋型二階建住居が三棟建つ。
一棟で十家族入居可能だから三十家族分もあれば、まだまだ余裕があるだろう。
「あのぉ。 よ、よろしいのでしょうか」
難民の代表だという痩せた中年男性が、僕のところにやって来た。
「は?、気に入らないなら他領へー」
瘴気も生気もない奴らは用無しだから好きにしていいよ。
「いえいえ、違いますっ。 こんなに良くしていただいて、夢でも見ているのかと」
彼らはある意味被害者だ。
犯罪者の逃亡に巻き込まれたに過ぎない。
「本来、きちんと対応し、指示するべき人間が働いていなかったせいで迷惑を掛けた。
こちらはやることをやってるだけだから気にしないで欲しい」
そう言っておいたが、彼らは恐縮するばかりだった。
南の町からは案の定、挨拶という名目で抗議に来た連中がいる。
お詫びに目の前で元領主代行を縛り首にしようとしたら、慌てて抗議を取り下げて帰って行ったよ。
「恨むなら国王を恨んでくれ」と言っておいたけど聞こえたかな。
それ以降、目立った動きはないが、何故か南の町との交流が盛んになり始めている。
偵察にでも来ているのかと思ったけど、それにしては人数が多い。
今日はタモンさんの食堂にお邪魔している。
「俺たちに宿屋をやれってことですか」
「宿が足りないので何とかしてねって話なんだけど、実は当てがある」
「へ?、じゃ何で来たんですか」
うん、ごめんね、タモンさん。 ちょっとややこしいんだよ。
「あのさ、開拓地なんだけど、今は粗末な建物だけが残ってるでしょ」
開拓民の皆さんに移住してもらったので、今は誰も住んでいない。
荷物や必要な物は元住民の皆さんと一緒にちゃんと回収済みだ。
「でも、あそこは国からの要請で開拓しなきゃいけないんだ」
元々開拓民というのは国からの募集で編成、派遣されている。
それを領地で面倒を見るから税制の優遇などがあるわけだ。
「はあ」
僕はスミスさんから地図を受け取って、テーブルに広げる。
「一応、まだ案なんだけど」
その地図には開拓地に建てる施設の簡略図が描かれている。
「何です?、これ」
「公衆浴場を兼ねた宿だよ」
「へ?」
何十名も一度に入れる大きな野外型の温泉に、素泊まりの大部屋。
同じ建物の中に様々な店や食堂を併設する。
色々聞いたり、調べてもらったりしたけど、まだこの世界には無いらしい。
ってことは、僕の中の人間の知識から出たんだろう。
「中央の温泉施設以外は個人用別宅でもいいし、小規模な宿でもいい」
地図の真ん中に大きな丸い円形の池のような印があり、その周りに様々な大きさの四角が並ぶ。
「商売をさせようってことですか」
「まあね。 はっきり言えば宿や店の経営は誰でもいいんだ。 その下地をこれから頼みたい」
大きな施設のほうは王都から専門の業者が来るから問題ない。
「温泉を掘って水路を造って欲しい。
そして施設内に溜まるようにして、排水は一旦溜めてから川に放流にする」
「え、ええ、分かりますけど」
タモンは眉を寄せている。
「あー、イーブリス様だー」
そこへ猟師の若者アーキスが入って来た。
「今日はリルーちゃんはいないんっすかー」
きょろきょろするが決して僕には近寄って来ない。
地下牢に一晩泊めてやったのが効いたみたいだな。
「そんなに好きなら、ダイヤーウルフと一緒に仕事をしてもらおうかな」
「え?、俺ですか。 やったー、嬉しいっ」
目を輝かせるアーキスにタモンが呆れている。
僕の依頼が甘いはずがないと察したかな。
「夜にでも館に来てくれ。 詳しいことはその時に説明する」
「はいっ」
タモンさんには開拓地の件は春からの予定で良いから検討してもらうことにした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ラヴィーズン公爵領には町と呼べるものが二つしかない。
領主館がある町と、南の歓楽街のある町だ。
王都から隣国へと続く街道が公爵領の南隣の領地にあり、そこからの脇道が公爵領へと続いている。
南の町では王都での魔石高騰を聞いて、この町を通る商人が増えると思い、新しい宿や店を増やした。
それに伴い店員も増やしたが、雇えるのは開拓村から押し付けられた接客に慣れない開拓民たちくらいだった。
一年ほど前、公爵家から新しい領主代理が来た。
噂ではどうやら国王陛下に不敬を働いた子供らしい。
子供で、しかも王都を追われるようにやって来たのでは役に立たない。
町の代表たちは、皆、そう思っていた。
「あ、あれは何だ」
公爵家の騎士団が領都へ向かうために町を駆け抜けて行った翌日。
今度は、その騎士団と領都の私兵や猟師たちが大挙してやって来た。
いや、正確には町を通り過ぎて開拓地に向かって行ったのである。
「いったい何があったんだ」
三日目に、その団体は再び町に戻って来た。
開拓村に居た全ての者たちに縄を打ち、引き摺るように連れて来て、町の外れでテントを張る。
南の町の者たちは息を殺して見守っていた。
「あの、何かあったんですか?」
代表の一人が何とか勇気を振り絞って騎士団のお年寄りに訊ねる。
「さあ、わしらには分からんよ。 ご領主代理のイーブリス様のご命令だ」
子供の命令だと?。
公爵家の養子だと聞いてはいたが、騎士団を動かせる力があるらしい。
こうなると、王都で失敗した子供だからと挨拶にも行かなかったことが悔やまれる。
「いや、だけど、向こうだって一度もこっちに来ていないじゃないか」
代表はそう呟いた。
それを聞いたらしい猟師の一人が、
「イーブリス様というのは病弱な方でな。 あまり外に出ることはないんだ」
と、教えてくれた。
(ええっ、そんなの聞いてないよ!)
もっと早く様子を見に行くべきだったと後悔した。
そして騎士団は「開拓民はこの町の所属だったな、ほれ」と言って三十名ほど引き渡してくる。
「え?、え?」
確かに開拓民に何かあった場合、この町で保護するという契約書が存在した。
縄に繋がれていたのは隣国からの難民で、開拓村にいたらしい。
彼らは密入国の罪人となるので領主館で取り調べがあるそうだ。
騎士たちが通った数日後に、町の代表は護衛を連れて隣りの領都に向かう。
開拓民が一挙に増えたせいで町の治安が悪化し、他領からの客も寄り付かなくなったのだ。
領都に入ると以前より活気があった。
不思議に思いながら館に入ると、相手は貴族らしい見目麗しい子供だ。
その日は体調が良いということで、代表たちを迎えてくれる。
「僕がイーブリスです。 南の町や開拓民の皆には苦労を掛け、申し訳なかった。
元凶は捕らえたし、難民にはこの領都で働いてもらうことにする」
乱暴な難民は捕らえられ、亡命を希望する者たちには新しい家と職が与えられていた。
「我らの町にも支援を」
代表たちが言うと、少年は執事に何かを言い付けた。
「僕は今、手一杯なんだよね。 だから」
一人の見窄らしい男が騎士団に引き摺られて来る。
どことなく見覚えがあると思ったら、以前、領主代行をしていた男だった。
「全ての責任は、町の問題を放置していたコイツにある」
ニコリと笑った少年はその男を縛り首にしようとした。
「ま、待って下さい。 我々はそんなことを望んでいない」
町の代表たちは恐ろしくなり、早々に逃げ帰った。




