54・異質
フェンリルの姿を見た者には口を閉ざすように仕向けた。
「王宮にしかいない聖獣様がこんなとこで見つかって見ろ。 大変なことになるぞ」
「勿論、承知しております」
公爵家の騎士たちはすぐに飲み込んでくれるが、猟師のアーキスはまだ興奮状態だった。
「え?、何で黙ってなきゃいけないんすか。 すごいことっしょ!。
大々的に発表して、ここを聖地にすればーぐへっ」
腹に蹴りを入れる。
「スミス、こいつを頭が冷えるまで地下牢にでも入れとけ」
「承知いたしました」
「えっ、地下牢やだ!、ごめんなさい、イーブリスさまああ」
煩い、さっさと行け。
アーキスはタモンさんにも助けを求めたが「こればっかりは」と苦笑されただけに終わる。
煩いのがいなくなったので、もう一度確認だ。
さすがに大人たちは、これがどれだけ不味いことか分かっている。
会議用の部屋には僕とスミスさん、タモンさんとソルキート隊長、そして白髭の団長さん。
あとはフェンリルを見てしまった若い騎士ふたりである。
騎士二人に残ってもらったのには理由があった。
「お前たちには別に依頼したいことがある」
不味いモノを見てしまったという自覚があるのか、黙って従うつもりのようだ。
公爵家の秘密を知った者は下手すれば消されることを知っているからな。
「隣国で内乱があったようだ。 情報が欲しい」
「隣国へ行って探ってくればよろしいのでしょうか」
僕は頷く。
「開拓村から難民が入って来た道順を遡って隣国に入り、誰があの開拓村に難民を送り込んだのか、それも調べろ」
難民とはいえ、勝手に他国に入れば捕まるのは当たり前だ。
領主に対して何の断りもなく開拓地に侵入、村の乗っ取りまでしているのはただの無法者ではない。
それを指示、又は唆した者がいるはずなのだ。
「必要なら現在難民たちがどうなっているかというくらいの情報は流しても構わない。
お前たち自身が開拓民の格好をして、全員捕まったと言って助けを求めて行くんだ」
難民たちの見窄らしい姿を思い出し、若い騎士たちは顔を顰める。
彼らは本邸の騎士団員。
次男、三男ではあるが貴族家出身だから泥臭い芝居は難しいかも知れない。
「無事に帰ってくれば、成果如何によっては叙爵もあり得る、かもね」
「はっ、喜んで行かせていただきます!」
スミスさんが服を渡すために二人を連れて退室し、団長がため息を吐いた。
「よろしいのですか?、あのような約束を勝手に」
「約束なんてしてない」
僕はただニコリと笑う。
あれで彼らは無い知恵を振り絞って、無事に帰って来るだろうさ。
「それではご報告の続きを」
ソルキート隊長が牢に入れた者たちは十六名、多いな、嬉しいけど。
当然だけど全員、隣国から来た難民で犯罪者だろうと思われる男たちだ。
口も素行も悪すぎる。
兵舎に収容されている難民は中年男性が多い。 あとは僕くらいの子供たちである。
若い男はだいたい殺されるか、逃げ出したかのどちらからしい。
領兵に加わるならここに居ても良いし、ここが嫌なら、この国から出て行かなければならない。
そうなると内乱中の隣国しかないし、そりゃ、嫌だろうね。
ということで、今はほぼ全員が兵士希望者だ。
女たちのほうは小さな子供もいるため、働くことが難しい者もいる。
しかし働ける者は面接をやって仕事を割り振った。
今、この町は結構人手不足というか好景気なので、仕事はある。
「縫製関係、農業関係、それと子供や年寄りの世話係だ」
「イーブリス様、男には兵士以外はさせないんですかい?」
タモンさんは猟師の補充をしたいんだろうね。
「男は全員、一度鍛え直す。 いざという時は兵士として一緒に戦ってもらうつもりだ」
「なるほど。 仕事を割り振るのはその後、ということですな」
お互いに顔を見てニヤリと笑う。
ま、そういうことだ。
それともう一つ。
「あの馬鹿デカい魔鳥よりも少し小さい魔鳥の群れが見つかった。
あれをこの町で繁殖させるための実験を、今、温室でやっている」
完成した温室には、植物の他に動物用の檻やブランコなどの遊具もあり、子供たちの遊び場になっていた。
「来年の春には鳥用の牧場みたいなものが完成する」
領主館が建っている丘の下に魔鳥を囲うための柵を作る予定だ。
庭師の青年の話では、あの魔鳥は普通の鳥類と違い卵は秋か冬に産まれ、暖かくなると孵化するのではないかという。
「ローズが定期的に群れを観察している。 卵が産まれたらそれを採って来るつもりだ」
卵から瘴気を抜きつつ育てようと思う。
「鳥を育てて食うんですかい?」
完全に瘴気が抜ければ良質な肉になる。
「ああ、そうだ。 卵も食えるし、羽毛も期待出来るだろう」
去年の秋、大型魔鳥から得られた羽毛で作られた枕や布団は好評だった。
今はまだ町の住民の分しかないが、それを町の特産にして他の町で売ることも考えている。
「良い案だと思いまする」
団長さんも頷いてくれた。
スミスさんが戻って来て、お茶を淹れてくれる。
「南の町のほうはどうだった?」
団長の爺さんがお茶を啜った。
「ほぼ問題なかろう」
この領都の町から開拓地に行くには、道なりに行けば必ず南の町に立ち寄ることになる。
猟師さんたちは道なんて無視して森を突っ切るから寄らないんだけどね。
「行きも帰りも通ったからの。 たくさんの住民が見ておった」
その中には、南の町で働いている開拓民もいただろう。
「彼らがどうなるのか、訊いてきた者もいたぞ。
『わしらには分からない。 領主代理のイーブリス様のご命令だ』とだけ言っておいた」
「ありがとう、それで十分だ」
僕はお茶のカップを置き、脚を組む。
さて、南の町の代表はどうするのか。
今さらだが、僕に挨拶に来るのか。
南の町に引き渡した開拓民は約三十名。
団長には、町の代表が公爵家に申請している税に関する書類を見せて、その分の難民支援はやれと伝えてもらった。
「どちらにしても、こちらにも抗議は来るでしょうな」
僕は笑い出す。
「あははは、今まで領主代行をしてたあの無能のせいでしょ。 あれを縛り首にでもして終わりさ」
僕は抗議が来たら、そいつらの前で見せてやるつもりだ。
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イーブリスからの話は終わったとして、解散になった後、大人たちは兵舎の中にある分隊長の執務室に移った。
スミスによると、あの二人の騎士は既に隣国に向かったようだ。
「俺はイーブリス様が分からん」
タモンは新しい領主代理が来てから一年と少し。
まだイーブリスのことを全て分かっているわけではない。
「ふふっ、どう思ったかね」
白髭の騎士団長はお茶を淹れてくれた部下たちを部屋から出し、タモンとソルキート分隊長の三人だけになる。
「まだ九歳のはずでしょ?。 まるで子供らしくない」
ソルキート分隊長も頷く。
「それは本邸におられる時からですよね」
そう言って団長を見る。
「さよう。 あれを子供だと思ってはいけない」
「子供どころか、血の通った人間だとは思えない時があるんだが」
地下牢に押し込められた者たち。
自分も手を貸したとはいえ、まるで恐怖で人を縛っているようだ。
「彼はご養子なんでしょう?。 公爵様はどう思われているんですか?」
タモンには行き過ぎな行為のように見える。
団長は姿勢を正した。
「公爵閣下は三歳の時に彼らを養子に迎えられた。
その時、イーブリス様がああいう者だということは調査で既に分かっていたのだ」
「えっ?」
ソルキートは驚いた。
「でも、本邸ではそんな様子はありませんでしたが」
「それはアーリー様がおられたからであろう」
「あ」と分隊長は気付く。
アーリーを見ているイーブリスは、常に穏やかな顔をしていたことを思い出したのである。
「今のお姿がイーブリス様の本性なのだよ」
ソルキートは「むぅ」と小さく唸った。




