35・商人
お祖父様からの書状は、僕が正式な領主代理であることを証明し、さらに猟師頭であるタモンさんに協力を要請するものだった。
「これで本当に魔石の買取価格が上がるんですかい?」
心配そうなタモンさんに僕は笑顔で答える。
「上がるんじゃなくて、適正な価格で取り引きされるようになるよ。 それは公爵家の名において僕が保証する」
「分かりました、お手伝いさせていただきます」
猟師頭で、魔獣狩りで名を売っているタモンさんは、すぐに猟師を六名集めてくれた。
僕たちはタモンさんと猟師たちを引き連れて、その店に向かう。
「しかし、なんで領主様の兵士を使わないんすか?」
歩きながら若い猟師の一人が訊いてくる。
それにはスミスさんが答えた。
「今までの領兵は全て地下牢に収監しました。 現在の兵士たちは王都から来た者たちなので、この町に土地勘がありません」
店の位置や内部に仕掛けがあった場合、逃す恐れがある。
「あなた方が頼りです」
僕はニコリと微笑んだ。
「なんだ、お前たちは!」
店の用心棒が二人出て来るが、鍛え上げられた現役の猟師たち六人には敵わない。
「全員を一ヶ所に集めろ」
僕の掛け声で猟師たちがドカドカと店の中を動き回る。
僕は適当な椅子に座り、静かに店主や使用人たちが集まるのを待つ。
スミスさんは勝手に厨房を見つけて、お茶を淹れて運んで来た。
「だ、旦那様、いったい何がー」
使用人の男が震えながら、ガラが悪そうな中年の店主を見る。
「ワシにも分からん!、誰だっ、貴様ら!」
店主らしい男は喚くが、周りを凶悪そうな猟師たちに囲まれ震えている。
店にいる全ての人間が集まったところで、スミスさんが僕に合図を送る。
この店は王都に本店を持つ雑貨店である。
この土地で採れる魔石の売買を任せていたのだが、ここの領主代行と組んで売り値を釣り上げていた。
「僕はラヴィーズン公爵家のイーブリスだ。 昨日、王都から来た」
紋章付きの真新しい馬車がこの店の前を通ったのは見ていたはずだ。
「あのさ、僕、邪魔臭いのは嫌いなんだ。 あなたが代表で選んでくれる?。
これから僕の言うことを聞いて働くか、今すぐこの領地を出て行くか」
僕はニッコリ笑って指示する。
「何だ!、子供のくせに生意気な!」
そうだよね、八歳の子供に従うなんて有り得ないのは分かるよ。
「公爵閣下からの書状もある」
タモンさんからも店主を説得してもらうが話にならない。
ふふっ、反抗的な態度を取る者は全て地下牢行きだよ。
僕としては美味しそうな瘴気で嬉しい限りだ。
スミスさんが店の中を徹底的に調べさせ、二重帳簿というものを手に入れた。
証拠が出たので店主はもう何も言えない。
「店主を牢に。 他にも僕のことが気に入らない者がいれば申し出て欲しい」
進んで牢に入りたい者などいるはずがないけど。
「ワ、ワシは本店からの指示で!」
喚き散らす店主を一瞥する。
「分かってるよ。 今頃はあっちも潰されてるだろうだけどね」
「へっ」
本当はこの帳簿を王都へ送ってからになるけど少し遅れるだけのことだろ。
人が絶望したときの顔って、何て美味しそうなんだろうね。
黒い服の男が近付いてくる。
「若旦那様、手筈通りでよろしいでしょうか」
「ああ、頼む。 ただし、今日から十日間は店を閉めろ」
その間に今までいた従業員を使えるように教育的指導をしてもらう。
「御意」
王都を出た時乗っていた馬車を、この男が手配して、まるで僕が乗っているかのように移動させていた。
僕は馬車が近くまで来てから改めて乗り込み、領地に入ったのである。
この黒い服の男は元調査員デラートスさん。
その彼が調査員を引退しようとしていたところをお祖父様が声を掛けた。
表向きの商売を始めたいというので、この領地を勧めたそうだ。
彼の商売としても人の少ない土地なので競争相手が少ないのが良かったらしい。
「では、私はこの店を頂き、商売を始めさせていただきます」
とりあえず魔石の買い取りの窓口をお願いしている。
販売のほうは王都の公爵家が取り仕切るだろう。
僕は「がんばってね」と手を振って店を出た。
元店主は猟師たちに引き摺られて運ばれていった。
僕はもう一つ行く所があって、タモンさんたちにも付き合ってもらうことにした。
少し郊外にある古い建物。
大勢の子供たちの声がする。
「学校?」
首を傾げてスミスさんを見る。
それにしては建物が今にも壊れそうなんだけど。
「学校っていうほど立派なもんでもないですよ、坊ちゃん。 どっちかっていうと浮浪児の収容施設みたいなもんです」
タモンさんの話に、僕は教育のために放り込まれていた施設を思い出す。
「教会、ではないよね?」
「はい、この町には教会はないです」
は?、そんなことあるのか。
「貧しい町や村では教会も寄付が入りませんからね」
教会の人助けも金がなければ出来ないってか。
「なるほど」
僕たちの姿を見つけた子供たちが騒ぎ出す。
特にローズを見て「魔獣だあ!」と怖がる者や、興味本位に近付こうとする者がいる。
「危ないわよ!」
建物から一人の女性が飛び出して来た。
ローズに近付こうとしていた子供を捕まえて後ろに隠す。
「こんにちは、お嬢さん」
僕は軽く会釈する。
明らかに怪しい子供だろうけど、僕の後ろにはタモンさんがいるので彼女はそちらに目を向けた。
「ああ、ジーン。 こちらは領主代理の、えーっと」
「イーブリス様でございます。 私は執事を務めますスミスと申します」
スミスさんが名乗るのは珍しい。
「そ、それは失礼いたしました。 で、何の御用でしょうか」
うわ、警戒感バリバリだな。
「少しお話がしたいのですが、中に入ってもよろしいでしょうか?」
スミスさんが僕の前に出て話し始める。
僕はローズの背中を撫でながら子供たちを見ていた。
ジュルっと涎が出そうなくらい生気に溢れる子供たちを。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
元調査員デラートスは三十代後半になって自分自身の限界を感じ始めていた。
若い頃はどんな無謀な調査も引き受け、王家の信頼を得るほど実力を認められている。
しかし国の裏側を牛耳るといわれる公爵家の依頼となると話が違う。
これ以上、裏側を知ると自分の命が危ないのではないか、と思い始めた。
幸い、公爵家からの依頼は実入りが良い。
金も貯まり、そろそろ仕事を減らして、どこかに腰を据えて商売でもしようと思った。
公爵家から繋ぎの連絡が来る。
最後だと思い公爵家に赴くと、意外な話になった。
「へっ?、アレが領主代理ですか」
「うむ。 その領地で商売を始めるなら色々と便宜を図るが、どうだろうか」
公爵が宰相を辞めた理由は聞いている。
孫として引き取った双子のうち、ひとりが魔物の子だと知っている者はごく僅かだろうが。
「私にあの魔物と公爵閣下の連絡係になれと仰るので?」
クスッと小さく笑った公爵が執事に指示をして契約書を渡して来た。
「さすがに話が早くて助かるよ。 諸々の条件だが、これで納得してもらえると嬉しい」
「ううむ」
それを見たデラートスは唸る。
これほど条件の良い案件はない。
店の斡旋から営業許可、仕入及び販売手段も公爵家の支援付きだ。
公爵家でも魔物の孫のことを知っている者を野放しには出来ないのだろう。
デラートスもこの裏社会から逃れるためには、ある程度のことは覚悟していた。
王家や高位貴族の裏を知り過ぎている。
例え「口外しない」という契約を交わしていても相手は心配だろう。
「表向きは個人経営でも私が後ろ盾であったほうがそちらも安心だと思うが」
「そりゃあ、心強いですが」
デラートスは、転職に失敗して落ちぶれたり、高齢になり調査の仕事で命を落とした先達を何人も知っている。
このまま公爵家に従うほうが楽なのは間違いない。
釈然としないまま頷くしかなかった。