52・行進
前触れの使者から二日、王都からは七日目で公爵家騎士団が到着した。
思ったよりも早い。
馬車で十日掛かる距離とはいえ、全員が騎兵だからな。
「イーブリス様、お久しぶりでございます。 大きくなられましたな」
団長は白髭の爺さんである。
公爵家騎士団は少数精鋭だ。 今回は総勢十名と数は少ないが、一人一人がめちゃくちゃ強い。
公爵家には騎士団の他にも平民の兵士や見習いなど、他領にいる者も含めると、私兵は百名近くいたはずだ。
そりゃあ、王宮にすれば脅威である。
「最近は何故か国軍が魔獣討伐に動かないので、我々が各地に出向いております」
団長の爺さんは誇らし気に胸を張る。
ふうん。 陛下はちゃんと契約を守ってるんだな。
「じゃあ、忙しいんじゃないの?」
僕がそう言うと爺さんは嬉しそうに笑う。
「はい。 ほぼ毎日のように遠征しております」
そんな忙しい中、来てもらって申し訳ないな。
「とんでもない。 イーブリス様のお役に立てるのならば、我々はどこへでも参ります」
公爵家の私兵なんだから、他の依頼よりこっちを優先するだろうし、失敗出来ないから精鋭を寄越すだろうとは予想していたけど大袈裟過ぎないか?。
もしかして先日、分隊長が叙爵したから、この機会に貴族位が欲しい兵士たちが意気込んでやって来たということか。
兵士たちに軽く食事と休憩を取ってもらっている間に、分隊長から団長に作戦と配置を説明させる。
「すぐに出られる?」
「勿論でございます、イーブリス様」
地図を仕舞い込みながら団長さんが頷く。
「では、朗報をお待ち下さい」
ニヤリと白い口髭を歪め、爺さんは立ち上がる。
副官が号令を出し、領主館の前に騎士団が整列する。
勿論、分隊長や領地にいる私兵たちもその中にいた。
「必ず、イーブリス様に勝利を捧げまする。 一同の者、敬礼!」
ザッと音が揃った。
いやいや、戦争じゃないんだから。
とりあえず僕は片手を上げて、それに応える。
馬に騎乗した騎士団が町の大通りをゆっくりと進んで行く。
広場で待機していた猟師さんたちが合流し、一緒に西の開拓地へと向かって行った。
僕は執務室に戻り、後はただ彼らが戻るのを待つだけだ。
今回の作戦は一日では終わらない。
まずは夜の闇に紛れ、村を全方向から包囲。
翌朝、村から誰も出ないうちに出入り口を封鎖して、降伏勧告を行う。
従わなければ、即捕縛。
従っても最終的には難民、開拓民も全て捕縛。
さすがに年寄りと五歳以下の子供はその限りではないが、逃げた場合は保護者に責任を取らせると宣言しておく。
それでも抵抗したり、女や子供を盾にして逃げようとする者はいるだろう。
その時のために捕縛の魔道具がある。
本来の使い方は、魔獣の群れや盗賊団など、ある程度の数が集まっている場所に投げ込む。
漁師が魚を獲るための網に近いが、魔力が籠っているので触れただけで魔力を封じられ、多くはそのまま動けなくなるという。
人質を取ろうが、武器を持っていようが、何の問題もないのだ。
捕縛部隊が出発した翌日。
僕たちはずっと執務室で部隊が帰って来た後の準備の指示を出している。
地下牢の清掃、食料の仕入れ、騎士たちの宿舎の用意に、宴会用の会場の準備まで。
ジーンさんも子供たちも掃除や厨房の手伝いに走り回っていた。
「早くて二日。 捕縛した民の移動に時間が掛かるだろうし、三日かな」
僕がそう言うと、スミスさんは首を横に振った。
「何を仰ってるんですか。 そのまま、南の町に置いて来いって言ったのはイーブリス様でしょう?。
だから、もう一日余計に掛かります」
南の町の代表に開拓民を引き取らせてから戻って来る。
「爺さんたち、しばらくこっちに居るんでしょうかね」
スミスさんが団長を『爺さん』と呼ぶのには訳がある。
「久しぶりだからゆっくり話したい?」
「いやいや、あの爺さんは脳筋で、話し合いは肉体言語ですから。
あっちは現役ですが、私はもう執事ですから付き合い切れませんよ」
団長はスミスさんの養父の父親なのである。
正確には、下町育ちのスミスさんが悪さで捕まった時に、たまたま団長の息子さんが近くに居たそうで。
調べたら親戚関係だと分かり、スミスさんの家族をまとめて引き取ったそうだ。
「私の親は貧乏でも一応貴族やってましたけど、私は産まれたときから下町の貧民街育ちです。
公爵家に仕えるのだって無理だと何度も断ったんですが」
『嫌なら、わしを倒してみろ。 そうしたら何でも言う事を聞いてやる』
爺さんにそう言われたスミスさんは、相手が老人だと甘くみた。
それから、公爵家騎士団の一番の脳筋にずっと挑み続け、知らないうちに鍛えられていくことになる。
「あんな化け物だと知っていたら、無謀な賭けなどしませんでしたよ」
結局、まだ勝ててないので、おとなしく公爵家に仕えているそうだ。
僕はスミスさんがこの前、騎士団相手に護衛任務をもぎ取ったって聞いたから、爺さんにも勝ったと思ってた。
「あの時は、たまたま爺さんは不在だったのでー」
へえ?。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
公爵家騎士団の精鋭を束ねる団長はそろそろ引退も考える年齢になっていた。
しかし、自身の息子や孫たちには到底負ける気がしない。
このままでは騎士団を預ける者がいない、と危惧していた、ある日。
「離せ、この野郎!」
その日は少ない休日で、一人で出掛けた。
たまたま家の近くで子供が暴れているのを見咎める。
「これ、こんな子供相手に何をしているのだ」
八歳くらいの男の子一人に大人が三人、取り囲んでいた。
「爺さん、構うな。 俺はこいつらをぶっ飛ばさないと気が済まねえんだ!」
叫んだのは子供の方で「馬鹿にされた」と熱くなっているようだ。
よく見ると口は悪いが、身なりや身のこなしが平民ではない。
着ているものは古臭いから、おそらく借金などで家を潰された末端の貴族だろう。
長く平和が続く国内では貴族たちの間にも貧富の差が生まれていた。
領地を保有しても運営に失敗したり、肩書きだけの貴族は生活の質を落とせず、やがて見栄のために没落していくしかない。
そんな貴族が下町に住むことになっていたのである。
子供に絡まれていた大人たちには、こっそりと金を渡して逃し、団長は息子を呼んで少年とその家族を引き取らせた。
実は親戚だったと嘘をついて。
「離せ!、クソジジイ」
最初、屋敷の者たちは養子に入った後も抵抗を続ける少年に驚くが、やがてその元気の良さを歓迎した。
騎士団長である主人がその子を見る目が楽しそうだったからである。
団長は公爵とは旧知の仲で「優秀な孫が出来た」と報告したら面白い提案をされた。
「もし私に孫が出来たら、是非その子を雇いたいな」
公爵が望んだのは、何があっても逞しく生き残る子供だった。
ただの口約束とはいえ、相手はあの公爵である。
団長は孫を鍛え始めた。
剣だけではなく体術や礼儀作法、文官の真似事まで教育を施す。
面白いほど吸収するその孫に団長は夢中になって仕込んだ。
ある日、団長は公爵家嫡男の死を知った。
「頼みがある」
唐突に公爵が騎士団の団長室を訪れた。
「お前の孫を私の孫にくれ」
「ああ、約束だからな」
団長家との関係を隠すためにスミスという仮の名を与えられた少年が、公爵家の養子の担当執事となった。
「何故、従者か護衛にしないのだ」
スミスが公爵家の執事になってから、団長が公爵に訊ねたことがある。
「あの孫はただの子供ではない。 だから、私は分家を用意したいと思っている」
新たな家には執事が必要になる。
団長の孫は護衛はもとより、文官も従者も熟せると聞き、執事をやらせることにした。
「もう決めたのか?」
公爵は笑う。
「そのためにお前の孫を貰ったのだ」
本当は自分の後継にするつもりだった団長は諦めるしかなかった。




