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シェイプシフターの子 Ⅱ〜僕は魔物だけど人間が好きかも知れない〜  作者: さつき けい


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51・準備


 公爵家の騎士団本隊を動かすには時間が掛かる。


その間に僕は北の山を調べることにした。


夜ではどうしても視野が狭くなるので、珍しく昼間から行動している。


これも地下牢が久しぶりに充実したお蔭だ。


今日は普通に歩いて森に入り、山へ向かう。


 結界の魔道具を一部外し、中に入ってすぐに元に戻す。


外して、また作動させるのは精霊並みの魔力がある僕ぐらいしか出来ない。


だから、猟師さんたちには一瞬だけ解除して結界に出入り出来る魔道具を渡している。


仕事で必要だからな。




 山の頂上付近には国境線があり、普通の人間では越えることは出来ないことになっている。


そもそも、こんな魔獣の棲む森を抜けてまで他国へ行こうとする者を想定していない。


つまり、出ようとすれば出てしまえるような見掛け倒しの国境の塀が続いているのだ。


「全く無駄なことを」


木で出来た柵である。


高さは一応、大人の背丈より高くはなっているが老朽化していてボロい。


「直したほうが良いのではないですか?」


スミスさんに言われなくても誰でもそう思うだろう。


だけど、そこには大人の事情というものがある。


「予算が無い!」


散財しっぱなしの僕が言うのもなんだが、これは領地の問題ではなく国防の問題だと思うよ。


「とりあえず、応急処置だけはしておくか」


余分に買っておいた結界用魔道具で、気になる箇所だけを補修した。




 ローズが見つけたという魔鳥の群れを確認し、地図に書き込む。


「ここから逸れた個体が、あの洞窟に入って瘴気にやられたんだろうな」


先日の魔鳥は特殊な個体だったみたいだ。


見つけた群れには凶暴そうなヤツもいないし、あんなに大きな身体の鳥もいない。


「あれなら猟師たちでも狩れますね」


「スミス、狩っちゃダメ。 僕たちは卵だけを貰って、鳥たちには繁殖してもらわなきゃ」


繁殖期になったら、一つの巣から全部採らずにいくつか残す。


そうやって群れの個体数を調節しながら育てるんだよ。


「他の魔獣に襲われたりしませんか?」


「そりゃあ、するだろうな。 でも、きっとローズが守ってくれるよ」


「な」と隣にいる相棒の頭を撫でる。


ローズのフワフワの尻尾がゆるく揺れた。


しかし、なんで山を越えて来たんだろう。


それも調べたい。 また仕事が増えるなあ。




 そう思いながら領主館に帰って来ると、何故か兵舎の窓から手招きされる。


「お待ちしていました」


手招きしたのは猟師の若者アーキスで、兵舎の食堂で待っていたのは隊長とタモンさんの二人だった。


「何かあったのか?」


「ええ、報告に来たんですが、お留守だったので勝手に待っていました」


アーキスは嬉しそうな顔で僕たちを迎え、椅子を勧め、お茶を出した。


「ほんとに可愛いなあ、この子」


リルーに触ろうとしたので前蹴りで阻止する。


「何の用か訊いてるんだが」


苦笑を浮かべたタモンさんが、尚もリルーに近寄ろうとするアーキスを止めた。


「すまんな、イーブリス様。 こいつは無類の魔獣好きなんだ」


僕は椅子に座り、膝に乗せるにはちと大きくなってしまったリルーを足の間に挟む。


スミスさんが僕とアーキスの間に入って視線を遮った。




「開拓村の件ですが」


「動きがあったの?」


狩猟のついででいいからと、引き続き開拓村周辺の様子を見てもらっている。


「あっちは相変わらずなんですが、実は隣国がヤバそうなんで」


「ふむ」


そこでソルキート隊長が口を開いた。


「内乱が始まったらしいです」


隣も王制国家だ。


「後継争いで揉めているようで。 そのとばっちりがこんな国境まで来てまして」


僕たちの国はそこそこの大きさがある。


ここは最北端の辺境地だが、王都から馬車で十日はかかる。


つまり、それくらい国土は広い。


対して、隣国は僕たちから見ればこの領地の倍くらいの国土面積しかないのだ。


王都で揉めても隣町で揉めてるのと同じくらい距離が近い。




 僕は青年が淹れたお茶を一口飲んで、スミスさんに淹れ直すように頼む。


「それで?。 こっちに影響が出てるってことか」


ソルキート隊長が頷く。


「国境側の町から新たに難民が発生しているようです」


「それに、北の山の向こう側から魔獣も移動して来ているようだ」


ああ、タモンさんも気付いたのか。


 あの魔鳥は、おそらく隣国から国境を越えてやって来たと思われる。


隣は内乱だから魔獣被害なんて考えないでやってるようだ。


こちらからは分からないが、かなり山も荒らされているんだろう。


だから魔獣も逃げて来た。


 さて、どうするかな。


「難民捕縛計画を早めるしかないか」


王都の騎士団が到着しだい実行することになる。


「分かりました、いつでも出られるよう準備します」


ソルキート隊長とタモンさんが頷き、食堂を出て行った。


アーキスは名残惜しそうにリルーを見ていたが、タモンさんに呼ばれて慌てて駆け出す。


あいつは危険そうなだな。


顔を覚えておこう。




 執務室に戻るとジーンさんが仕事をしていた。


「お疲れ様」


「イーブリス様、お帰りなさいませ」


立ち上がって礼を取る。


僕が私室に戻って着替えていると、リルーはベッドの上に転がって眠たそうにしていた。 


グルカとローズは山で警戒を続けている。


 僕は再び執務室に入る。


「先ほどソルキート隊長がいらしていました」


ジーンさんが教えてくれたが、それは食堂で聞いた件だろう。


「ああ、さっき会った」


椅子に座って机の書類に目を通す。


先日の『難民捕縛計画に掛かる予算』だった。


心の中で「げっ」と呟きながら予算の紙を睨む。


ええいっ、もう時間がないから仕方ない。


 僕が決済のサインをしていると、ジーンさんが「あ、そうだ」と声を上げた。


「公爵家騎士団の先触れが到着されているそうです」


うわっ、それ、先に聞きたかった。


「……分かった。 あとは頼む」


僕とスミスさんは急いで来客用の部屋に向かった。


「お久しぶりです、イーブリス様」


騎士団本隊は二日後に到着予定である。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 タモンは、猟師仲間の息子で今年十八歳になるアーキスを連れて自分の店に戻る。


アーキスは大の魔獣好きのため、子供の頃から森で魔獣の発見情報があると勝手について来た。


「アーキス、イーブリス様の魔獣には手を出すなよ」


釘を刺しておかないと、今時の若い者は何をするか分からない。


「はいはーい」


(父親は真面目な奴なんだが、こいつはどうもお調子者で頼りない)


魔獣の知識だけは確かなのだが、とタモンはため息を吐いた。


「皆を集めてくれ、今夜、打ち合わせをする」


「了解です」


返事だけは良い。




 その夜、食堂を閉め、集まった猟師たちの顔を見回す。


「隣の国の動きが分かった。 どうやら内乱状態らしい」


ぐぅと唸る声が聞こえた。

 

「イーブリス様はなんと?」


タモンの長年の右腕である色黒の大男が酒を一気に呷りながら訊く。


「作戦の日程を早めるそうだ。


王都から騎士団が到着次第、始められるように準備をしてくれと」


「おう」


皆、ニヤニヤしているが、自分たちが兵士ではなく猟師だということを忘れてるんじゃないだろうか。


タモンは顔を顰める。


「そういや、坊ちゃんは出てくるのか?」


領主代理であるイーブリスはまだ九歳。


しかも時々体調を崩して寝込んでいる。


「たぶん領主館で待機されるだろう。 指揮はソルキート隊長が取ることになる」


「承知した」


猟師たちは頷き、それぞれの準備に戻って行った。




「ねえねえ、タモンのおじさん」


アーキスが一人残っていた。


「もし魔獣が出て来たら捕まえてもいい?」


そう言って今回の捕縛作戦で使用する魔道具を見せる。


「お前なー」


タモンは脱力した。


これでも魔獣狩りでは優秀な力を発揮する若者なのである。


「絶対に公爵家の紋章を付けた魔獣にだけは手を出すなよ」


それだけはしつこく言い聞かせた。



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