49・難題
その日、午後から領主館の僕の執務室にはデラートスさんとタモンさんが居た。
そして僕の膝にはリルーが丸まって寝ている。
ローズはグルカを連れて北の森に巡回に行った。
スミスさんがお茶を淹れている間、雑貨店の店主は深々と謝罪の礼を取る。
「イーブリス様、先日は申し訳ございませんでした」
既に町の噂になっていてタモンさんも知っているらしく苦笑している。
「構わないけど、今度やったら地下牢に入れるからね」
最近、地下牢の住人が減ってて寂しかったんだ。
久々の入居者は僕としては嬉しい。
「あは、あはは」
デラートスさんは僕が本気だと知っているので顔が引き攣っている。
それより報告を聞こうか。
タモンさんからは公爵領の入り口にある南の町と、領都の西側にある未開拓地の中の開拓村の報告を聞く。
南の町は歓楽街を中心として栄えた町だ。
隣国に向かう街道に近いため他領からの客が多い。
街道自体は公爵領ではなく隣の男爵領を通っていて、そこから脇道に入ると南の町に出るのだ。
「前の領主代行様が税を優遇されていたせいもあって、町としては発展していますね」
そうなんだよ。
地下牢にいるおっさんが勝手に南の町の税を安くしたお蔭で、あの町はデカくなった。
たぶん個人的に賄賂とか貰ってたんだろう。
「もう税率戻していいよね」
領都より発展してて税金も安いなんて可笑しいだろ。
お祖父様も僕に任せるって言ってるし。
僕はスミスさんにジーンさんを呼んでもらう。
「何か御用でしょうか」
ジーンさんは執務室に居たタモンさんとデラートスさんに挨拶をしながら入って来た。
「今日から秘書を頼む。 そこの空いている事務机を使ってくれ。
さっそくだけど、南の町の税を計算して、どの程度上げられるかやってみて」
「は?、えっと、私ですか?」
スミスさんがサッと資料を渡す。
「急がなくていいよ、スミスに教えてもらってくれ」
「は、はいっ」
そんなに真っ赤にならなくても、二人でやってくれれば良い。
さて、こっちは続きだ。
「開拓村はあった?」
タモンさんに顔を向けると頷いてくれる。
「ただ、開拓村というより難民村だな」
はあ、どういうこと?。
「隣国から難民が入って来ている。 開拓民を脅して村を乗っ取ったという感じだ」
この領地は最北端の国境にあり、隣国へと繋がる街道が近い。
こっちから行けるのだから、向こうからだってやって来る。
その中には許可の無い者がいて、それが開拓村に住み着いていた。
はあ?、国境警備はどうなってるんだ。
「人数は多いの?。 どうやって生活してるのさ」
「元々の開拓村は百人程度だと聞いてる。 今はちょっと少ないな。 だいたい五十もいないだろう」
おう、ヤバいなそれ。
難民が入ったなら人数は増えるはずなのに、なんで減ってるの。
「自給自足ということになってるらしいが、どうやら南の町が支援しているようだ。
安い労働力として、若い娘や働き盛りの男たちを南の町で働かせて、金は支配している難民たちが受け取っている」
奴隷かよ。
瘴気が多そうでワクワクするな。
「その実態を村の中の連中は仕方なく受け入れているわけだ」
おそらく犯罪者が難民に紛れていたのだろう。
そして暴力で支配しているということか。
僕は確認のためにデラートスさんに視線を向けると、元調査員は頷いた。
んー、これ、二つとも一度にやっていいかな?。
「イーブリス様、無茶なことを言わんで下さい」
デラートスさんが呆れている。
えー、そうかな?。
「開拓村の人口が増えずに減った理由は?」
「魔獣被害と食料不足かと」
タモンさんの言葉に僕は頷く。
「じゃ、いっそのこと、開拓村を潰してしまおう」
「はあ?」
全員が驚いた顔をした。
「今、公爵領では開拓村は南の町の保護下にあるはずなのに、放置されている。
だから潰しても問題ない。
難民は不法侵入者、いわば犯罪者なので捕縛しよう。
開拓村が無くなれば開拓民はどこへ行く?」
「……南の町では?」
デラートスさんが考えながら答えた。
「だろうな」
僕はニヤニヤが止められない。
地下牢がまた瘴気で満たされる日も近いな。
「あのー」
僕たちの話を聞いていたらしいジーンさんが恐る恐る口を挟む。
「ん?、何かな」
「そのお、開拓民の件と南の町の税金の件はどう繋がるのでしょうか」
ふむ、良い質問だ。
「南の町の税は何故、優遇されていたのか。
確か、元は開拓民を抱えていたから、なんだよね」
十年くらい前に、そういう名目で王都の公爵家に報告されているのだ。
だが、実際には開拓村など無かったように放置し、他国から来た無法者に乗っ取られている。
「南の町は全く開拓民を助けず、自分たちだけは甘い汁を吸い続けていた。
それなら、正しく優遇するために開拓民のお世話をしてもらおうと思ってね」
「あ、それなら現在の税金で良いことになりますね!」
その通りである。
「いやいや、イーブリス様。 そんな上手くいきませんよ。 絶対に南の町から苦情が来ます」
うん、来るだろうさ。
「だけど、町の代表は僕が領主代理になって一年経つのに、一度も顔を見せに来ないんだ」
大人たちが黙り込む。
「自分たちに都合が悪くなって初めて新しい領主代理に苦情?。 挨拶も無いのに可笑しくない?」
王都に苦情を申し出たとしても受け付けないよね。
お祖父様は僕に一任しているから、そっちに行けってなる。
「さて、そうなると南の町の代表はどこへ話を持って行くだろうか」
デラートスさんが苦い顔をした。
「お隣の男爵様、でしょうか」
僕は、ククッと肩を揺らして笑う。
「ふふふ、あははは、やったー!。 他領主が口を出すなら、僕は男爵領に干渉出来る」
気に入らないと一言いえば、僕は男爵家くらい潰せるよね、きっと。
公爵家の騎士団を事前にこちらに動かしておこうかな。
「実際に戦うわけじゃなくても脅しには使えるだろ」
アーリーの将来の敵は減らしておかないとね。
楽しそうな想像に耽る僕にスミスさんが呆れたようにため息を吐く。
「若旦那様、空想だけでは物事は進みません。
念のため、公爵家文官宛に騎士団を動かす指示書をお出し下さい。
それと猟師たちに協力をお願いするなら契約書を、あ、その前に予算を組みませんと」
「そっちはスミスに任せる。 僕は分隊長と難民捕縛計画を立てる」
タモンさんたちが唖然としている前で、僕とスミスさんは着々と準備を進めていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
まだ九歳の領主代理とその執事の部屋から出て、三人はため息を吐いた。
「あ、あの、イーブリス様は本気なのでしょうか」
今日から領主代理秘書になったジーンは、猟師頭のタモンの顔を見る。
「うーん、どうなんだろう。 子供の考えは分からんが」
「いや、あのお方はやるよ」
雑貨店の店主デラートスは不気味に笑う。
この町に一年前に出来た雑貨店の店主は公爵家が後ろ盾になっていた。
以前からイーブリスのことを知っているらしい。
デラートスはイーブリスが魔物であることを知っている。
「正直、ここまでやるとは思わなかったが。
たとえ子供とはいえ、やろうと思えば出来ると思わないか?」
デラートスはタモンとジーンの顔を見ながら言った。
「ううん、出来るかも知れんが、本当にやるかどうかは」
タモンが唸る。
「そうですよ。 公爵様がお許しになるとは思えません」
ジーンは力説するが、タモンは益々顔を顰める。
「俺は、イーブリス様の計画はやれなくはないと思うぞ」
このまま南の町の暴挙を放っておくほうが公爵家にとって都合が悪い。
それなら、領主代理であるイーブリスが立案し、公爵家私兵団が実行するのが正論となる。
「そんな!。 危険ですよ」
ジーンの言葉にデラートスは首を振る。
「イーブリス様なら大丈夫だ」
あれは人間では無いのだから。




