48・隣人
僕がローズの子供たちを公開したのは、シーザーと名付けられた子狼がもらわれて行った後である。
最初から子狼は二体しかいなかったかのように。
館の食堂に集まった使用人と私兵の皆は、可愛い毛玉にメロメロになった。
「黒いのが雄で『グルカ』、白いのが雌で『リルー』だ。 よろしく頼む」
ローズには怖くて近寄れなかった子供たちは、子狼なら大丈夫とばかりに突進してくる。
生後約二ヶ月の子狼だが魔獣には違いない。
ひらりと身を躱した子狼たちは母親の下に逃げ込んでいた。
大人たちは笑い、子供たちは残念がる。
「ようやくお披露目ですね。 町にも行かれますか?」
「ああ、タモンにも顔合わせしておこうと思う」
「承知いたしました」
僕たちは着替えた後、ローズたちを連れて町へ下りた。
猟師たちの溜まり場であるタモンさんの食堂兼宿。
「いらっしゃい、おっと、スミスさんか」
「失礼します、タモンさん」
スミスさんが先に入り、僕はローズの後から子狼たちを持ち上げて中へ入れる。
「おや、可愛いのをお連れで」
「うおおおおお」
猟師の若者アーキスが館の子供たちばりに突進して来た。
「かわええええ」
リルーを抱き上げようとしたので、僕は前蹴りで阻止した。
「勝手に触るな」
「ひ、ひどいっす、イーブリス様ああ」
無視してタモンさんの食堂の椅子に腰掛けた。
「子供たちのお披露目と、もう一つ依頼があって来た」
「はいはい、何でしょう」
タモンさんは果実汁の入ったカップと軽い摘まみを持って向かいに座る。
僕は果実汁はスミスさんに渡し、皿に乗った炒り豆を摘まむ。
「南の町と、それから開拓村の情報が欲しい」
タモンさんは自分のカップに入った酒をちびちび飲みながら豆を口に放り込んだ。
「そりゃ、実際に見て来いってことで?」
「ああ」
何日も前の情報なら紙でもいらない。
「その上でそっちの意見も聞きたい。 それからどうするか決める」
ふむ、と腕を組んでタモンさんが考え込む。
「分かりました。 お引き受けしましょう」
タモンさんはそう答えてから、僕の足元に寝そべるローズと子供たちを見る。
「イーブリス様、まさか、この白いの」
「ああ、一応魔力阻害は掛けてある」
タモンさんは頷く。
「いくら聖獣といえど、子供のうちは危ないですからね」
さすが『魔獣狩りのタモン』さんだな、見ただけで分かるのか。
僕は聞こえない振りをして反応しなかった。
「たまに山で会うかもしれないが、よろしく頼む」
「へい」
僕はしばらく雑談をした後、食堂を出て、雑貨店に向かった。
デラートス雑貨店は今日も盛況だった。
「いらっしゃいませ。 何か御用でしょうか」
若い女性の店員さんが出て来た。
珍しいな。 店員のほとんどは僕のことが怖いから出て来ないんだけど。
初めて見る顔だ。
垢ぬけてるというか、王都の場末にいるような感じの女である。
「申し訳ありませんが、店主はあいにく出掛けておりまして」
「そう、じゃいいよ」
そう言って店を出ようとすると「お待ちください」と声が掛かる。
「後でお届けしようと思っていたものがありますの」
ふうん、ちょうど良いから渡そうってことか。
女は他の店員に声を掛けて取りに行かせ、自分は子狼を熱心に見ている。
自分は動かないのか。
奥から店員が持ってきた一抱えほどの箱を、女は床に置くように指示した。
「こちらですわ」
触ったり、確認することもしない。
なんだこいつは。
僕は女性店員にニコリと笑う。
「あなたはどちらからいらしたのですか?」
丁寧に聞いてみる。
「あら、はい。 名乗りが遅れまして申し訳ございません。 サニアと申します」
ちょっと気取った感じでスカートを摘まんで礼を取る。
いや、名前なんか聞いてないんだけど。
「王都からいらしたんですか?」
「いえ、うふふ、そう見えますの?」
だから、どっから来たか訊いてるんだよ。
「お隣のブリュッスン男爵領ですわ」
なるほどな。
僕とスミスさんは荷物をそのまま置いて店の外に出る。
「ちょっと!、お忘れ物ですわよ」
その女は外にまで僕たちを追いかけて来た。
「お坊ちゃん、聞こえませんでしたの?、そこの使用人も!」
僕とスミスさんが同時に振り向く。
唸るローズの背中を撫でて落ち着かせる。
「なんだって?」
僕のすっとぼけた反応に女がますます生意気な口を開く。
「だからー、あなたがイーブリス様でしょ!。 丘の上の領主代理の子でしょ?。
さっさと荷物を引き取りなさいよ」
店の中から真っ青な顔の年老いた店員が走って出て来た。
「申し訳ありません、イーブリス様。 あとでお届けいたしますので」
女を押しのけて地面に頭をこすりつけるようにして謝る。
「はあ?」と、女は不思議そうな顔をしていた。
そろそろ周りに住民が集まって来た。
「副店長、こんな生意気なガキはちゃんと躾ませんと。 いくら公爵様の孫だからって」
ふうん、公爵家の人間だということは知っているわけか。
それでこの対応はあり得ないよな。
スミスさんが無表情で殺気を放っている。
「ぷっ、ふふふっ。 あはははは」
僕は笑いながら手を差し出して、副店長さんを立たせる。
「あなたも大変ですね、いくら忙しいからってこんな女を押し付けられて」
「は、はあ」
「デラートスが戻ったら僕の部屋に来るように言っておいてくださいね」
「では」と言ってその場を離れる。
「ちょっ」
女はそれ以上声を出せなかった。
僕の手が横に振られ、彼女の首を浅く切り裂いたからだ。
血がポタリと落ちる。
「きゃ、あああああ」
僕たちはそのまま立ち去った。
「スミスはあの女に見覚えある?」
「はい。 冬の間に隣の領地から働きに来たと聞いています。
確かデラートスさんが知り合いに押し付けられたと」
僕がローズの出産で町にあまりいなかった時期に来たらしい。
「本人の話ではブリュッスン男爵様の愛人だそうです」
ああ、確かに身体付きはふっくらとして、男が好みそうな肉感的な容姿だったな。
「調べますか?」
「いや、いらん。 デラートスに任せるよ」
さっさと始末して欲しいもんだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
デラートスは、最近、この町のことを探っているという隣のブリュッスン男爵に何とか伝手を使って取り入っている最中である。
ブリュッスン男爵は黒髪に黒い口髭の中年男性だ。
噂では奥方の実家の方が貴族位が高く、頭が上がらないということだった。
冬の中頃に呼び出されて隣領の領主邸へ行くと、あの女が居た。
「すまんが、こいつを雇ってくれんか。 口は悪いが性格は良い娘なんだ」
(ふんっ、良いのは身体だろうが)
デラートスは心の中で舌打ちし、顔だけはにこやかに頷いた。
「しかし、店のある場所は田舎でございますので、お嬢さんには合わないのではないでしょうか」
王都に店を構えているわけではないと説明したのだが、それでも良いと言われる。
どうやら早く追い出したいらしい。
「しばらく我慢しておくれ」
「えー」
デラートスはうんざりした顔で、その二人のやり取りを見ていた。
「こちらも商売でございますので、仮採用とさせていただいてよろしいでしょうか」
「あ、ああ。 ただし、男の客には気を付けてくれよ」
そんなことを言うのなら外に出すなと言いたかったが我慢した。
冬の間は雑貨店は特に忙しいこともなく、デラートスは相変わらず王都と領地の往復で忙しい。
前店主の元で働いていた年老いた従業員を副店長として、女の指導を頼んでおいた。
「こんな田舎、早く出たいわ」
そう言っては男性の従業員や客に色目を使う女を、何とか引き止めてくれているようだ。
急な呼び出しで隣領に行っていたデラートスは、店に戻ってすぐに副店長の報告を聞いた。
「なんだって!」
(あの女、やってくれたな)
デラートスはイーブリスのニタリと笑う顔を思い浮かべ、背中が寒くなった。




