46・子狼
それから冬の間、ローズは森の奥で過ごすことにしたらしい。
ひとりで出産したいというか、人間に見られたくないそうだ。
僕は適当に通って食料を届けたり、たまにフェンリルになって周りを警戒したりしている。
雪は思ったより積もらなかったな。
王都では積もりもしないし、チラチラと降る程度だ。
北ならもっと積もると思ったんだけど、せいぜい足首が埋まるくらいだった。
でも魔獣の足跡を追って狩りをするのは結構楽しい。
フェンリルになってたことを忘れて、足跡を追ってたら自分のだったりと初めてのこともある。
生気も瘴気もたっぷりあるから、体調がめちゃくちゃ良かったしね。
だけど、段々と洞窟内の瘴気が減って来た。
フェンリルになる度に瘴気がふっ飛んでしまうからだ。
いつの間にか地下牢も罪人が減って来てるし、しばらく変身はやめとこう。
キューンキューン
キャンキャン
キュッキュー
雪が溶け始めた頃にローズが三体の子狼を出産した。
最近、僕はずっとイーブリスの姿のまま洞窟に通っている。
三体の子狼の面倒はローズが見ている、というか、まだ母乳しか飲まない。
ローズには僕が食料を届けていた。
二週間ほどすると子狼たちはヨチヨチ歩いて僕の側に来るようになる。
僕からは一切手は出さない。
どう扱っていいか分からないしさ。
子狼は灰色のポソポソした毛がふわふわで可愛い。
黒っぽい灰色と濃い灰色の二体が雄。
灰色の薄いのが一体で雌。
「あ、これはー」
【どうしたのだ、主】
「うん。 ちょっとフェンリルの血が濃いみたいだよ」
雄の黒色は普通だが、濃い灰色のほうがダイヤーウルフとフェンリルが半々だ。
魔力の濃さが違う。
しかし、問題は雌のほうだ。
フェンリルの血が強く出ている。
「これ、大きくなると毛色も真っ白になるよな。
元々フェンリルは魔獣だけど、浄化魔法を使うから聖獣っていわれるはずだ」
そのフェンリルの魔力に非常に近い。
もしかしたら浄化とか使えるようになるんじゃないの。
しまったなあ。
居場所が確定してて分かりやすいからとフェンリルを選んだのが悪かった。
まあ、後悔してももう遅いし、どうすることも出来ない。
しかも僕の子だ。
可愛い、僕とローズの子なのだ。
「そうなると、ここにいるのは不味いな」
聖獣の気配を隠さなければならない。
「ローズ、館に帰ろう。 大丈夫、人間にはなるべく触らせないようにするから」
【分かった】
その夜、僕はローズと子狼たちを連れて館に戻った。
翌朝、僕のベッドにローズと三体の子狼が寝ているのを見たスミスさんが驚いている。
「おはよう、スミス」
「おは、おはようございます、イーブリス様。 これはもしかして」
「うん、僕とローズの子供たちだ。 よろしくね」
スミスさんはじっと子狼たちを見ている。
「それで、スミス。 お願いがあるんだが」
「あ、はい、何でございますか?」
僕はローズと子狼たちについての注意点を話す。
「しばらくは子狼たちに絶対、人間を近付けるな」
特に使用人寮のお子様たちは厳禁だ。
「ローズもまだ子狼たちが一番で、気がたってるから不用意に近寄らないでくれ」
以前と同じ扱いをすると大人でも怪我するよ。
「それと、大至急、本邸に行く。 魔道具で執事長に繋ぎを取れ」
「は、畏まりました」
スミスさんが出て行き、代わりにメイドが来たが、ジーンさんを呼んでもらう。
「ま、まあ、可愛い!。 ローズの姿が見えなくて心配していましたが、こういうことでしたのね」
ジーンさんがフニャフニャになった。
「すみませんが、ジーンさん。 お忘れかも知れませんが、ローズは魔獣で、子狼たちも魔獣です」
子供たちには絶対、ローズと子狼たちに近寄らないように言い付けてもらう。
「いいですか。 もし約束を守らない場合、最悪、子供たちが死にますよ?」
今日から食事は自室ではなく、食堂で取ることにした。
僕の部屋は鍵を掛け、僕以外は入室禁止である。
朝食後、庭の温室に向かう。
そろそろ完成したはずだ。
「おはようございます、イーブリス様」
「おはよう」
庭師の青年に手を上げて挨拶を交わす。
中に入って見せてもらう。
まだまだ花は少ないが、土作りは進んでいるみたいだ。
「魔鳥はどうしてる?」
「ああ、卵から孵ったアレですか。 設備のほうにいますよ」
ガラス張りの温室に付属する設備の一角に檻がある。
僕たちが倒した魔鳥に良く似た鳥が二羽、世話をしている青年を見て寄って来た。
卵が孵るまで確定出来なかったけど、やっぱりあそこは魔鳥の巣だったんだな。
「俺、鳥は専門外なんで分かんないですけど、普通の鳥とどう違うんでしょうかねえ」
庭師の青年はもう情が移って鳥たちが可愛いみたいだ。
「そうだな。 瘴気を取り込むと魔獣になっちゃうらしいよ」
元々この世界の生物には多少の魔力がある。
その魔力が瘴気に晒され続けると魔獣になり、人間なら悪魔とかになるという話だ。
まあ悪魔みたいに卑劣なヤツなんてどこにでもいるけどな。
それにしても人間の記憶の中にいる「ダチョウ」という鳥は飛べないらしい。
飛んで逃げることがないなら、あの洞窟みたいな瘴気の無いここで飼えないかな。
僕が拾って来た時に既に卵の瘴気は吸い取らせてもらっている。
「普通の鳥より大きくて飛べないらしいから、このまま飼えるといいんだけどな」
魔獣と温泉しか目立つものがない領地だからね。
温泉のほうはまだ手が付けられないけど、そのうち温泉付き宿を作りたい。
今はその資金を作るためにも魔獣を何とかしないといけないんだよ。
「よし、ローズ。 ちょっと本邸のお祖父様のところに行って来る。 留守番を頼む」
【分かった】
その夜、真夜中に僕とスミスさんの二人で闇の精霊の穴を通って、本邸の僕の部屋へと向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
スミスには魔物のことなど分からない。
ただ、イーブリスがローズを手懐けた時、何かを約束した事はなんとなく知っていた。
しばらくして、隣の伯爵家の女の子たちが来るようになると、明らかにローズが不機嫌になる。
他の人間には反応を見せないローズが、特にヴィオラに対して敵意を持っている様子だ。
(イーブリス様を取られると思っているのかな)
と、最初は微笑ましく見ていたが、相手は魔獣だ。
そんな生易しいものではなかった。
ヴィオラと会った日は、ローズは必ずイーブリスの身体を嗅ぎ回る。
まるで浮気を疑う妻のようだ。
そして二人の婚約式には姿を見せず、馬車の中で蹲っていた。
北の領地に着いてからは、ヴィオラがいない事に安心しているようだった。
そして、イーブリスは瘴気と生気を十分に蓄えると、考え込み始める。
スミスはイーブリスが狼の発情期や妊娠、出産について調べている事に気付く。
「他にダイヤーウルフはまだ見つかっていない。
はっ、まさか、フェンリルか!」
スミスは一度だけ、シェイプシフターが変身するところを見せてもらった。
魔物であるシェイプシフターが聖獣フェンリルになれるとは思わなかったので驚いてしまう。
しかし、やはり魔物には聖獣に変化することは大変らしい。
すぐに倒れ込んでいた。
しかし、この土地に来てからイーブリスは絶好調である。
寝込んでもすぐに回復する。
そして、ついにその日が来た。
晩秋の月の明るい夜、イーブリスはローズを連れて森へ向かう。
「しばらく戻らないかも知れないけど、心配しないで。 春にはもどるから」
イーブリスはしょっちゅう戻って来たが、ローズは冬の間、全く戻って来なかった。
春になり、雪も溶け陽射しも暖かくなった、ある日。
スミスは驚き、卒倒しそうになった。
予想はしていた。
だが、それが現実となると、やはり信じられない。
「僕とローズの子供たちだ。 よろしくね」
イーブリスは間違いなく、魔物だったのだ。




