34・代理
第二章となりますのでサブタイトルは通し番号にしました。
よろしくお願いいたします。
あらすじを含みますので少し長めです。
ラヴィーズン公爵領でも朝は来る。
「おはよう」
僕はラヴィーズン公爵家イーブリス、当主の養子でもうすぐ八歳になる。
病的な白い肌、整った顔立ちと濃い金色の髪に鮮やかな青い目を持つ。
「おはようございます、イーブリス様」
本邸からついてきた青年執事のスミスさん。 細身だが、武術の達人らしく護衛も兼ねている。
胡散臭い笑顔、黒目に真っ直ぐな濃い茶の長い髪を一つに結んでいる。
ガウッ
【おはよう、主】
「うん、ローズもおはよう」
僕の配下でダイヤーウルフという魔獣のローズ。
灰色の毛並みがツヤツヤの美狼。 大型犬くらいの体格をしているが、本当は身体の大きさは自由に変えられる。
僕たちは王都から、この最北端の領地にやって来た。
王都の本邸の朝と同じように、スミスさんが僕の好きな薔薇を花瓶に挿していた。
今、この地方では雪が溶け、春らしくなったばかりだ。
「薔薇はやはり少ないですね」
確か、庭に小さな温室があったな。
そこに薔薇があったことには素直に感謝しよう。
「そうか。 まあ、いずれは増やそう」
雪も降るそうだから、それに耐えられる温室を作らないといけないけど。
「しかし魔物に領地経営なんて普通はさせないよな」
僕はスミスさんに愚痴を溢す。
実は、僕はシェイプシフターという魔物で、人間に擬態している。
公爵様は、僕を人間じゃないと知っていたのに孫として引き取り、好きにさせてくれる。
何故か最初から気に入られているんだ。
本当の孫であるアーリーの、双子の兄ということになっていた。
「大旦那様はイーブリス様を本当の孫だと仰っていらっしゃいますからね」
あー、それは何度も言い聞かされてる。
もし、僕が人間の姿を保てなくなっても、孫なんだから公爵家に戻るようにって。
あれ?、お祖父様はいつから『大旦那様』になったのかな。
僕が首を傾げると、四年の付き合いであるスミスさんは察してくれる。
「出発前に公爵様と執事長とも相談いたしまして。
旦那様を『大旦那様』に、イーブリス様を『若旦那様』に、アーリー様は『若様』と呼称を変更させていただきました」
はあ?、人間の考えることはよく分からないけど、まあいいか。
「好きにしろ」
「はい」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
十日前の夜、僕たちはこの館に到着した。
病弱設定である僕が三か月前にこの土地に転地療養が決まり、未成年だけど実質的な領主代理ということになった。
その時から調査員を使って調べた結果、領地に入る前にまずここで領主代行をしている親戚筋の男性を何とかする必要があることが分かった。
領地経営の指導をしてくれていたカートさんの話では、『代行』とは言われたことをそのまま伝え、実行する者。
『代理』は与えられた権限で、ある程度、自由に実行出来る者とされていた。
到着してすぐ、僕たちは代理権限を使って前領主代行を粛清、従わない者は全て地下牢行きにした。
お蔭様で瘴気が溜まる溜まる。
魔物である僕は瘴気が大好き、っていうかこの身体を保つために必要なんだ。
ここは勝手に瘴気が溜まってありがたいよ、ホントに。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
既に三ヶ月前に公爵家本邸から送り込まれた使用人たちがいる。 彼らは、ずいぶんと良い仕事をしてくれた。
僕が到着する前に、地下牢の奥には『礼拝堂』があり、祭壇が設置されていたんだ。
公爵家、仕事早過ぎ。
僕はその祭壇にシェイプシフターの紋章を掲げ、闇の精霊に繋げてもらう。
そうすることで、収監されている者たちのドロドロした感情が瘴気となって紋章に吸収され、僕の身体を満たすのである。
地下牢の奥に出来た礼拝堂は、元独房で適度な狭さだった。
綺麗に清掃され、足元は暖かそうな絨毯、両側の壁には松明型の暖房用魔道具で仄暗い適度な明るさがある。
しかも扉を開けると自動的に点灯、誰もいなくなると消える節約型だそうで。
きっとお高いんだろうなあ。
魔物が何でそんなことを心配するのかって?。
詳しいことは省くけど、僕の中には本来なら消化され消えるはずだった前世の記憶というのがある。
それが何故か、他の世界から来た人間のものだったらしい。
そんなわけで人間に擬態してると、どうしてもその人間の記憶っていうのが蘇ってしまい、金銭感覚やら人間関係やらがちょっと混乱する時があるんだ。
前世と今の生きてる世の中は違うのに、しかも僕は魔物なのに、価値観が違うんだってことを忘れそうになるんだよな。
気を付けよう。
事前に公爵家から送り込まれた者たちは、使用人が三十名、新たに編成された私兵団の領地分隊員は二十名だ。
領主館は主な建物だけで本館、使用人寮、兵舎の三つがある。
今の人数では全然人手が足りない。
「現地の人を雇えるといいんだけどな」
この町に詳しい人が欲しい。
「あとで町に行ってみましょうか」
「うん」
スミスさんは僕の専属執事だが、これからはスミスさん不在時の対応者も必要になるだろう。
こんな辺境地だけど優秀な者がいればいいな。
この地方は魔獣狩りが盛んな土地なので、燃料用魔石が結構採れる。
今日はこれからその元締めの所へ向かうのだ。
お祖父様から書状を預かっているので、それを持って猟師たちの頭だという男が経営する食堂兼宿に着いた。
「失礼する」
僕とスミスさんはローズを連れて中に入る。
「へい、どちら様で?」
宿にある食堂では昼間っから酒盛りをする男たちの姿が見えた。
「あなたが魔獣狩りのタモンさんですか?」
スミスさんの問いかけに店主の男が答える。
「あ?、ああ、そうだが」
お祖父様の書状を渡すと、僕たちは奥の部屋へ案内された。
「本当に公爵家の坊ちゃんで?」
正確には違うけど、ややこしいから肯定で良いだろう。
「そうだよ。 イーブリスだ、これから世話になる」
よろしく、と手を握る。
瘴気はないが生気が有り余ってるな、貰っておこう。
「本当にやるんですかい?」
「うん。 何か問題があるの?」
僕たちはこれから一つの商店に乗り込むのだ。 ワクワクする。
「回りくどいことは邪魔臭いからやりたくない。 さっさと言うことを聞くように、あなたからも説得して欲しい」
「へ、へい、それは構いやしませんが」
僕は微笑んで頷く。
ローズは男のことを覚えていたのか、低く唸っている。
「あの時のダイヤーウルフですな。 本当に坊ちゃんが飼ってらしたんですね」
「可愛い相棒だよ」
僕はローズの背中を撫でて落ち着かせた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ラヴィーズン公爵領の一つで猟師頭をしているタモンは呆れていた。
「公爵様は時々とんでもないことを言いなさる」
三ヶ月前、王都の公爵家から遣いが来て、領主代行の男性を解雇し、新たに代理が来ると知らせてきた。
現在の領主代行は本家の目が届かないことを利用して好き放題している。
公爵様は宰相という忙しい身であるため、領地経営はほとんど任せっぱなしだ。
何年かに一度監査は来るが、領主代行は彼らを賄賂で懐柔している。
適当な報告でも放置されているのはこの土地があまり重要な土地ではないからだろう。
名産といってもせいぜい魔獣から採れる魔石ぐらいだった。
最近、その魔石の値段が王都で高騰しているという噂が耳に入る。
猟師たちからの買い上げ価格は変わっていないのにだ。
買い上げている店は町に一軒しかない。
「どういうことだ」
「さあ、王都の本店がやることですから、私どもにはさっぱり」
そう言って店主は買い取り価格の値上げ交渉には応じない。
こいつらは領主代行と繋がっているため苦情は握り潰されてしまう。
そんな中、代行解雇の知らせである。
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昨日の午後、一台の馬車が大通りを駆け抜けて行った。
この辺じゃ見かけない真新しい馬車だった。
「ようやく新しい領主代理が来たのか」と、ずっと馬車を目で追っていたタモンは驚いた。
馬車から降りたのは金色の髪をした子供だったのだ。
三年程前に自分が公爵家に納入した魔獣を連れている。
それが新しい領主代理イーブリスだった。