第六話 もう一つの依頼、打ち明けた力
ギルドを出た俺達は、残りの依頼の依頼主の居場所を探して街の中を歩いていた。
「アイテム収集依頼の依頼者は道具屋みたいですね。あるか分かりませんが、マナポーションを買っておきますか?」
「そうだね。俺はどうにか出来るにしても、フェリルは必要だろうし。それと、ポーションもかな」
そんな話をしながら歩いていると道具屋に到着した。
道具屋の扉を開けると、やや厳つい髭を蓄えたおっさんがいた。ドワーフっぽいが背丈から察するに人だった。
「いらっしゃい。何をお探しで?」
「ポーションとマナポーションはありますか?」
「両方とも切らしてるね。ハイパーションとマナエーテルなら少しあるが?」
「じゃぁ、それらをあるだけ貰えますか?」
「分かった。各3つずつで3000ディアルだ」
俺はお金をカウンターに出すのに合わせて、依頼書を出した
「どーも。っと、依頼を引き受けてくれたのか。ただ今は厳しいですかね…。ザエルカのダンジョンで収集出来る材料ですんで」
「ご存知なんですね。で、依頼の欲しい物って何ですか?」
「ええ。やたら、回復系のアイテムが売れるんで、伝手を使ってちょっと調べましてね。欲しいのは、キングワームのヒゲとグランドベアの爪だ。こいつらを使った魔道具を作るって言う話が有ったんで材料を下ろす事になったんだが、足りなくてね」
「いくら必要なんですか?」
「それぞれ三十ずつだ」
「分かりました」
「えーっと…。あったあった。…で、これで良いですか?」
空間収納魔法に手を突っ込み、求められた材料を必要数取り出してカウンターに置いた。
「おっ、おう…。ちょっと待ってくれ」
「確かに、三十ずつあるな。いや、何で持ってるんだ?」
店主が数えてきっちりあるのを確認すると、訊ねてくる。
「アルバレードにいた頃に森の奥でちょっとね。そんな事より急ぎでザエルカに行きたいので、早く依頼書にサインを貰えると嬉しいんですが?心配なら、鑑定もしますか?」
「…あぁ。疑ってはいないが、念のためな。エリー!」
俺の提案に少しだけ思案した店主が店の奥に向かって叫ぶと、直ぐに女の子が出てきた。
「なに?お父さん」
女の子が小首を傾げながら尋ねると、店主は「これの鑑定だ」と告げる。
女の子が鑑定をすると、〔キングワームのヒゲ〕、〔グランドベアーの爪〕と確認できた事を店主に告げる。
「依頼に出してた通りだね」
「そうか」と呟くと、店主は依頼書に依頼完了のサインを書くと俺に手渡した。
「どうも」と返事をし、受け取って店を出ようとすると呼び止められた。
「ちょっと待て。あんたらザエルカに行くんだろ?だったら、紹介状を書いてやろうか?今のザエルカだとどこまで役に立つかは分からんが、武器や道具をある程度優遇してくれるぞ」
「紹介状1つにそんな効力が?」
俺か訝しむ様な表情で尋ねると、店主がニカッと笑って答える。
「向こうの奴らは昔馴染みでな。俺が薦めた相手なら、多少は融通利かして対応してくれると思うぞ。それに、俺は滅多とこんな事しないからな。余程信頼出来る相手だって証明になる。勿論、客としてもな」
「そうですか。なら、お願いしても良いですか?それで、何か見返りが?」
「いらねぇ。と言いたいところだが、珍しい魔物が居たら、討伐部位をくれないか。他には、熊の魔物なら肝と爪の類だな」
「いいですよ。数が有れば、安くて良いので買い取って下さるなら」
「あぁ。それで良い!」と言うと、紙とペンを取り出して手紙をしたため始めた。
手紙を受け取る時に、「中を読むんじゃねぇぞ。読むと、役立たずになるからな」と言われたので、「開けませんよ」とだけ返事をして店を後にする。
レイ達が出て行った後に、エリーと呼ばれた女の子が店主に話しかけた。
「いいの?勝手なことすると、またみんなに怒られるんじゃない?」
「いいんだよ。俺のスキルが反応したからな、きっとあいつは俺たちと良い縁になる。商売は巡り合わせとタイミングが大事だからな」
そう言って、レイ達が出て行った後をジッと見つめていた…
道具屋を出た俺たちはその足でギルドに向かい、報酬を受け取った。
「やっと、引き受けた依頼が終わったー。これからがある意味旅の本番だね」
ギルドの前で両手を伸ばして解放感に包まれる俺を見て、フェリルがクスクス笑う。
「そうですね。どうやってザエルカまで行きますか?あの2人が村まで来るのに2週間かかった様ですが…。乗合馬車だとそこまで行くのにどれほどかかるか…。それに、ダンジョンが氾濫しているとなるとザエルカまでは行けないでしょうし」
困った顔のフェリルもまた可愛いので、しばらく返事もせず見ていたが、「もう!何か返事して下さい!」と怒られた。
「転移で行くのがいいと思うんだけど…どうかな?俺としては、他の冒険者が来る前にある程度排除したいんだよね」
「私を含めて転移出来るんですか?」
「出来るよ?ただ、ここで色々話をするのは不味いね。とりあえず場所を変えようか」
「そうですね。では、街の外に出ましょう。この街での用も済みましまたし」
北側の門からベレルの街を出て、しばらく人気の無い所を探して歩いていると、街道の外れにちょうど良さそうな草陰を見つけたので、身を隠す様に腰を下ろす。
「ここなら陰になってちょうどいいね」
「はい。念のため、周囲に人が来たらすぐに気づけるようにして置きましょう」
感知魔法を発動したフェリルの反応を見る限り、周囲に人の反応はない様だ。
「さっきの話だけど、2人で転移するのは可能だよ。ただ、今回は大仕事になるから、フェリルには先に俺の力について話しておこうと思うんだ」
「全属性の魔法が使えると言うのでは無いのですか?」
一緒に旅をする仲間に隠し事があると言われれば、いい気はしないのだろう。
複雑そうな表情で尋ねて来る。
「それはそれで合ってるんだけどね。不思議じゃないか?一般的に、三属性使えるフェリルでさえ極めて希少なのに、全属性が使えるなんて」
「それは…はい…。何か、違和感の様な物は感じていました。そんな事が出来るのは、神話に出て来る女神様くらいしか聞いた事がありませんから」
「神話に出てくる女神って女神ティアナだよね。そう思うと、恐らく女神ティアナは俺と同じ力を使えたのかもね…」
「レイは女神ティアナ様が遣わしたのかも知れませんね」
俺はポーカーフェイスを崩さないように意識をしていたが、内心ドキッとしていた。
何故なら、この世界に転生した時に女神ティアナかは知らないが、自称女神と取引していたのだから…
そう遠からずフェリルは真実を言い当てたとも言えた。
「どうだろうね…。で、俺の力のことだけど、どの属性の魔法でも使える事が全てじゃないんだ。それは副産物みたいなもので、正しくは魔素そのものをコントロール出来るんだ」
フェリルが絶句していたが、俺は話を続ける。
「不思議じゃ無かった?何故、属性の適正に無属性はカウントされないのか」
「はい。ですが、それは世界の常識として、無属性は誰でも使えるものかと思っていました…」
「本当はね。無属性って、光属性と闇属性の魔力を同時に使うんだよ。だから、闇に染まった人間や魔族は闇属性の魔法に特化しているし、正教会の人間といった神職に仕える者は光属性の魔法に特化しているんだ。まぁ、闇魔法が得意だから悪い人とは限らないんだけど、要はそのバランスが片方に偏ると一方はその弊害で使いづらくなるし、無属性も使えない魔法が出てくるんだ」
俺の話を食い入る様に聞くフェリルに説明を続ける。
「じゃぁ、何故俺が両方の属性を同じレベルで使えるのか…だけど、やり方が2つあってね。1つは自分の魔力属性を片方に一時的に偏らせて魔法を発動する方法。もう1つは、空気中に含まれるあらゆる属性を持った魔素を…」
「まさかっ!?その魔素を使って魔法を使うのですか?!」
驚きの余り聴き入っていたフェリルが思わず、地面に膝を突き、俺を覗き込む様に手をついて乗り出してくる。
「そうだよ。そして、周囲にある魔素自体も操れるっていうのが俺の力だよ。この部分は父上にすら話して無いけどね」
フェリルは少しの間固まっていたが、居住まいを正した。
「余りにも強大な力ですね。ですが、レイにその力があるのには何か意味がある様な気がします」
「怯える…というか、化け物を見る様な感じじゃ無いんだね?」
俺は怯えられるんじゃないかと、畏怖の念を抱かれ、一緒にいられないと言われるんじゃないかと思っていた。
だから、恐る恐るそんな事を聞いてしまった。
「私は…レイが旅に出ると聞いて付いて行くと決めた時、レイに一生を捧げるつもりで決断しました。この話を聞いたからと言って、その想いまで変わるわけではありませんよ?それに…、2人で旅に出るなんて運命みたいではありませんか?」
フェリルが恥ずかし気も無く、真顔でそんな事を言うので、俺は顔を真っ赤にしてしまい
「それって…プロポーズ?」
なんて思わず言ってしまった。
フェリルは自分が何を言ったのか気づいて、顔を真っ赤にして慌てふためき
「てへっ」
と、舌を出して戯けて見せた。
俺はあざといと思いながらも、可愛いと思ってしまった。
そして…
「ありがとう…。大事にするよ」
と俺が言うと、2人して顔を真っ赤にした。
甘ったるい空気が2人を包んでいるが、前世ではこんな機会は縁遠かった。
普通に健康な人生であれば、多くの人が経験し得る幸せな時間を享受出来なかった。
それが途方もなく嬉しかった俺は、少しだけ…この世界に来た時に出会った女神とやらに感謝しつつ、話を戻すべくわざとらしく咳払いをする。
フェリルもコホンッと咳をすると、どこかさっきの余韻を感じさせる様にフフッと笑って話を戻した。
「そう言えば、レイの職業って何ですか?魔法使いですか?ちなみに、私はソーサリーとシスターです」
「そういえば言って無かったね。ステータスを確認すると俺も2つあってね。1つは読めないんだけど、もう1つはソードマスターだよ」
本当は『侍』と表示されているが伝わらないだろうと思い、良くある類似職の名前を伝えた。
「職業が2つある事は珍しい訳ではありませんが、本人でも分からないのは聞いた事がないですね」
「俺の力にはまだ何かあるのかもね。それより、どうやってザエルカに向かうかだけど、転移だけではその先で何か起こっていたら困るから、色々重ね掛けをしておこうかと思うんだけど、どうかな?」
「用心に越した事はありませんから、良いと思いますが、何の魔法を使うのですか?」
「防音魔法と認識阻害魔法を使うつもりだけど、フェリルは使える?」
「サイレンスでしたら使えますよ?レイは魔法知識が豊富ですので、今度教えてくれませんか?」
「いいよ。王都に着いた時にでもって言うか、多分王都に着いたら鍛えられることになると思う…。俺もだけど。ところで、防音魔法の方はお願い出来るかな?」
「?。分かりました。それで、転移先はどうしますか?」
俺の言葉に少し引っ掛かったのか、フェリルは小首を傾げたが、直ぐに切り替えた。
「ザエルカとリダールの間の街道から外れた位置に大平原があるから、そこにしようかなって。昔一度通った時に、この辺りはダンジョンを見かけなかったしね。正確なダンジョンの場所まで把握してないから、少しリダールに寄った位置にしとけば、大量の魔物にいきなり囲まれる事も無いだろうし」
俺は村で渡された地図を指差してこの辺りだと示す。
「仮に囲まれていても、直ぐ様大量の魔物に襲われる危険も少ない…と?」
「そういう事。まぁ、魔物の中には相手の気配を掴むのが得意なのもいるけど、そんなやつがゴロゴロいない事は願うしかないから、その点は神頼みだけどね」
「そうですか。まぁ、何かあれば全力で私を守って下さい。自分でも対処はしますが…」
「じゃぁ、フェリルは感知魔法を一旦解除して、転移先で再度使ってくれ。俺は転移に集中するから」
「分かりました」というフェリルの返事を聞くと、俺はフェリルの肩に手を置いた。
その状態で、地図上のポイントと昔通った場所を頭の中でリンクさせる。
イメージが重なったところでテレポートを発動し、その場を後にした。