第三十六話 アルバレード解放戦ー中ー
(眠い…)
ロキア兄さん達との会話から2時間程経った頃、久しぶりに昔使っていたベッドの上で目を覚ました。
(えっ?二の刻だろって?もう良くね?)
寝起き早々、心の中でくらいは言い易い様にしたいと心底どうでも良い事を思いながら、ノロノロとベッドから起き上がった。
「さて、戦況はどうなってるかな…」
簡単に身支度を済ませて一閃を腰に下げると、玄関口の広間へと向かった。
「善戦してる…?」
最初に来た時より僅かだが、横たわっている怪我人が減った様な気がして思わず呟いた。
「あら、レイ。少しは休めたの?」
一段落したのか、母…リィナが怪我人の間を縫う様に近づいて来た。
「ええ。おかげさまで」
「そう。それなら、良かったわ。マリダとも話しておいたら?」
「いえ。私も直ぐにここを出ねばなりません。マリダに宜しくとお伝え下さい」
(マリダも無事だと分かればそれでいい。今は、アルバレードを護る方が先だ)
母上との会話を終えて屋敷を出た俺は、敷地の入り口の門へと向かう。
「随分早かったが、もういいのか?」
門に向かってしばらく歩いた所で、兵士の一人と話をしていた兄さんがこちらに気づいて駆け寄って来た。
「ええ。この有事の最中に一人だけぐっすり寝てる訳にはいきませんから。そんな事より状況は?」
「レイの結界で敵の増援が止まったおかげで、何とか盛り返してるよ」
「流石ですね。街の住民の避難状況の方は?」
「それなら…」
「私たちの方で概ねお救い出来たかと」
兄さんの言葉に、後ろから近づいて来たいつぞやのギルド受付の女性が続いた。
「ギルド受付の…。良いんですか?ギルドはこの戦争に介入しないのでは?」
少し驚いたのを隠しつつ、疑問を口にする。
「介入ではありません。住民の避難を手伝っただけです」
いつぞやの受付の女性が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「それで?これからレイ様はどうなさるおつもりですか?あっ!私、ギルドで受付をしているイレイナと申します」
「このタイミングで自己紹介?!」
「今を逃すと、レイ様にお近づきになれない気がして」
「この状況下で気にするとこ、そこ?!」
「こんな状況だからこそですっ!!」
「そ、そうですか…」
真剣な顔で身を乗り出して来たギルドの受付…もとい、イレイナに気圧されて、困惑しつつも思わず頷いてしまう。
「その話はまた今度…ということで。話を戻すけど、ギルドの助力もあって住民の避難はほぼ完了したよ」
兄さんが苦笑いをしつつ話を戻してくれたおかげで、どうにか有耶無耶に出来そうだとホッとする。
「主に私のおかげだがな!」
(出て来ないで良い奴がしゃしゃり出て来たぁ!)
ホッとしたのも束の間、余計な奴が会話に参戦して来た。
「むっ!お前、今失礼な事考えただろ!」
「俺の心を読むなよ!で、何でお前のおかげなんだよ」
「ギルドから支援すると言っても、ここに残った冒険者は低ランクの方々が少人数しか居なかったので、主な対応はエスティアナ様にお願いしました」
「えっ?いいの?エステって、ギルドの方針に逆らってここにいるんでしょ?」
「まぁ、事情が事情ですし、今回は人道支援ですから。ギルドに反抗するつもりでない事を示す為の実績作りとして協力する様にと言い含めました」
イレイナは意外に策士っぽいなと思いつつ、一理あるなと納得する。
「そういう事だ」
「それより、住民の避難が済んでいるのなら本格的に周辺の敵をどうにかしましょう。このまま時間稼ぎを続けて、ベレルに向かわれても困りますし」
何でか知らないが、勝ち誇った顔しているエステの相槌をサラッと流して本題に入った。
「しかし、結界の外で街に攻め入ろうとしている敵を掃討するには、此方の数が足りない…」
「私の出番だなっ!」
「話終わってなかったけど、出番なんてないよ…?」
エステの息巻いたセリフをバッサリ切り捨てた。
「なぜっ?!」
「ここからの戦いは完全に戦争に介入するんだぞ?器用に魔物だけ討伐出来る訳無いのに、首突っ込んだら今度こそギルドから追放されるけど?」
「ぅぐっ…!」と、エステが悔しそうな顔で歯噛みする。
「なっ、なら!貴様もギルドから追放されるだろ!」
「まぁ、そうだけど。俺の場合は冒険者である前に貴族だから、国の大事に対処する義務があるからな?」
言い負かされたエステが大人しくなった。
「…そうか。その手がありますね」
かと思いきや、イレイナが何を思いついたのか、そう言って顎に手を添えて呟いた。
「余り聞く気になれないけど、何が?」
明らかに嫌そうな顔をしてしまったが、無視する事も出来ないので聞き返した。
「レイ様は貴族でしたね。それも、男爵位の」
「随分、耳が早いですね。まぁ、そうですけど…」
「なるほど。その手を使えば、確かにギルドも口出し出来ないね」
イレイナが何を言おうとしているのか理解したのか、兄さんも納得した様子を示した。
「そういう事です。という事で、エステ様を連れて行かれても大丈夫なので、連れてって下さい」
「何が、という事で…なんですか?まだ、連れて行くとも言って無いんですけど…」
話を理解出来てない俺とエステが顔を見合わせた後、無駄だろうなとは思いつつとりあえずイレイナに反論する。
「つまりですね。レイ様は男爵です。本来、国の危機には兵を率いてこれに対処しなければなりません。ですが、レイ様は男爵に成り立てですので、軍隊と呼べる数の兵が居ません…」
「だから、エステを兵として雇ってこれに対処すれば良いって?」
「そういう事です。そして、この場合、ギルドとしては無理矢理登用したのでなければ、口出し出来ませんから」
「そうなの?」
「ギルドの中立性は尊重されるべきものですが、あくまでもその国が存在してこそですから。他国へ攻め入る戦力として…ならまだしも、今回の様に他国に攻められ、存続の為にその国の貴族に任命されて承諾するのなら、ギルドに拒否する権限はありません」
「それって、国として見方を変えればいくらでも悪用出来るんじゃ…」
「その辺りはギルド上層部次第ですけど、今回は大丈夫でしょう」
「何か心当たりが?」
「女の勘って奴です」
「つまり、根拠は無いわけですね」
「まぁ…、確かに根拠はありませんが、どうとでもなりますから」
イレイナが何を考えているのか全く読めないが、手を体の前に重ねて笑顔を見せる辺り、どうとでも出来るのだろうとは理解する。
(意外に腹黒そうだな…)
とは、内心思ってしまったが…
「仕方ないか…。ここでジッとしてても始まらないし。それなら、一緒に行くか」
「任せておけ」
屈託の無い爽やかな笑顔を見せるエステに苦笑いで返すと、兄さんの方に向き直る。
「それじゃあ、俺たちは行きます。申し訳有りませんが、この敷地に掛けた結界魔法は魔力の消費を抑える為に解除します。兄さんの部隊はこの屋敷を守る形で陣を組んで防衛に専念して下さい」
「あぁ。聞こえてるね?直ぐに皆んなにこの屋敷を中心に陣を組む様に伝えてくれ。それと、補給部隊は直ぐに補給物資の準備を整えて、各部隊に補強を開始するようにと伝えてくれ」
俺の言葉に頷くと、誰に尋ねたのか分からない言葉と共に、どこからともなく現れた兄さんの従者がその指示に「分かりました」とだけ返事をして、また姿を消した。
「今の人は?」
「父上が俺の護衛にと付けてくれた人だよ。父上に仕えてた信頼出来る人だって聞いてる」
「会ったこと無かったな…。今までどこにいたんだ?」
「さぁ?昔はあちこちで戦ってたらしいし、国境を任されてる位だから、俺達には知らされて無い仲間もいるんだろうね。そんな事よりこっちの事は俺達に任せて、街の方は頼んだよ?それと…」
「それと?」
「死ぬなよ」
「もちろん。こんな所で死ぬ気は無いよ」
俺は微笑みながら返事をすると、身を翻して戦場となった街に向かって歩き始めた。
「お気をつけて!」と、兄さんの隣りでイレイナが見送りの言葉をかけてくれたのを、肩越しに手をヒラヒラさせて無言で返す。
「あっ!お、おい!私を置いて行くな!」
一人スタスタ歩き始めると、慌てて追いかけて来たエステが、俺の隣を歩く。
「結構急ぐけど、付いて来れるの?」
「ん?誰に言ってる。これでも、Sランク冒険者だぞ?」
「そんな重そうな剣抱えてるのに?」
「まともに持ち歩けない武器を持って、うろうろする訳無いだろ。そんな状態なら、とっくに違う武器を使ってる」
「そう?なら、気にせず行かせて貰うぞ?」
「構わん」
余裕を感じさせる笑顔で答えたエステの顔を見て、要らない気を使ったかと自省する。
「それじゃぁ、遠慮なく。身体強化!」
先程までとは比べるまでも無い速度で、屋敷の周囲を囲っていた結界の側まで駆け抜ける。
(さすがはSランクパーティの冒険者か…)
隣で涼しい顔で付いて来ているエステを見て、改めてSランク冒険者というのが如何に凄いのかを実感する。
「なかなかやるな」
向こうもこちらの視線に気づいたらしく、走りながらこちらを見返してニカッと笑う。
「Sランク冒険者を舐めてたんだなって思い知らされたよ。まだ余裕があるんだろ?」
「これでも、結構本気で走ってるぞ?私からすれば若い貴族がこんな速さで走れる方が驚きだ。っと、結界に辿り着いたな」
屋敷から距離が有るとは言っても、流石に並の冒険者なら到底追いつけない速度で走っていたのもあって、二言、三言言葉を交わすと早々に俺が張った結界に着いた。
「急に結界が消えると困るかも知れないから、一応解除する前に兄さんに連絡しておこう」
空間収納魔法からペンと紙を取り出して、掌を机代わりにして『解除するよ』とだけ書いて転送した。
「なぁ?」
「ん?」
「そもそもなんだが、この結界解除する必要があるのか?」
「俺の事なんだと思ってるんだよ…」
「だが、お前。寝ながらこの結界を維持してたんだろ?なら、解除しなくてもいいんじゃ無いのか?」
「おかげで、魔力はそんなに回復しなかったけどな。それに、この結界にそこまでの魔力は費やして無いから、お前からすれば紙同然だぞ?後、今後を考えるとそれじゃあ駄目なんだよ」
「そうか。まぁ、私には貴族の体面だなんだは興味が無いから構わん。それで皆に被害が出ないのなら…だがな」
「その為に俺達が出るんだろ?それより、結界を解除してからの事だけど、一先ずエステは屋敷の周りで騎士達が陣形を組むまで支援してくれないか?」
「うむ。向こうもこの結界が消えるのはチャンスと判断するだろうしな。その後は?」
「俺は街の東側を中心に敵を掃討するから、エステには反対側をお願いしたい。それと、念話魔法は使えるか?」
「通信魔法なんて器用な芸当は私には出来ん」
「なら、この紙を渡す。掃討が終わればお互いにこの紙で連絡を取り合おう」
「分かった。なら、基本方針はそれで。後は、現状に合わせて流動的に動くとしよう」
「と、兄さんからの返事だな」
動きを確認し合い終えた所で、さっきの返事が返ってきた。
紙にはただひと言「わかった」とだけ書いてあった。
「返事が返って来たのだろう?」
「…始めるか。死ぬなよ?」
「誰に言っている。そっちこそ死ぬなよ?」
「善処するよ」
エステへの返事と共に、結界に手を触れる。
触れた所から徐々に結界が消え、分解されて出来た魔力の渦が俺を包む。
「おいっ!大丈夫か?!」
魔力の流れ込む量に驚き、慌てて近づこうとするエステが渦越しに見えて、手で静止する。
それから少し経って、全ての魔力が俺の元へと還った。
「それじゃぁ、また後で!」
驚きを隠せずにいるエステに声を掛けると、勢いよく戦場へと向かった。
去り際に、エステが「無茶苦茶な奴だ」という呆れ混じりに言った言葉が聞こえた。




