第三十三話 リダール制圧戦ー後ー
「子爵とやらは良いのか?」
振り下ろし掛けた一閃を納刀する俺に、何事も無かった様にオウカが話しかけてくる。
「見つからなくて今探してるんだよ…。お前こそ、街の方はどうしたんだよ」
「あの変な装置の事か?片っ端から壊してきたぞ」
「ありがとう、助かるよ」
お礼を言いながら、魔力を感じた床の方を横目に見下ろす。
「大した事はしておらんがのぅ。ん?そこに何かあるのか?」
「あの床だけ魔力を感じるんだよ」
「ほぉ。面白い魔法が掛かっておるようだ」
顎に手を当てて目を細めたオウカが、床の方を興味深そうに見ている。
「分かるのか?」
「あぁ。しかし、こんな魔法を掛けておるという事は、余程見られたく無いモノでもこの下にあるのか…」
「どんな魔法なんだ?」
「簡単に言えば、封印魔法と隠蔽魔法を合わせたモノだな」
「なら、魔法を解除すればどうにかなるな」
「それでどうにかなるなら、面白いなどと言う訳が無かろう?」
「どういう事だ?」
「この魔法は内側から開くが、外側からはこの魔法と対になる鍵の様なモノが無ければ開かぬ。しかも、解除魔法の類に異常なまでに強くてのぅ。確か、大陸の南の方で伝わる魔法だったはず」
「じゃぁ、この魔法を解く方法は無いのか?」
「内側から開くのを待つ…か、解錠するかのどちらかだな…」
「解錠出来るのか?」
「ほぼ無理だな。鍵となるのが魔法なのか、魔法を付与された物なのかすら分からぬ」
「どうすんだよ!」
「お主が視ている限り、魔法が掛かっているのはその辺りだけなのだろう?無論、私が視ても他の場所には魔法が掛かっておらぬようだしのぅ」
そう言いながらオウカが、的確に魔力を帯びている床の辺りを指差した。
「それはそうだ…け…ど、まさかっ?!」
「そのまさかじゃな。入口が開かないのなら、別の入口を作るまで」
「でも、お前の言う通りならかなり高度な魔法だぞ?そんな魔法使えるやつがその周辺を結界魔法で囲って無いとは思えないんだけど」
「かも知れぬが、結界ならどうにか出来るだろう。どの道このまま手をこまねいていても仕方なかろう?」
「それもそうか」
同意を示すと、軽く頭を掻いて気持ちを切り替える事にした。
「私が掘ってやろう。お主は何かあった時に備えて魔力を温存しておけ」
「良いのか?言う程、魔力消費してないけど」
「構わぬ。エクスカーバイト!」
オウカの言葉と共に、物凄いスピードで渦を巻いた空気がドリルの様になる。
オウカが人差し指で床を指差すと、その動きに合わせて空気の渦が地面に向かって突き進む。
床に敷かれた石畳みも硬い地面も何でも無いかのように抉り取りながら土を掘り返していく。
普通なら掘り返された土が自分達に向かって飛んで来そうなものだが、不思議と自分達を避ける様に飛び散った。
オウカが床を指していた人差し指を前に向けた後、俺の顔を見た。
「終わったのか?」
「あぁ。だが、拍子抜けだな」
「何が?」
「結界でも張ってるだろうと思ってたが、案外すんなり終わったんでな」
「そうなのか?まぁ、手間が減って、ちょうどいいんじゃない?」
「それもそうか…。行くぞ?」
俺の返事を待たずに、オウカがさっさと掘り返した穴の中に浮いた状態で入って行く。
慌てて飛翔魔法を発動すると、その後に続いて穴の中に入って行く。
「悪趣味な…」
地下の部屋に入るなりオウカが嫌悪感を含んだ声で吐き捨てた。
「封じられてたのは、この部屋か…」
オウカに続いて部屋に入った俺は、そこらに並んだ幾つもの独房を見て納得する。
オウカの目線を追いかけると、独房の中に拘束する為に壁から伸びた鎖付きの手錠があったり、拷問用らしき道具と何かの骨が散乱していた。
「そういえば、お前が掘った穴…この部屋に向かって真っ直ぐ続いてたけど、何で分かったんだ?」
「龍は地脈を読むのに長けた種族だからな。地脈から漏れ出る魔力の動きを掴めば容易い」
「そんな特技があるんだな」
「まぁな。そんな事より先を急ぐぞ。こんな趣味の悪い所にいつまでもおる気にはなれん」
「そうだな」
同意を示すと、スタスタと先を進むオウカの後に続いて部屋の奥に進む。
しばらく道なりに進むと、魔法陣が描かれた壁に突き当たった。
その壁の前には、両側の壁から伸びた鎖に繋がれて生気の無い顔でぐったりしている男がいる。
「何だ…?」
先を歩いていたオウカは俺の問いに答える事なく、ただただ魔法陣をジッと見つめている。
…、…、カチャ…。
「っ?!」
不意に聞こえた物音に咄嗟に一閃に手を添えて、警戒態勢になる。
音が聞こえた方に顔を向けると、そこにはボロボロの服を纏い、鎖に繋がれた女性が暗がりの檻の向こうにいた。
「捕まってるのか?」
「どなたかいるのですか?」
女性の問いに違和感を感じて、その顔を見ると目を布で塞がれているのに気づいて、助けようと一閃を抜く。
「待て!開けるなっ!」
オウカが、一閃で独房の錠を壊そうとしていた俺を静止する。
「何でだよ?!」
「そなた、何者だ!そこで何をしておる!」
俺の問い掛けには答えず、オウカが檻の向こうにいる女に尋ねた。
「私はカザハル子爵の娘…エルアーナ。あなた方は…」
「俺は…」
「はぁっ!!」
俺が自己紹介しようとした所で、オウカが凄まじい勢いの衝撃波を放つ。
「あら、せっかちな方」
手を前に突き出して結界を張ったのだろう女が、涼しい顔でオウカの方を見る。
(この距離であれを防いだのか?!)
衝撃で結界の周りの壁が凹み、鉄の檻だった棒は結界に沿う様にひしゃげて壁にめり込んでいるのを見て、決してオウカが手加減している訳では無いのが分かる。
「猫を被るのはやめよ。そなたからは只ならぬ気配が漂っておるわ」
「予定が狂ったじゃない。少しはそっちの方を見習って、正義感を振り翳してくれればいいのに」
俺を指差して、戯けた様に女が笑みを浮かべる。
「こやつは 女子と見ればすぐ助けようとするからのぅ。で、ここで何をしておった」
何故か二人からディスられている俺は、俺を置いてけぼりにしたまま二人が話を進めていくのを黙って見ていた。
「なら、彼に付き合って私を助けてくれれば良くない?」
「何を言っておる。既にそなたは檻から出ておろう。ところで、私の問いに答える気は無いのか?」
オウカが僅かに前屈みになって、拳に魔力を集め始めた。
「やる気なのは結構だけど、貴方達の相手は私じゃ無いの」
女のセリフには構わず、問答無用とばかりに拳を振り抜いて再び衝撃波を放った。
女がいた場所に衝撃波が駆け抜ける。
女が消えた瞬間と現れた瞬間を捉えた俺は、一閃を抜いて切り掛かったが、結界魔法に阻まれてしまった。
「あら、ただのお人好しのおまぬけさんかと思ったら意外にやるわね」
女が少しだけ驚いた顔をしつつも、余裕な顔をして俺の刀を受け止めている。
俺は氷の魔力を一閃に纏わせて押し込み続けると、結界の表面が凍りついた。
…ピキッ!
「ちっ!」
結界に亀裂が入ると、初めて女の顔から余裕が消えた。
「逃げられたか…」
一閃を押し返していた結界が消え、宙を斬る様に振り抜けて壁に食い込んだ。
「逃げ足の速い女だな」
氷のトゲが生えた壁から一閃を抜くと、さっきまで居た場所から更に奥に移動していた女を見る。
「言ったでしょ?貴方達の相手は私じゃ無いの」
「なら、そなたは何故ここにいる」
いつの間にか俺の隣に移動していたオウカが再び女に尋ねた。
「強いて言うならサポート?でも、あなたのおかげで計画は台無し…。時に鈍い事も必要なのを覚えておいた方がいいわ」
「そなたの支援など反吐が出る。そなた…いや、そなた達が何か企んでおるのだろう」
「あら、企むだなんて。そうね…。二つ良いことを教えてあげる」
「良い事?」
どうでも良いが、漸く会話に参加できた。
「ええ。貴方達が探していたカザハルは、そこに繋がれてる奴よ。それと、アルバレード…だっけ?早く行った方が良いわよ」
「何故そんな事を教える!」
「そんな瑣末な事聞いてどうするの?ぼやぼやしてる場合じゃ無いんじゃない?まぁ、私にはどうでも良い事だけど…」
「逃すわけがなかろう!」
女の雰囲気が変わったのと同時に、オウカが先程までよりはるかに大きく、暴風を伴った衝撃波を放った。
「ちっ!逃したか…」
襲撃波が過ぎ去った後に何の姿形も無くなった様子に、オウカが悔しそうに吐き捨てた。
「あいつが何者かは知らないけど、こうして子爵は見つけた訳だ…しっ!」
オウカを置いて魔法陣が描かれた壁の方へと歩くと、女が子爵だと言った男を繋いでいた鎖を叩き切った。
「で、どうする?あやつの話が確かなら、お主の故郷にすぐにでも向かった方が良いのじゃろ?」
「それはそうだけど、ここも放っては置けない」
子爵を担いだ俺は、正面に描かれた魔法陣をチラッと見る。
「リダールなら任せておけ。この魔法陣も…、一先ずは、この通り塞いで置けば良かろう」
オウカに指示されて離れると、オウカが何かの結界を張った。
「どの様な魔法かは知らぬが、これで何も出来まい」
「本当に大丈夫なのか?」
見た事もない文字を纏う結界を見ながら、オウカに念押しで確認する。
「余程の事が無い限りは壊される事はあるまい。ほれ、そいつは私に預けてさっさと行かぬか」
「悪い。お言葉に甘えてアルバレードに向かうよ。お前もここが片付いたら来いよ」
子爵を下ろすと、転移魔法の準備に入った。
「うむ」
(結局、せっかく用意して貰った手紙は使わなかったなぁ…)
とか思いながら、オウカの返事を合図に転移魔法でアルバレードへ移動した。
「さて、後始末でもするかのぅ」
オウカは子爵を担ぎ上げると、飛翔魔法で部屋を後にする。
一瞬だけ壁に描かれた魔法陣を一瞥して…
「あの魔方陣…」
部屋を出たオウカは、何かあった時を考えて自分が掘った穴に何十もの結界で入口を塞ぎ、最後に地下に繋がる部屋の入り口を土魔法で固めた。
「事が落ち着いたら、調べる必要があるのぅ…」
部屋を出てると、ミリーナに念話魔法を繋いだ。
『今話しても大丈夫か?』
『ふぇっ?!はっ、はい!オウカ様ですか?!ちょうど良いところに!』
急に念話で話しかけられて素っ頓狂な声を上げていたミリーナが、念話越しに慌てた様子を見せていた。
『何かあったのか?』
『そ、それがっ!…いえ、オウカ様のご用件を先に伺います』
『なら、手短に…リダールと子爵を抑えた。子爵は手足を完全に封じて、リダールの城門の所に括り付けておいた』
『早すぎませんか?!』
『戦争なのだ、奇襲をかけるなら早く無くては意味を成さん。それより誰か回収する者をここに寄越せ。私は急ぎ、ザエルカへ向かう』
『なっ!今、ザエルカに向かう意味が?!』
『そなたが慌てていたのは、アルバレードのことだろう?そっちはレイが行っておる。ならば、警戒すべきはリダールでもベレルでも無く、ザエルカだのぅ』
『何故ですか?!』
『問答している暇はない。子爵の回収は頼むぞ?』
そこで、オウカは念話魔法を打ち切って、ザエルカへと転移した。




