第三十一話 リダール制圧戦—前—
「で、俺だけベレルに移動したけど、屋敷に行ってみたら二人ともいないって言うし。この村だろうと思ってね」
ここに至るまでの経緯を話し終えて、徐に立ち上がって外に出ようとする。
「何をする気だ?」
「空気悪い…」
気分転換をしようかと扉を開けて見たが、外は外でさっき壊した装置の残滓の影響か不愉快な匂いが辺りを漂っていた。
「こんな所で魔法を使えば、相手にバレるぞ?」
「多分、もうバレてると思うよ?王国を相手取るんだから、相当の準備をしてないと出来ないよ」
(ピュリフィケーション)
オウカに構わず、魔力を右手の人差し指に集め、それを水面を這う静かな波の様に、村中に行き渡らせた。
「レイ様は…相手が動くならいつだと思いますか?」
村を浄化してから振り返ると、これまで黙って俺の話を聞いていたミリーナが、静かに怒っている様子を見せていた。
「確証は無いけど、王都であれだけの騒ぎを起こしたんだ。明日にでも動きを見せるんじゃないかな」
「なら、今夜にでも攻めるか?」
「いくら何でも早すぎませんか?もう少し、準備するべきかと」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべて言うオウカの言葉に、ミリーナが待ったを掛けた。
「王都での襲撃に失敗した事を知られる前には動きたいね。それに、時間を掛けると相手に余裕が生まれるし。けど…」
「けど、何ですか?」
「ミリーナ様にはベレルに戻ってもらいたいんです」
「えっ?!どうしてですか!」
「私が多少鍛えてやったから、連れて行けば少しは役に立つと思うぞ?」
ミリーナが軽く抗議を、オウカは俺が役不足と判断して言っているのと勘違いして、別の方向から異議を唱えた。
(ごめん。オウカ、悪いけどそこじゃ無い…)
何の援護にも無っていないオウカの言葉に内心でツッコミを入れつつ、三本の指立てる。
「理由は三つ。一つ目は、王都でも王女が狙われた事。二つ目は、各所と連絡を取りつつ、俺たちに繋いでくれる人が必要である事。三つ…」
理由を一つ言う度に指を畳んでいく。
三つ目を言おうとした所で、自分がまだそこまでの覚悟が出来ていない事に気づいて、思わず言い淀んでしまった。
「…、最後の一つは?」
言いにくそうにしながらも恐る恐るミリーナが、続きを促して来たので覚悟を決めた。
「リダールを制圧する事になります。子爵様には相応の報いを受けてもらうでしょう。ミリーナ様をお守り出来る保証は出来ませんし、何よりその光景を見せたくありません」
フェリルが別行動を拒否しようとする中、勝手に了承して一人でベレルに来たのも、これが理由だった。
「大丈夫ですか?何もお一人で全てを抱えずとも…」
(意外に鋭い人だな…)
俺の目を真っ直ぐ見返して確信を突いてくる辺り、恐らく俺の中にある僅かな躊躇いに気付いているんだろう。
だが、この状況下において俺が逃げる事は許されなかった。
「正規軍はこの度の王都の件で、身動きが取れなくなりましたからね。ましてや、陛下お抱えの近衞騎士から裏切り者が出ています。」
ミリーナの問いには答えずに、事実を並べて煙に撒く事にした。
「私の父も先日の氾濫騒動で余裕は無いでしょうし…」
「ですので、ミリーナ様はベレルで各所と連携を取って下さい。兄さん不在なので、ベレルを纏めていただく必要も有りますし」
「分かりました…」
「でしたら、これで…」
ミリーナの返事に納得を得られたので、これで話は終わりと告げようとする。
「ですが…」
俺が話を締め括る前に、ミリーナが言葉を続ける。
「一つ約束して下さい」
「何でしょうか?」
「必ずベレルに戻って来て下さい」
「勿論です。死ぬつもりはありませんよ」
そう言い残して家を後にした。
「で、いつまで付いてくんの?」
オウカが家を出てからずっと着いて来てるのを無視していたが、村とリダールの中間地点まで歩いた所で立ち止まって振り返った。
「無論。ずっとだが?」
「出来れば、村に残って欲しいんだけど…」
「お断りだな。私はお主に付いて行くと決めている。約束もまだだしな」
「そう言えばそうだったな。ちなみに、なっ…!?」
「何にしたんだ?」と言おうとした所で、首元に衝撃が走った。
俺の意識はそのままゆっくりと遠のいて行った…
…………
………
……
…
「!!!」
意識を取り戻した俺が、ガバッと体を起こして状況を把握しようと辺りを見回すと、日もすっかり暮れて夜の静寂が辺りを包み、焚き火の火がゆらゆら揺らめいていた。
「…起きたか、早かったな」
火の向こう側で、腰を下ろして火を見つめていたオウカが俺に気付いて声を掛けてきた。
「すまんな。私にはお前が生き急いでいる様な気がして、気絶させて貰った」
「おまっ!!っつ!!」
立ち上がって詰め寄ろうとしたが、首元に痛みが走って、その場にしゃがみ込んで首元を抑えた。
「恨み言なら終わった後でいくらでも聞く。今はもう少し休んでおれ」
「っ~!…、はぁぁぁ…。お見通しか…」
首元を摩りながら、諦めてその場で深い溜息を付いて、その場に座り込んだ。
「私はこれでもお前の妻となる者だからな。フェリルも気付いておっただろう?」
火の向こう側で、オウカがしたり顔をする。
「多分ね。陛下相手に随分食い下がってたし」
「あれは、私に負けず劣らずお主しか見ておらんからな」
「…。ありがとう…」
「その言葉は後でフェリルにも聞かせてやれ。それよりもう少し休んでおれ。時間になったら、起こしてやる」
「お前、本当にいい女だな…」
「今頃気付いたか」
オウカがカラカラと笑う。
「そう言えば、お前に落とされる前に聞こうとしたんだけど、俺に何をさせる事にしたんだ?」
「~っ!!」
急にオウカが顔を真っ赤にして恥ずかしそうにする。
(?。一体、俺に何をさせる気なんだ?どうせろくでもない事なんだろうけど…)
オウカの様子にいよいよ何を頼もうとしたのかと不思議に思っていると、
「っキ…キ…ス…キス…だ…」
と言う、オウカの言葉に今度は俺が顔を真っ赤にする羽目になった。
少しの間、辺りを沈黙と闇夜の静寂が顔を真っ赤にする俺とオウカを包む。
………
「何か言ってくれ…」
恥ずかしそうにしながら、オウカが言葉を捻り出した。
「いや…、だって、いきなりそんな事言われたら普通何も言えないだろ…」
「だとしても…だ!」
「…。フェリルとしてからなら…」
自分でも、「お前、何言ってんの?!」っていうセリフだったが、約束した以上拒否も出来ず、苦し紛れにそう答えた。
「本当か?!男に二言は無いというぞ!?」
俺の答えに心底嬉しそうな顔をするオウカに、「あ、やっぱり無し…」とも言えず
「分かったよ…」
と、素直に返事した。
言質を取ったと言わんばかりに、「本当だな?!本当だな?!…」と繰り返しながら、小さくガッツポーズを取るオウカを見て、苦笑する。
(こうして喋ってると、龍である事をわすれそうだな…。って、そう言えば)
「時間になったら起こしてくれるって、そもそも今どれくらいの時間経ったんだ?」
「さぁ?お前が気を失ってからだと三時間位だな。どうせ向こうも明日には動き出すのだろう?なら、こちらが動くなら、真夜中が良かろう。それまでは休め」
「そうか。なら、もう少し寝る事にするよ。頼むから起こしてくれよ?寝過ぎて、先に向こうが動いたなんて笑えないからな?」
「任せておけ。安心して寝るが良い」
オウカのその返事を最後に、俺は再び眠りについた。
…………
………
……
…
また夢を見た。
またあの夢だ…。
変わらず、この世とは思えない楽園を具現化した様な、緑豊かな木々生い茂る幻想的な景色が広がっている。
「あら?また来たの?」
「今度は、逃げないんだな…」
木にもたれ掛かって座る女の子を見下ろす。
「どうせ貴方はあたしを呼べやしない。無理矢理私の力を使う事も出来ない。だから、貴方から逃げる必要が無いもの」
「名前…。教えてはくれないの?」
「もし、貴方が私を随える権利があるのなら…自然と呼べる時が来るはず…。そうで無いのなら、まだその時では無いのよ」
「ところで、ここどこなんだ?この世の物とは思えないし…。俺が死んだ訳では無いのなら、天国って訳でも無いんだろ?」
「ここ?どこでも無いわ?強いて言うなら、私の庭であり、あなたの精神世界でもある」
「どういう意味?」
「そのまんまの意味だけど?」
このまま聴き続けた所で、押し問答にしかならないと判断して、話題を変えることにする。
「そう言えば、この歳になってから君と頻繁に会うようになったけど、何かあるの?」
「知らないわ。私、ずっとここにいたし…。キッカケがあるとしたら、あなたの方じゃない?」
「そっか。少し話をしない?」
「今もしてるじゃない」
「そうなんだけど…。まぁ、いいや」
俺は女の子の隣に腰を下ろして、遠くを見つめてみた。
「綺麗だな…」
広がる景色の美しさに、思わず口を吐いて出てしまう。
「何が?私が?」
「景色だよ!今、君の方を見てなかったろ!」
俺の呟きに、さも当たり前の様に言った女の子のセリフに思わず突っ込んでしまった。
「そう。残念」
全然そう思って無さそうな顔をしている女の子を見て、意外に茶目っ気があるんだなぁ。と全く関係のない事を思った。
「いつもここで何してるんだ?」
「何…、何…何してる…。うーん…。私、何してるのかな?」
「いや、こっちが聞いてるんだけど…」
顎に手を当てて俯き、真顔で考えてる様子だったが、こっちに向き直って逆に質問して来たのを素で返すと、少し落ち込んだ顔をする。
「優しく無い…。女の子には優しくするものよ?」
「え?俺が悪いの?!」
「うん。つまらない事聞くから」
「そんな責められる様な事聞いた?!」
「その質問…、困るの…。何かをする為にここにいる訳じゃなくて、気付いたらずっとここにいるから」
「そうなんだ。この景色って、ずっとこんな感じ?動物とかいないの?」
「こんな感じ。動物…見たことないわ」
「この世界に君は一人なの?」
「哲学?」
「物理的な意味でだよ…」
真顔で変な返し方するからわざとそう言ってるのか、素で言ってるのかよく分からず、苦笑いしてしまう。
「この中で、他の動物を見た事も無ければ、もう一人の私を見た事も無いわね…。…。あれ?ウケない…」
「ボケが分かりにくすぎるよ。それと、さっきの話引っ張るなよ…」
ウケると本気で思ったのか、真顔で話を聞いていたら無茶苦茶残念そうな顔をしている。
(どうしよう。纏めると、ここにはこの子しか居ないって事だよな。一緒に歩いて…いや…試してみるか…。この子の言った通りなら出来るはず)
未だ残念そうな顔の女の子に少しでも喜んで貰おうと、その場で目を瞑った。、
(上手くいった時に多すぎると困るな。何羽かだけにしよう…。それに、出来るだけ人懐っこい性格で…あれ?ご飯とかどうするんだろう…)
具体的にイメージは出来たが、最後の方はまぁ後で考えるかと目を開けてみた。
「あれ?ダメだったか?」
立ち上がって辺りを見回すと、イメージした生き物は見えず、不思議そうな顔で立ち上がってこちらを見上げる女の子しか居なかった。
「どうしたの?わっ!かわいい…」
女の子が話しかけて来た直後に、何かが女の子に飛び付いた。
「やっぱり…。君が言った事は、本当だったんだな」
「ん?何が?」
飛び付いて来て腕の中に収まっている真っ白なウサギに頬ずりしていた女の子が、ウサギの頭を撫で撫でしながらこちらを見る。
「俺の精神世界って話。あれなら、もっと呼んでみようか?」
「ううん。この子たちが居るから…」
抱き抱えたうさぎを撫でながら、女の子の足に頬を擦り寄せている二匹のうさぎを愛おしそうに見つめて答える。
「そっか」
「うん。ありがとう。お礼にこれ…あげる」
抱えていたうさぎを下ろすと、俺に向かって手を翳す。
その様子を黙って見ていると、俺の腕に派手では無いが、荘厳なデザインのブレスレットが現れた。
「いいの?」
「いいの。それより、呼んでるよ?」
俺の方を見て少し嬉しそうな顔で答えて腰を下ろすと、ウサギを抱き抱え再び愛で始めた。
その光景に思わず俺の頬も緩んでしまう。
「また来るよ」
俺の言葉に、女の子が「うん」と短い返事を返したのを合図に、俺は夢とも何とも言えないこの世界を後にした。




