第二十七話 回想—式典—
遡ること、二日前…。
俺は薄い黄色味がかったドレス姿のフェリルに見惚れていた。
「失礼してよろしいですか?レイ殿」
どれくらい見惚れてたのか分からないが、城内の騎士が迎えに来たらしく、ノックと共に扉越しに声を掛けられた。
「あっ!…は、はい。え、ええ…えーと。だ、だっ大丈夫ですよ!」
軽くトリップしていた俺は、その声で急に呼び戻されて慌てて返事をする。
「?。…部屋に入ってはまずかったですか?」
俺とフェリルの様子に何かを感じ取ったのか、少し罰が悪そうに尋ねて来る。
(?。何で、フェリルも慌ててるんだ…?)
隣で俺と同じ様に慌てた様子のフェリルを見て、疑問符を浮かべる。
「い、いえ。で、ご用件は?」
気を取り直すと、平静を装って用件を確認する。
「式典の時間になりましたので、お迎えに上がった次第です」
「そうですか。で、どうすれば?」
「ご案内致します。どうぞ、こちらへ」
先導してくれる様なので、付いて行くことにした。
「お名前を伺っても良いですか?」
特にこれと言った意味は無かったが、前を歩く騎士に背中越しに話しかけてみた。
「ああ、これは失礼した。私の名はイルダード=アル=ディーリスと言います。以後お見知り置きを」
「ひょっとして…、貴族の方ですか?」
ミドルネームがあるので、そうなのかな?程度の感覚で聞いてみた。
「そうです。父が子爵でして」
「そうなんですね。どうして、騎士に?」
「子爵の三男で、跡継ぎとも無縁の立場でしたので。と、着きましたよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ。では、失礼します」
謁見の間の扉の前で、案内してくれた騎士と別れて立っていると、扉の側に控えていた二人が大きな扉を開けた。
「レイ=イスラ=エルディア、フェリル=エルステア、両名入りなさい」
玉座に座る陛下の側に控える大臣と思しき男に呼ばれて入室すると、俺とフェリルは陛下の玉座に連なる階段の前で片膝を突いて首を垂れた。
「この様な栄誉を賜り恐悦至極に存じます」
「うむ。面を上げよ」
陛下の指示に従い、俺とフェリルが顔を上げた。
玉座に座る今生の王ヴィルヘルム=ファン=リアルナが、威厳ある雰囲気を放っていた。
「息災のようで何よりだ。レイ」
「はっ!陛下も壮健のご様子で何よりでございます」
「此度は未曾有のダンジョン氾濫鎮圧に対する両名の功績に栄誉を与える!貴族位は男爵とする!また、此度の報酬として五百万ディアルを与える!」
「陛下!?それは与えすぎではないですか!?」
陛下の側に控えていた恰幅の良い大臣が慌てて進言する様子に、
(陛下ご自身の判断か…)
と、考えていると陛下が口を開いた。
「アストンフェルド内務大臣。分かっておるのか?此度の件、レイ達が動いていなければザエルカどころか、今ごろこの王都も戦場になっていたかもしれんのだぞ?彼等の功績を考えれば、少な過ぎるくらいだ」
「ですが!国庫も十分な蓄えがある訳では…」
「相分かった!ならば、余が半分出す。報酬の半分は私からの褒美とする!国庫からもう半分出せ!」
「はっ!非礼を働き、申し訳ございませんでした」
そう言って、大臣が引き下がった。
「この様な祝事の場で、見苦しいモノを見せてすまんな」
陛下が俺とフェリルに謝罪の言葉を述べた。
「いえ。予定外の出来事だったのでしょうから、致し方ないことかと…」
陛下が豪快な笑い声を上げると、そう言って玉座から立ち上がって階段を降りると、俺とフェリルの前に立った。
その後ろを豪華な装飾が施されたお盆の様な物を持った別の大臣が、陛下が立ち止まったのに合わせて差し出す。
「此度の働き大義であった!!これからもこの国の発展の為に尽くせ!」
俺とフェリルの胸元にそれぞれ準男爵である事を示す勲章を付けてそう告げると、玉座へと戻っていった。
「これにて、栄典の儀は終わりとする!が、陛下のご希望でお二人はここに残られよ。陛下、我々はこれにて…」
大臣が式典の終わりを告げた後、陛下の方を向いて退室許可を伺う。
「許可する。職務に励め」
陛下の言葉を受けて、大臣達が一礼すると奥へと下がっていった。
「堅苦しいのはここまでだ。楽にするが良い。にしても、しばらく見ぬうちに随分と逞しくなったな」
「陛下にお会いしたのは8年も前でしたから」
「アリアルデ公から此度の真相は全て聞いておる。エルアドルフ侯には伝えておらんがな」
「そうでしたか。それで…、私だけでは無く、フェリルにも叙勲したのですか?」
「ああ。帝国とリダールが怪しい動きをしておる。この王国は、周辺諸国に囲まれているせいで、いつ、どこと戦争になってもおかしくない。しかも、この国も一枚岩ではない。二人の力は、今の王国には必要不可欠なのだ」
「ですが、私が父上の元を出たのはご存知ですね?」
「知っておる。故に、如何なる功績を挙げようとも領地で縛る様な事はせぬ。が…」
「何でしょうか」
「この国の遊撃部隊となってもらう。無論監視は付けさせて貰うがな」
「監視…ですか?もうミリーナ様もおられますが?」
「気付いておったか…。だが、もう一人…。今度は私の監視だ」
「良いのですか?そんな、大っぴらに目的を教えて」
「良い。どうせ、お前の事だ。言わずとも、意味を理解するだろう」
「そうですか…。で、誰を私の監視役に?」
「ソフィアだ」
「えっ?!」
驚きの余り、二の句を告げずにいた。
「ソフィアだ。あの子は気立も良い。それに、君と旧知の中でもある。魔法の才もあるしな」
わざわざ陛下が二度名前を挙げたのを聞いて、聞き違いでは無いと伝えられる。
「で、ですが?!あの方は…」
「?」
慌てる俺の様子を見て、ただならぬ相手だとは気づいていながらも、何をそんなに慌てる事があるのだろうかとフェリルが首を傾げた。
「王女様ですよ?!不味いのでは?!」
「フェリル君には悪いとは思うが、それだけ君は重要人物なのだよ。それに、この国では貴族の一夫多妻を認めている。差し支えあるまい」
(あるよ!俺には一夫多妻が許される感覚なんて無いよ!日本人だぞ!)
と心には思っても、口には出来ないので困っていたら、フェリルが口を開いた。
「それは、レイの妻…第一夫人を譲れと言うことですか?」
仮にも国王相手なのだが、そんな事を気にも留めない強い口調で陛下に問い返した。
「いや?その座は、これから君とソフィアで取り合えば良い。こちらは後出しだからな。気が合うなら二人とも第一夫人になると言う手もある」
情け無いが、俺は陛下とフェリルが静かに闘っているのを見守るしかでき無かった。
「…でしたら、負けませんので!」
フェリルが強い口調で言い返した。
「余程、レイの事を好きなようだね。と、これから顔を…」
と、顔を真っ赤にするフェリルを他所に、陛下が言いかけた所で
「レイ様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
とか言いながら、背後の大扉がバンッ!と大きな音を立てて開くと、真っ直ぐ後ろから誰かが飛びついて来た。
(誰か…っていうか、絶対ソフィア王女なんだけど…)
恐る恐る後ろを見てみると、やっぱり王女だった…。
後ろを振り返る途中で見えたフェリルの顔は、表情が死んだ様な顔をしていた。
「レイ様!お久しゅうございます!」
俺の背中に顔を埋める王女にどう返事を返したものかと、悩んでいると陛下が助け舟を出してくれる。
「こらこら…。ソフィア、一旦離れなさい。困っているだろう…」
「ですが、お父様!8年振りなのですよ!?あれから、レイは一向に王城には来て下さら無いですし!」
そう…、俺が王女と出会ったのは8年前にディールに連れられて来た時だった。
王女にせがまれ、陛下に頼まれて魔法を教えて以来だった。
「ソフィア様…。離れていただけませんか?身動きが取れませんので」
「…ソフィです。様も敬語も要りません!」
「で、ですが…」
「良いと言ったら、良いのです!ソフィアと呼んで下さい!」
絶対に譲らないと言う意思の籠った声に諦めてしまい、思わず…
「ソフィ…。お願いだから、離れて…」
と、頼む羽目になった。
「はい!」と、物凄く嬉しそうな声で返事をして、しれっとフェリルとは反対側に立った。
それを見たフェリルが、何かを我慢していそうな顔をしていたが、気付かなかった事にした。
「ソフィア…。余り私を困らさないでくれ」
玉座の肘おきに肘を当てたまま陛下が深い溜息を吐いた。
「嬉しさの余りはしゃぎ過ぎました…。申し訳ありません」
特に反省はしていなさそうな顔っていうか、ニヤニヤしながら謝罪を口にするソフィアを見た陛下が、更に深い溜息を吐く。
「積もる話もあろう。着替えの際の部屋をそのまま貸し与える。王都滞在中は好きに使うが良い」
「はっ!ありがたき幸せ」
「それと、この後にパレードを行う。…が、一度部屋に戻って支度をするが良い」
「何の為でしょうか」
この場合、パレードを行うのは何の為かと言う意味だったが、陛下なら察してくれるだろうと端的に伺う事にした。
「パレードの事だな?」
「そうです。恐らく、リダール…いえ、帝国を誘い出す為だと思いますが、パレードまでする必要が?」
「確実に誘い出す為だ。先の鎮圧によって、君は間違い無く警戒されている。厄介であろう君が確実にここにいると、知らしめた方が動きを見せやすいだろう」
「パレードの最中に狙われるのでは?」
「充分にあり得るな。それについては、こちらも既に手を打っている」
「分かりました」
「ならば、部屋に戻るが良い」
退出許可を得た俺たちは部屋へと戻る。
(正確には、一人は戻ると言うより、来るなんだけど…)
部屋の扉のノブに手をかけながら、どうでも良いことを考えた。
「は〜い。久しぶり〜」
扉を開けると、部屋に据え付けられた椅子に座って優雅に紅茶を飲む師がいた。
バタンっ!
勢いよくドアを閉めた。
「な、何かあったんですか…?」
フェリルが驚きつつも心配そうな顔で話しかけて来た。
「い、いや?何かいた様な気がして…。み、見間違いかなぁ〜?」
俺がわざとらしく返事を返すと、
「何をしているんですか?早く入りましょう!!」
俺を押し退けて、ソフィアが勢いよく扉を開けると、そっと何も無かったかの様に扉を閉めた。
「ソ、ソフィア様?何をなさってるのですか?」
あんなに勢い良く扉を開けたのに、俺が陰になって見えなかったのか、フェリルが尋ねた。
「同じ殿方を愛する者同士です!様は入りません!どうか私の事はソフィと呼んでください!」
「で、ですが、王女殿下を呼び捨てにするなど…」
「では、私がレイの第一夫人と認めるのですね!!」
「そんなの認めません!!!レイの第一夫人は私です!!!」
「私を呼び捨てる事も出来ないのに、私と対等でいるつもりですか!」
「呼び捨てる事くらい簡単です!!ソフィと呼べば良いのでしょう!!」
「それで良いのです。これからは、私と貴方、どちらがレイの第一夫人となるか勝負です!!」
「あの〜、そこに俺の意思は…」
聞いていて、顔が真っ赤になるほど嬉しいやら恥ずかしいやらで困っていたが、蚊帳の外に出されてる気がして恐る恐る尋ねると、
「レイは黙ってなさい!!!」
「レイは黙ってて下さい!!!」
同時に、二人から怒られた…。
しょんぼりしている俺を置いてけぼりにして、しばらく盛り上がっていた二人に割って入るかの様に、部屋の扉がゆっくりと開いた。
「私をほったらかしにしないで〜」
開いた扉からヒョコッと顔を出した師が涙目で抗議する。
「ア、アリアルデ様?!何でいるんですか?!」
ここで初めて部屋の中に誰がいるのか知ったフェリルが驚きの声を上げた。




