第二十四話 再訪②
櫓から飛び降りてミリーナを降ろした後、メイルを助けたあの家に向かっていた。
「何をしておる。早く来い」
飛び降りた時の恐怖が抜けていないらしく、胸を押さえながら少し離れた所をトボトボと歩くミリーナを急かした。
「あの高さから飛び降りて、平然としてられません!悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげたいくらいですよ…」
慌てて隣に駆け寄って来たミリーナが、涙目でこちらを見返して抗議する。
「あの程度でそんな様なら、レイに付いて行けんぞ?」
「そんなに凄い方なのですか?」
「未知数だな。全力では無かったにしろ、私も勝てなかったしな」
「オウカ様とまともにやり合えるだけで十分すぎる様な…」
「まぁ、私とまともに戦える奴なんて中々おらんだろうしな。っと、着いたぞ?」
「確かにここですね。にしても、メイルさんの話通りなら、もっと周辺に人がいそうなものですけど…」
辺りには虚な目をした村人が歩いている位で、まともな装備をしている者が誰一人居なかった。
「既に持っていかれたか、知らんのか…ジッとしていてもしょうがない。入るぞ?」
「もう少し中の様子を伺った方が…」
「中には誰もおらんよ。感知魔法で確認済みだ。そもそも、ここは敵地だぞ?入ろうが、入らまいが危険なのは変わらん」
そう言いながらさっさと中に入ると、家の中は既にもぬけの殻になっていた。
「何にもありませんね…。全部持ち去られたみたいですね」
「とりあえず調べるぞ」
念の為に龍眼を発動して中へと入り、二人であちこち見て回る。
(と言っても、何も無いのだから見て回る程でも無いのだが…)
特に何を見るでも無く、しばらくウロウロしていた
が、文字通り何も無いので出ようかと思い始めた。
ミシッ…
と、耳を立てて無いと聞こえない様な小さな音が聞こえた。
「そなた、そこを動くな。私もそちらへ行く」
自分の足元で音が鳴っていないのを確認して、部屋の角で壁を触っているミリーナに声を掛けた。
ミリーナの側まで来ると、ちょうど足下でまた小さく音が鳴ったので、しゃがんで床を触ってみる。
「何かあるんですか?」
「そなたは聞こえなかったのか?この辺りの床から他とは違う音が鳴っておったから、何かあるのかと思ってな」
「そうなんですか?私には何も聞こえませんでしたが…」
「メイルは地下に逃げようとしたと言っておったな…入り口があるやもしれん。とにかく調べてみるぞ」
2人で床を調べていると、ミリーナが何かに気付いたらしく声を掛けてくる。
「ここ…何かおかしく無いですか?」
見ると、一枚だけ不自然に四方が擦れて削れている床板があった。
試しに板を外すと取手みたいな物が見えた
「この辺りの板を外すぞ」
「分かりました」
二人掛かりで板を外すと、何かの仕掛けに使うのであろう取手が現れる。
「引いてみても良いですか?」
好奇心が抑えられずにウズウズしているミリーナが、返事も待たずに取手を掴んでこちらを見た。
「良いですか?と言いながら、掴んでおるのもどうかと思うぞ?まぁ、どうせそうするのだから構わんが…」
「なら、良いですよね!引いてみます」
ミリーナが取ってを引いてみるとガチャン!と、何かが音を立てて動き始めた。
木の床板を外された事で露わになった石の床が、小さな音を立てながらスライドすると、地下への階段が現れた。
「そうか…」
「どうかしました?」
私の呟きに反応したミリーナが、不思議そうな顔をしている。
「いや。メイルは地下に逃げようとしたと言っていたが、今と同じことをするだけの余裕が、あの時のやつには無かったのだろうなと思ってな」
「なるほど…。で、この地下は大丈夫なんでしょうか?この部屋みたいに全て持って行かれたのでしょうか?」
「それは入って見なければ分からん。今の音で気付かれた可能性もあるしな。さっさと入るぞ」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
さっさと地下へ降りて行く私を追いかける様に、ミリーナが後に続いて階段を降りて行く。
階段を降りてみると、小さな部屋に出た。
この地下は気付かれなかったのか、物がそのまま残っていた。
「一々確認して持って行く程の暇は無い。全て収納魔法に詰めるぞ」
ミリーナに声を掛けると、二人掛かりで片っ端から物を収納魔法に詰め始めた。
(武器の類がやたら多いな。リダールに攻めるつもりだったというのは本当だったか…)
収納魔法に物を放り込みながら、そんな分析をしていると、
「あっ!これじゃ無いですか?!リダールの街の地図にあちこちバツ印が書いてありますよ!」
ミリーナが目的の物を見つけたらしく、喜び混じりの声を上げる。
「あったか…。なら、残りをさっさと詰めてここを出るぞ」
それからは黙々と収納魔法に放り込んで行く作業を続けた。
「これで全部だな?」
部屋にある物を全て収納魔法に詰め終えた所で、出るぞという意味も兼ねてミリーナに確認を取る。
「そうですね。長居は無用でしょうし、行きましょう」
ミリーナが階段を先に上がって行くが、急に立ち止まってこちらへ振り向いた。
「誰かがこちらに向かって歩いて来てます。どうしましょう…?」
「どんな奴だ…?」
「チラッと見えただけですが、黒いローブは羽織って無かったかと」
「なら、一度下に戻るぞ」
魔法を使っているとはいえ、近くまで来られるとバレる可能性が上がってしまう為、地下で隠れる事にする。
「分かりました…」
地下に戻って机や本棚に身を潜めていると、誰かが入って来た。
僅かに身を乗り出して視てみると、胸元に魔力が集中している様子も無い。
ミリーナが言った通り、黒いローブは羽織っておらず、騎士の様な甲冑を着ている男が部屋を見回している。
(ん?村の住人という訳でも無さそうだな。それにあの目…)
村の人間と同じ様に、男が虚な目をしているのを見て、洗脳されている事に気付いた。
「メイルの時みたいに気絶させられるか?」
音魔法ウィスパーを使って、ミリーナに話しかけるとコクリと頷いた。
「相手は鎧を着ておる首元…後頭部でも良い。こちらに注意を逸らすから、一気に殴り飛ばせ」
続け様にそう伝えて、適当にその辺に転がっていた石を自分の側に落として音を鳴らす。
身を隠して男が近づいて来るのを足音で感じていると、物凄い鈍い音が鳴る。
直後、ドサっという音が聞こえて再び顔を出すと、倒れた男とその奥で清々しい笑顔を見せるミリーナが立っていた。
「そなた、楽しそうだの?」
立ち上がってミリーナに近づきながら、やけに楽しそうな顔をしているのを指摘する。
「楽しく無いですよ。ヒヤヒヤしましたけど」
「…の割には、笑みが溢れておるぞ?」
「そうですか?ずーっとこそこそしてましたから、殴ってスッキリしたのかも知れません」
「意外に好戦的な奴だな。そんな事は良いとして、こやつ恐らくメイルの仲間だな…」
「えっ?!思いっきり殴り倒しましたけど、大丈夫でしょうか…」
「さぁ?まぁ、大丈夫だろ」
「そうですか?で、どうします?この人…」
「とりあえず、眠らせておくか…。目を覚まされても面倒だしのぅ…。…いや?」
良いことを思い付いたと言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべる。
「何か思いついたんですか?」
「あぁ。この場所の使い方をな…。だが、そうなると、此奴は邪魔だな…。収納魔法にでも放り込むか?」
「収納魔法って、人も入れられるんですか?そもそも、収納魔法に入れられた人って生きてられるんです?」
「生きてる人間を入れられる訳が無いだろう。入れられるのは、物と区別されたモノだけだ」
「えっ?じゃぁ、どうやって…」
「息の根を止めればいいだろ?」
「ダメですよ!そんな物騒なこと!それに、メイルさん達がその事を知ったら後が大変ですよ?」
「それもそうか…。なら、この上の部屋でしばらく眠ってて貰おう。後で連れて帰れば良かろう」
「そうですね。…ところで、この方に回復魔法とかしなくて良いんですか?」
「今は出来ん。此奴の洗脳を今解いた所で、どうせまた洗脳される。それに、せっかく気絶させたのに起きられても邪魔だ」
「そうですか…」
ミリーナが残念そうな顔をする。
「いつまでも油を売っている訳にもいかんのでな。上がるぞ」
ミリーナが卒倒させた男を、担いで階段を上がっていく。
「ここで良かろう」
階段を上がって上の部屋に行くと、扉近くの壁にもたれかかる様な形で男を降ろす。
「スリープ」
男に睡眠魔法を強めに掛けると、真龍の眼で視えている状態異常に強睡眠が追加された。
「大丈夫なのですか?」
「あぁ。私が魔法を解かねば、此奴は数年と起きんだろう。そんな事より感知魔法を使ってみろ」
「はい!えっ?敵が近づいて来てますけど…」
「数は分かるか?」
「九人ですね」
「上から見えた黒ローブどもの数は十三人だったな…。其方の感知魔法はあれから範囲は広がっているな?」
「え、ええ。村全体とはいきませんが、この村の半分以上は範囲内に入っています…」
「そうか。この短期間でそこまで成長したのなら上々だな」
「ありがとうございます!って、こんなのんびりしていて良いんですか?」
「大した事はない。私に任せて、そなたはここで待機しておれ」
ミリーナにそう言い残して家を出ると、適当な建物の影に隠れて黒ローブを外で待ち伏せた。
頭上を通過しようとする敵を見つけて一気に飛び上がると、首元を掴んで捕まえた。
首を掴む手に力を込めて逃がさない様にしつつ、着地する時に地面に叩きつけてから、死ぬ寸前の所まで魔力を奪う。
感知魔法で確認して見ると、他の奴らはこちらに向かって来ていなかった。
今のうちに…と、捕らえた敵を魔法で強制的に眠らせてから、その辺りの建物の陰に寝かせ、また別のポイントに移動した。
しばらくは頭上を通過しようとする敵を捕まえ、魔力を奪って眠らせ、またポイントを変えるというのを繰り返した。
流石に何かが起きていると気付いたらしく、残った黒ローブが四人固まってミリーナがいる家に向かうのが見えた。
今度は黒ローブを後ろから追跡し、家の前で立ち止まった所を頭上からオレイカルコスの結界を使って閉じ込めた。
「なっ!き、きさまっ!!…」
四人の内の一人がそう声を発したところで、結界内にスリープの魔法を放つと、四人とも即座に眠りに付いた。
結界を解除すると、念の為に…と、四人の魔力を死ぬ寸前まで奪う。
「おかえりな…。えっ!?その人達は…」
四人をずるずる引き摺りながら家の中に入ると、呑気に出迎えるミリーナが驚愕の表情を浮かべる。
「ああ。黒ローブと呼んでいる者達だ。地下に放り込んでおけ。外にまだ五人回収せねばならん奴がおるのでな。任したぞ?」
「はい。ですが、えっ?大丈夫ですか?私…」
「そやつらは既に死にかけておる。それに、睡眠魔法を掛けておるから、余程の事でも無い限り襲って来る事はない。何かに使えるかもしれんから、奪える物は奪っておけ」
「わ、分かりました!」
「なら、私は他の奴らを回収して来る」
そう言い残して、あちこちに眠らせて置いた黒ローブどものローブを掴んで回収すると、また家の中に入る。
「その方々で全員ですか?」
待っていたミリーナが私が戻るなり確認する。
「倒した者達は…だがな。此奴らからも奪える物は奪って地下に放り込むぞ」
身に付けているものを確認もせずに、さっさと奪い取って地下に放り込んだ。
「これで全員入れ終わりましたけど、どうするんですか?」
「閉じ込めておく。…こうやってな」
オレイカルコスの結界を、地下の部屋に向かって発動した。
「なるほど。結界にはこういう使い方もあるんですね」
「死にかけのこやつらが、中からこの結界を壊せるとは思えん」
「何か…可哀想な気が…」
「まだそんな事を言っておるのか…。此奴らをここで生かせば、この国全体が被害を受ける。そうなれば、そなたはこの者達を生かした事を後悔するぞ?」
「分かってます!分かってますが…。分かり合える人もいるかも知れません!」
「好きにするがいい。レイの邪魔さえしなければ…な」
その場で考え込むミリーナを置いて、私は一人家を後にした。




