第二十一話 気紛れ
調査結果を記した手紙をレイ達に送って中庭に戻ると、動かぬゴーレムと未だに格闘するミリーナが肩で息をする様に疲れ果てていた。
「なんだ…。まだ壊せておらんのか?」
壊せていないのは分かっていたが、わざと呆れた口調で軽口を叩いてやった。
「ですが、これ…かなり硬くないですか?」
軽口を叩く私に向かって、涙目でミリーナが抗議する。
(…こいつ、何の訓練しておるのか忘れてるのか?)
魔法を受けた跡が全く無いゴーレムの様子を見て、試しに聞いてみる事にした。
「そなた、このゴーレムにどんな攻撃を当てておった?」
「えっ?!どんなって…。普通に弓で攻撃してみたり…、無属性魔法を使った状態で殴ってみたり…」
私は額に手を当てて呆れた様子を隠しもせず、長いため息を吐いた。
「そなた…。私に何を教えを乞うていたんだ?」
「えっ?何って、それは魔法ですけど…って、あっ!」
「で?魔法も使わんで、こいつを壊せると思っておったのか?」
「すみません…」
罰が悪そうにミリーナが謝罪する。
「で、そなたは何属性の魔法が使えるのだ?」
「火です。後、苦手なんですけど、水属性が少し…」
「そうか。では、属性間の関係性は理解しているか?」
「火は水に弱く、水は雷に弱く、雷は土に弱く、土は水に弱く、光と闇は互いに弱い…ですか?」
「そうだ。だが、それはあくまでも同程度の強度の魔法であった場合の話だというのを理解しておけ」
「そうで無い場合は、どうなるんですか?」
「例えば…、火は土にも水にも強くなる。そして、火と風は互いの魔法強度次第だ」
「そうなんですか?!って、それが今回のゴーレムと何の関係が…」
「頭を使え。教えて貰うばかりでは強くなれんぞ?」
その言葉にムキになったミリーナは、しばらく自分の使える魔法を延々放ち続けた。
その様子をしばらく眺めていたが、ゴーレムはピンピンしていて、相も変わらずキズ一つ付いていなかった。
「大丈夫か?ほれっ。これでも飲め」
魔法の連続使用で息を切らしているミリーナへ、空間収納魔法から取り出したマナポーションを放り投げた。
放り投げられたマナポーションをキャッチすると、ミリーナが直ぐに飲み干した。
しばらくはこの流れを延々と繰り返す…。
「そんな調子だと、いつまで経ってもそいつを壊せんぞ?」
それから3時間程経った頃…、そろそろ次の段階に進んでも良いかと声を掛けた。
「これでも使える魔法は出し惜しみせず使っているのですが…」
「今度は2本飲め」
マナポーションを2本立て続けに放り投げると、2本目を落としかけながらも、キャッチしたミリーナが2本とも飲み干した。
「気分はどうじゃ?」
「?」
さっきまでと何が違うのか分かってなさそうなミリーナが、見て分かるレベルで困惑顔をしている。
「気づいておらんのか?私の見立てだが、ゴーレムと対峙する前のそなたなら恐らく魔力酔いしておったぞ?」
「つまり…、魔力量が増えていると言う事ですか?」
「そういうことになるのぅ。次は、全力であのゴーレムに火属性魔法を撃ってみろ」
私の指示に従って、ミリーナがゴーレムに向けてファイアストームを放つ。
「えっ…?!」
予想していなかった威力の魔法に驚きの余り、撃った本人が放心していた。
「ふむ。まだまだいけそうだのぅ。ん?何をしてる」
ミリーナが順調に成長している事に満足しつつ、未だ驚きから抜け出せずにいるミリーナに続きを促した。
「…は、はい!」
それからまたミリーナがバテるまで魔法を打っては、マナポーションを飲ませるを繰り返した。
ピシッ!
それから更に1時間程経った頃、漸くゴーレムにヒビが入った。
「やりました!後、少しです!」
余りにも嬉しかったのか、ミリーナが破顔した様な笑顔を向ける。
「まだ壊せてはおらんがな。次は、水魔法も使ってみろ」
「は、はい!」
火属性魔法と水属性魔法を延々と繰り返すミリーナをまた暫く見守っていると、徐々にゴーレムがボロボロと崩れ始めた。
「やっと壊せた!」
ミリーナが壊れて落ちた腕を見て喜ぶ。
「及第点…といったところかの。そなたはディープネーベルと結界魔法の類は使えるのか?」
「結界魔法が何でも良ければ…」
「構わん。防御結界では無く、相手を閉じ込める類であればな」
「…」
「…出来んのか、しょうがないのぅ。ちょっとこっちに来い。力業になるが時間もない」
何も言わなくなったミリーナの様子に、出来ない事を察して呼び寄せた。
「どうするんですか…?」
「気持ち悪くなるかも知れんが、我慢せよ」
不安そうな顔をするミリーナに一言伝えると、ミリーナに口付けをした。
「?!」
驚いたミリーナが手をバタバタさせていたが、私の魔力を数分程ミリーナに直接流し込むと、ぐったりしてその場に倒れこんだ。
「どうだ?」
倒れ込んで頭を抱えているミリーナを見下ろして、尋ねてみる。
「ぅぐ…。あぁぁぁ…。あ、頭が…割れる様に…い、痛い…です…」
「ドーピングみたいなもんだからのぅ。しばらくは我慢するしかない」
未だ呻き声を上げながら痛みに耐えるミリーナに声を掛け、側に近づいてしゃがむと手を翳した。
「気休めにしかならんが…」
回復魔法のヒールと状態異常回復魔法のキュアネスを掛け続けていると、しばらくしてミリーナからすやすやと寝息が聞こえる様になった。
「意外にタフだな…。少しの間だけ寝かせてやろう…」
ミリーナの頭を撫でながら、しばらく寝ている姿を眺めていた。
「ぅ…ぅううん…。あっ!いたいっ!」
30分程経った頃、寝返りを打ったのと同時に目を覚ましたミリーナが、ガバッと音が鳴りそうな勢いで起き上がろうしたが、まだ余韻が残っていたらしく起き上がり切れずに頭を押さえている。
「起きたか…。さて、そろそろ続きをやろうか」
隣に座っていた私は立ち上がって服を軽く払うと、ミリーナに訓練の続きを促した。
「…いっ…一体、何をしたんですか?」
力なくヨロヨロと立ち上がったミリーナが、右手で頭を押さえながら尋ねてきた。
「私の魔力とこれからやってもらう魔法の知識、構築式をそなたの頭、厳密に言えば魔力回路に直接送り込んだ。多少強引なやり方をさせて貰ったから、そなたの脳のキャパシティを超えたんだろう。頭痛はそのせいだな」
「そんな事出来るんですか?!オウカ様がいれば、魔法教本とか軒並み不要になるんじゃ…?」
「阿呆!私だってキスの相手くらい選ぶわ!レ、レイにならしても良いが…。いゃ、あやつには意味がないだろうのぅ」
私が顔を真っ赤にしながらも、割と本気でしてみようかと逡巡していた。
「あ、あのぅ…。それで、これから試してみる魔法って…」
本気で顎に手を当てて思案している姿を見て、話しかけ難かったのか言いにくそうに尋ねてくる。
「そ、そう言えば、そうだったな。これから使って貰うのは、オレイカルコスの結界、ディープネビア、フレイムトルネードだ。手順は結界で相手を閉じ込め、その中にディープネビアとフレイムトルネードを放つ」
「難しそうですね。ですが、そもそも結界の中に魔法を放てるんですか?」
「結界は防御や相手を閉じ込めるのにも使えるが、防御魔法でも拘束魔法でも無いからな。自分の魔力で満たされた領域に相手を引きずり込むのと一緒だ」
「そうなんですか…?でも、そもそもどうやって使うのかが…」
「試しにあのゴーレムを四角い箱で閉じ込めるイメージをしてみろ。っと、その前にこんな所でやると屋敷もろとも破壊しかねんかったな…。場所を変えるぞ?」
そう言って、ミリーナと街からかなり離れた場所に転移する。
「…どこですか?ここ…」
「ここは、昔私がね…、遊んでいた場所だよ。ここなら、周りの心配もせんで良いからな。」
ねぐらにしてたと言いかけたが、龍である事を教えていないミリーナにそんな事を言えば、何を言われるかと思って言うのをやめた。
「ね…?とりあえず、やってみます!」
一頻り辺りをキョロキョロした後、私が新たに作ったゴーレムもどきにオレイカルコスの結界をミリーナが発動しようとする。
「…。っ!…ハァハァ。ダメです…。発動しません…」
大量の魔力が魔法として発動しないまま消費されたミリーナが息を荒くする。
「ふむ。構築式を脳に直接送るだけではダメか…。なら、一度一通りやって見せるとするか。そこから動くなよ?」
ミリーナの前に防御魔法の壁を作ると、魔力を練り始めた。
(一応防御魔法を張ってるとはいえ、万が一があってはならんの…)
ミリーナへ飛び火しない様に、広く強固な結界を張るイメージで魔法を発動する。
「オレイカルコスの結界!」
ゴーレムが立つ地面に幾何学的な文字が浮かび上がったかと思うと、瞬く間にゴーレムの上下四方に六芒星が現れ、その周りを流れる様に動き回る文字の入った結界が現れる。
続け様に結界の内部にディープネブラを発動すると、濃霧であっという間にゴーレムの姿が見えなくなった。
「どうだ?これが、二段階目までやった状態だ。で、これにファイアストームを追加すると…」
ドォォォオオオン!!!
物凄い轟音と共に結界の中で大爆発が起きると、結界をすり抜けた爆風が辺り一体を駆け抜けるのを、両腕でガードして耐えた。
周辺が爆風と砂埃で見えなくなっていたが、時間が経つに連れて砂埃が落ち着いていく。
結界の中にいたゴーレムが跡形も無く消え去ったのを確認して、結界魔法も解除した。
チラッとミリーナを見ると、何があったか分からないと言った顔をして腰を抜かしていた。
「ザッとこんな感じだな。…おい、いつまでも呆けておらんで、これを飲んでやってみろ」
ミリーナにかけた防御魔法を解除して近づくと、再びマナポーションを手渡した。
「な、何ですか?!この威力…!?こんなの私まで巻き添えになるじゃ無いですか!」
「そなたができる範囲での魔法としては、トップクラスの威力だぞ?防御魔法も使えるんだろ?」
「使えます。使えますけど…、防げるんですかね…。私の防御魔法で…」
「まぁ、危なくなれば、私が助けてやるから安心しろ。ポイントは、最初の結界は密閉空間を作れ、次は可能な限り細かい水の粒で濃霧を作ることだ。この二つが完璧に出来れば、今みたいに爆発させられる。そなたは私がやったみたいに広範囲に結界を張らなくて良いぞ?ゴーレムだけを囲え」
そう説明してゴーレムを再び作ると、ミリーナの魔法訓練をしばらく眺めていた。
(そう言えば、レイに何をして貰おうか…。もう一度戦うのもいいが…、いや…それだと面白くない…)
ミリーナを見ているのも飽きて、全然関係のない事を考え始めた。
「オレイカルコスの結界!」
俯きながら全然関係ない事を思案し始めてしばらく経った頃、何度も聞いた言葉とは別に、今まで感じなかった魔法反応を感じて顔を上げた。
「出来ました〜!」
満面の笑顔のミリーナがこちらを向いて、ピースサインをする。
「嬉しいのは分かるが、まだ終わっておらんぞ?」
「はいっ!ディープネブラ!ファイアストーム!」
「まずいっ!」
ディープネブラの強度を見た瞬間、手本で見せた倍以上の威力になる事に気付いて、直様上空にミリーナを掴んで上がり、使える全ての防御魔法を重ね掛けた。
足元では地形を変える程の大爆発が起きていて、何枚かの防御魔法が爆発と爆風で無理矢理消し飛ばされていった。
「やりすぎだ。阿呆」
爆風が収まると、すっかり地形が変わったゴーレムがあったはずの場所に着地する。
「すみません…」
こんなに威力が出ると思ってなかったのだろう、ミリーナが目に見えて落ち込んでいた。
「だが、試験は合格だ」
「ありがとうございます!」
折れるんじゃ無いかと思うくらい勢いよくミリーナが頭を下げた。
「さて、『オレイカルコスの結界』について教えておくが、この魔法はちょっと特殊でな。無属性にして水属性の性質を持つ禁忌級の魔法に分類される」
「聞いた事がないとは思ってましたが…」
「それはそうだろう。この魔法を作ったのは私だからな」
「えっ!?魔法ってそんなに簡単に作れるものなんですか?!」
「簡単な訳なかろう。それはいいとして、この魔法で出来た結界は術者の魔力をその領域内に循環させる性質がある」
「…つまり、どういうことですか?」
「簡単に言えば、結界内では自分の魔法がブーストされ、領域の外と中は術者の魔力次第で防御魔法にも拘束魔法にもなる。今回は対象を囲んだが、面で展開すれば自身をブーストする床にも出来るし、相手を攻撃する事も出来る。こんな風にの」
そう言って、私はオレイカルコスの結界を面で展開して飛ばした。
近くにあった岩が一瞬にして切断され、崩れ落ちた。
「…と、とんでもない魔法ですね」
「使いこなせれば、そなたの力は段違いになるだろう。それと、教えた複合魔法だが、威力はディープネブラの強度次第だ。最後の火属性魔法は着火目的だから、こいつの威力は何の影響もせん」
「爆発を起こすだけならエクスプロージョンで良いと思うのですが、何故この方法なんですか?」
「エクスプロージョンでこの威力は出せん。少なくとも、私には…な。後は、密閉空間さえ作れれば、同じ威力のエクスプロージョンよりはるかに魔力消費が少なくて済むと言うのもある」
「なぜ、爆発するのですか?」
「教えても良いが、長くなるぞ?良いのか?」
「いえ…、やめておきます…」
「そうしておけ。では、今日はこの辺にして帰るぞ?」
そう言って、ミリーナと共にベレルの屋敷へ転移で戻ることにした。




