第二十話 偵察
村の中を歩き始めて少し経った頃…。
村の中をあちこち見て回っていた私とミリーナは、すれ違う村人の様子がおかしい事に気付いた。
「何か…村の様子…変じゃ無いですか?」
気になったミリーナが、私に確認する様に尋ねて来た。
「そなた…、知覚阻害魔法は使えるか?」
村に入った直後からずっと感じていたおかしな匂いの正体に気付いた私は、ミリーナの質問には答えずに質問で返す。
「小規模の範囲でしたら…」
申し訳無さそうな顔をしてミリーナが答えたが、大事なのは使えるか否かだ。
「掛けておいた方が良いぞ?」
私の言葉に反応して、慌ててミリーナが自分を囲う様に、知覚阻害魔法を発動する。
「オウカ様は良いのですか?」
「ん?私は耐性があるからな。私を洗脳できる奴なんてほとんどおらん」
「それで、村の人達の様子がおかしいのですか?」
「気付いて無かったのか…。そなたもおるから余り長居はできんのぅ。何か違和感を感じたら直ぐに知らせろ。それまではこの村を見て回る」
「分かりました。ところで、今はどこに向かって歩いてるんですか?」
「どうも洗脳の影響を受けてるのか、そうで無いのかよく分からん奴がおるんでな。確認して見ようかと思うてな」
感知魔法の反応で、明確な敵意を示す赤いマーカーと中立を示す黄色いマーカーにチカチカと変わる奴がいる事を教える。
「そんな人が居るんですか?」
「さっきから感知魔法で表示されているマーカーが、赤くなったり黄色くなったりしておる奴がいる。まだ、掛かっておらんのなら、今のうち…と思ってな」
感知魔法が使えないであろうミリーナにも、どういう風に見えているのかが伝わる様に説明する。
「洗脳されても、解けば良いのでは?」
「簡単に言うが、洗脳には3種類あってな。術者を殺せば解けるモノ。強い衝撃等の何らかの方法、もしくは原因となっている物を取り除けば解けるモノ。そして、永続的に解けないモノ。この者達が、どのタイプに掛かっているかは分からん。3つ目だった場合は、殺さねば解けん」
「なら、かかる前にどうにかしませんと!どうすれば助けられるのです?」
「だから、向かっておるだろう。ひとまず気絶させて、原因となっているモノから引き離すしか無い。…と、ここの様だ」
話をしながら歩いていると、一軒の家の前で立ち止まった。
(この中だな…)
扉を開けてすぐに駆け抜けて気絶させようかと考えた後、扉を開けると私の脇をスッと何かが駆け抜けた。
ガッ!
次の瞬間、ぐったり前のめりに倒れた男を腕で支えてこちらを見るミリーナの姿があった。
(ほぅ。こやつ…、魔法はからっきしだが、身体能力は悪くないのぅ…)
「これで良いですか?…ぅくっ!」
男を生捕にしたミリーナが、服の襟を掴んで男を引きずって戻って来る途中で、急に口元を押さえてしゃがみ込んだ。
「やれやれ…。今日の所はここまでだな…」
ミリーナの側まで行くと、家の中とその周りに感知魔法の反応が無いのを確認して、ベレルの屋敷に転移した。
屋敷の部屋に戻ると、ミリーナをベッドに、男は魔法で拘束して床に転がす。
「こいつを尋問するにしても、先に此奴らが受けた洗脳の影響を取り除かねばな…」
男を見やった後にミリーナの方を見て、状態異常を回復する魔法を2人にかける。
(手遅れで無ければ、これで良かろう…。さて、後はこやつだな)
もう一度男を見遣り、肩に担いで中庭出ると放り投げてやった。
「ぅ…う、ううぅ…」
呻き声を漏らしながら、男が目を開ける。
「さて…、質問に答えて貰おうか」
指を鳴らして、拘束を解いてやった。
「ぅ…、な…なに…もの…だ…」
未だ殴られた衝撃と放り投げられた衝撃に苦悶の表情を浮かべながら、漸く自由になった口から言葉を捻り出す。
「それを答えるのは、私ではなくおぬしの方だな」
私はそう返すと、男が喋り出すまで何も喋らずただただ待った。
「お、俺は反領主同盟のメイル…」
「そうか…。して、メイルとやら、おぬしはあの村で何をしておった」
「俺は…、リダール領主カザハルを殺す…。その準備をしていた…」
そう言ったメイルは、憎しみが宿る目をこちらに向けた。
「そうか…。続きはまた後で聞くとする。ひとまず、そこで待っておれ」
そう言って、ミリーナを寝かしている部屋に戻る為に歩き始めた。
「今度は…こちらが質問する番だ。ここはどこだ!あんたは何者だ!」
身体の自由が効く様になったメイルが怒号を上げながら、私に詰め寄る。
「ここはベレルのレイの屋敷だ。私はオウカ、レイの仲間?かのぅ」
「ベレル…。どうして、こんなとこに…。俺は、確か…隠れ家で…。そうだっ!俺の仲間は?!」
状況を整理しているのか、顎に手を当ててボソボソと何かを言ったかと思えば、急に私の方を見て叫んだ。
「仲間?知らんのぅ…。あの村で完全に洗脳されておらなんだのは、お主くらいだったが?」
「洗脳!?な、なら、俺の仲間は!?」
「あぁ。恐らくその影響下にあるな」
「くそっ!だったら、今から助けに!」
「おぬし…洗脳されかけておったくせに、あそこに戻るつもりか?」
「あぁ!こうしちゃぁ居られない!」
そう言って、屋敷を出るつもりなのか駆け出そうとするメイルに背中越しに話しかける。
「阿呆。私が助けなかったら、おぬしも洗脳されておったのに、どうやって仲間を救うつもりなんだ?行くのは勝手だが、おぬしも奴等の手に落ちるか、殺されるのが関の山だぞ?」
「なら、どうしろってんだよ!仲間が奴等の手に落ちてるってのに、黙って見てろって言うのかよ?!」
「どうせその時になれば戦うのだ。今のおぬしに出来るのは、私たちに情報を渡すことだけだな」
「でも、どうやって…」
現実を理解したのか、焦りを感じながらも力無く項垂れるメイルを一瞥すると、私は再び屋敷の方を見る。
「ふむ。どうやら目を覚ましたようだのぅ。続きは後にしよう。お主はそこで待っておれ…」
屋敷の方から走ってくるエルディア家のメイドに気付くと、屋敷へ向かって歩いて行く。
屋敷の側でメイドに近づくと、やはりミリーナが目を覚ましたという報告を受けた。
ミリーナの部屋を訪ねると、ベッドの上で身体を起こしていたミリーナが此方に会釈した。
「体調はどうじゃ?」
「すみません…。足を引っ張ってしまいました」
申し訳無さそうな顔をして、ミリーナが再び頭を下げる。
「気にするな。で、動けそうか?」
「はい。まだ、少し身体の動きが鈍い様な気はしますが、問題ありません」
「なら、私と一緒に来い。そなたが助けた男から話を聞くとしよう」
ベッドを抜け出したミリーナが、私の後ろに付いてくる形で中庭に戻って行く。
「あの方は何者だったのですか?」
「端的に言えば、レジスタンスだな」
途中、ミリーナが男の正体について聞いて来たので、さっきメイルから聞いた事を端的に伝えた。
「では、敵側の方ではないのですね」
ミリーナがホッとした顔をしていた。
「まあな。だが、そなたも含めてこのままでは足手まといでしかない。レイ達が動き始めた時、そなたとメイルには間違い無くここでじっとしておいて貰う事になる」
「そんな訳には参りません!」
「そう言うだろうと思っておった。どうせあやつも同じ事を言い出す。…そして、ほっとけば勝手に動き出して、敵の手に落ちるか殺されよう」
「う…そうかも知れません…」
私の言った事を想像したのだろう、力の無い返事をミリーナが返す。
「そう気を落とすな。どうせ、レイが来るまで大してすることも無いのだ。私が鍛えてやろう」
「本当ですか?!」
「あぁ。勝手に突っ走って、勝手に死なれてもかなわんからな。それに、恐らく戦争になろう。人手は少しでも多い方が良いしな」
「せ、戦争ですか…?リダールを抑えれば終わり…なのでは?」
「そうかも知れん。が、そうで無いかも知れん。いずれにしてもあやつから話を聞けば、その辺りの予想もつくだろう。と、ちゃんと待っておったか」
私が胡座をかいて座るメイルを見つけると、向こうも気付いて立ち上がった。
「そちらの方は?」
メイルが近づいて来るなり尋ねてきた。
「ミリーナ=フォン=エルアドルフと申します。お見知り置きを」
ミリーナが自己紹介を終えると、丁寧なお辞儀をする。
「エルアドルフ…エルアドルフ…。まっ!まさか、エルアドルフ卿の?!すみません。知らなかったとはいえ、失礼しました!メイル=アールスローです!こちらこそ、よろしくお願いします」
慌てたメイルが、深々と一礼する。
「自己紹介はそれくらいにして、おぬしが知っていることを話せ」
私が腰を下ろすと、2人ともその場に腰を下ろした。
「はい。私は元々あの村の出身で、カザハル子爵の下でリダールの騎士をしておりました。5年程前、急に見たことのない者達がリダールを出入りする様になり、それからしばらくして、カザハル子爵の様子がおかしくなりました。そして、ある日、私たち騎士に命じてリダールの街の中に見たことのない装置をいくつか設置させました」
「何の装置なのでしょうか?」
ミリーナが、最後の部分に対して疑問を口にする。
「分かりません。しかし、その装置を設置してからは、リダールの街の中は一変しました。圧政に苦しみ、窮状を訴え、毎日屋敷に詰め掛けていた住民達が途端に1人も詰め掛けなくなりました。私は、自身の身体の違和感に気付き、リダールから1番近いあの村で数名の仲間と地下に身を潜めながら、調べることにしました」
「それで、何か分かったのですか?」
「詳しいことは…。ですが、仲間の調査では、あの装置の設置をした日から、街の住民や残っていた同僚達も皆、まるで生きているのに死んでいるかの様な状態だったと言っていました。そして、調査に出かけた仲間も1人また1人と戻って来なくなり、リダールの調査を中断して、仲間を集める事にしました」
「その装置の配置場所は全て分かっておるのか?」
「ええ。あれは必ず何とかしなければと思い、真っ先に調査をしましたから、ただ…」
「ただ?」
ミリーナが問い返す。
「その場所を記した地図はあの村にあるのです…」
「数はいくつだ?」
「全部で8つあります。仲間から聞いた話では、表情が無くなった様な顔をした私の同僚が小隊を組んで、装置を守っている様だったと」
「他におぬしの仲間はどこにどれだけいるんだ?」
「あの村には、当時の部下10名程。その他の者は、周辺の村等に。全員で百人近くはいます。このベレルの側の村にも何名か潜んでいるはずです」
「…すると、フェリルとレイにリダールの情報を渡した奴は、お主の仲間かもしれんのぅ」
「間違いないと思います。たった1人で半日も経たずに、百体を超えるゴブリンを殲滅して帰って来た若者が、リダールの情報を欲しがっていたと連絡がありました」
「ですが、私がザエルカの話をしたから、リダールには来なくなった…」
「…はい。しかし、その方を当てに出来ずとも仲間は既に百人を超えて居ましたし、ここ数日、街の様子がこれまで以上におかしな様子を見せていたので、時間がないと思い、決起する手筈を進めていたのですが…」
「ですが?」
「急に黒いローブを着た怪しい者達が、あの村にも来て何かをしたのか、村の者達もリダールの住人と同じ様な様子になったのに気付いて、急いでアジトに戻って、地下に身を潜めようとしていた所でしたから…」
「ほう。なら、あの時見かけた奴らは敵だったか…。で、お主の仲間は?」
「分かりません。あの時、私は何かに攻撃されている様な感覚に抗うのに必死でしたので…」
「ところで、ここ最近のリダールが特に怪しかったというのは…?」
「どこからかは分かりませんが、顔や衣服を隠した者達が何人もリダールに大量に何かを持ち込んだり、出入りする様子が確認されていました。俺の持っている情報はこれくらいです」
「ふむ。状況がよろしく無さそうなのは、よぅ分かった。私はレイにこの事を知らせて来る。おぬしは、この近くにいる仲間たちを街の外に集結させろ。但し、私が確認するまで、ベレルには入れるなよ?」
私の指示を聞いたメイルが走り去って行くのを見届けると、ミリーナが口を開いた。
「それで、私は…どうすれば…」
「お主の獲物は?」
武器は何かと訊ねると、弓を空間収納魔法から取り出した。
「私の武器は弓とこの拳です」
ミリーナが手にグローブをつけ、弓を構える。
「なら、コイツと戦ってみよ」
私はゴーレムを土魔法で作った。
「こいつはただの土魔法で作ったゴーレムだ。当然、召喚魔法ではなく、ただゴーレムを象った石の塊じゃから、攻撃もして来ん。何をしても良いから、こいつを壊してみよ」
そう言い残して部屋に戻り、据え付けの椅子に座って収納魔法から文を取り出すと、机に置いてあったペンを取った。




