第一話 決闘の後、転生の記憶
レイが去った後の書斎…
仕事を終えたディールが、メイドの入れた紅茶を飲みながらレイの話を思い返していた。
(あいつは知ってたのか?いや…。確か…、今は王都に…)
レイに渡された紙に文字を書き終え、思い浮かべた相手に送る。
(そろそろ夕食だな)
部屋を出た所で、食事の用意が出来たと告げに来たメイド長のリティアと出会す。
「お食事の用意が出来ました。奥様達も既に食堂でお待ちです。レイ様は…まだお部屋に居られる様ですので、これから呼んで参ります」
会釈をしてレイの部屋に向かおうとするリティアをディールが呼び止めた。
「そう言えば、君の娘はレイと同じくらいの年だったな」
「はい。それが如何されましたか?」
リティアが足を止めて振り返る。
「レイがこの家を出る。多少の身を守る術があるなら、身の周りの世話をしてやってくれないか…とな」
「話をしてみましょう。この屋敷のメイドとして務まるようしっかり躾ておりますので、戦力として考えても大丈夫かと」
「よろしく頼む」
リティアは改めて一礼し、レイを呼びにその場を後にする。
ディールはその背中を少しの間見届けると、食堂へと向かった。
「申し訳ありません。遅くなりました」
リティアさんに起こされて食堂に着いた頃には、既に全員が席に付いていた。
父上と母上、ロキア兄さん、妹のマリダ、メイド長を含めたメイド6人と執事4人が座っている中、父上の隣に座るロキア兄さんの正面に空席があった。
俺がその空席に腰を下ろすと、既に並べられた料理を一斉に皆が料理を食べ始める。
取り止めもない話をしながら、メイドや執事が合間で飲み物を入れに来てくれる。
「さて、私から皆に話しておかねばならんことがある」
頃合いを見て、父上が口を開くと、皆が手を止めて注目する。
「皆も知っている通り、レイからこの家を出たいと申し出があった。今日レイの力を見て問題無いと判断した」
その言葉に、真っ先に母であるリィナが口を開いた。
「心配だわ…。ずっとここにいればいいのに…。なんなら、私が付いて行きましょう。そうね!それがいいわ!」
後半は付いて行く気満々なのか興奮している。
その様子に苦笑いを浮かべる父上を見て、俺が口を開く。
「それは止めてください。父上も困ってます」
俺に止められたリィナが、落胆しているのがはっきり分かる位に肩を落として俯いている。
「でっ…でも、兄様がどこで何をしているのか全く分からない状況も困るのではないですか?」
母上の落胆ぶりが可愛そうになったのか、マリダが助け舟を出す。
「その事なら定期的に顔を出すのと、文を寄越す事は約束させている。それに、此処に何か有れば戻ってくるようにも伝えている」
(まだ落ち込んでいるみたいだけど、母上は少し元気を取り戻したみたいだ)
「それで、出立は?」
「明後日のつもりです。準備もありますし、ちょっと確認しておきたい事もありますから」
ロキア兄さんに尋ねられた俺は、渡された一閃の使い勝手を確認したいのもあってそう答えた。
「なら、明日の昼にでもリティアの家を訪ねなさい。顔合わせをしておく必要があろう?」
父上は一瞬メイド長の方を見てから、もう一度俺の方を見た。
「顔合わせ?誰とですか?」
急な話に、一気に俺は怪訝そうな顔になる。
「そう構えるな。メイド長には娘に旅の供になってもらおうかとな。リィナもその方が安心出来るだろう?」
「えぇ…」と、母上も返事する。
「なんなら、私が…」とか、言ってるのは聞こえなかった事にする。
内心はお断りしたいのは山々だが、無下に断ることも出来ずにどうやって断ろうかと逡巡していると、父上が口を開いた。
「そうだな…。なら、顔合わせの時に腕試しでもしたらどうだ?お前が連れて行けないと思えばそれまでだ」
「それでしたら…」と、渋々了承する。
夕食を終え、その後は皆で泣いて俺にしがみつく母上を宥めたり、激励を受けたりと騒騒しい時間が過ぎて行く…
翌朝。
近くのラダーム大森林で譲り受けた刀を試す為に、魔物討伐に繰り出すつもりでいた。
身支度を終えて腰に刀を下げ、メイドに昼食用の携帯食を貰ってそのまま玄関へと向かう。
「あら?レイ、こんな朝早くに何処に行くの?」
屋敷の外の門まで来ると、母上とマリダが馬車で出ようとしていた。
「大森林で、父上から譲り受けた剣の使い勝手を確認しようかと…」
「その剣…。あまり奥には行かないように。結界を敷いているとはいえ、森が荒れると街に危険があるかも知れません。私とマリダは出掛けて来ます」
一瞬、父上から受け取った刀を見た母上が、何かを考えている様な仕草をした。
「分かってますよ。入り口辺りで使い勝手を確認するだけです」
「なら良いのです。それと、遅くならないようにね」
「分かっています。日が落ちる前には帰って来るつもりです」
それじゃぁ。と、馬車に乗り込む2人を見送る。
街の入り口にある門の辺りで、朝から冒険者向けにやっている屋台で買った焼き串を食べながら山脈の麓にある大森林へと入る。
「やっぱりスライムくらいしかいないか…。なら、ここで一旦あれを試すか」
(魔素変換回路全開…)
髪の色が変わり、白銀の魔力が全身を覆うと、魔力を右手に集中させる。
魔力が集まった右手から白銀色の魔力のロープが現れる。
ちょうど木の向こうにスライムの群れがいるのを見つけて、狙いやすい位置の木の枝に乗る。
1匹、2匹…と、手の動きに合わせて襲い掛かるロープに当たったスライムが、爆散する事もなく触れた瞬間に次々と消失していく。
そんな感じで、スライムの群れを見つけては屠るのを延々繰り返した。
20分位続けてバテてしまい、魔素変換回路全開を解除して近くの木にもたれ掛かって荒くなった息を整える。
(やっぱり魔力の消費が激しいな…)
最後の方は、最初に形作ったロープと比べて遥かに細くなっていた。
訓練すれば周囲の魔素を変換しながら使えるはずなのだが、それをするのがかなり難しい。
例えるなら、右手と左手で全く違うことをしながら計算をしつつ、右足で計算過程をノートに書き、別のノートに左足で答えだけを書くような物だった。
(一旦休憩だな。周囲にスライムすらいないんだし)
ふと、父上に話した事を思い出す。
(素直に伝えておくべきだったかな…)
実は、話した内容は俺の力のごく一部でしか無かった。
この世界に俺を連れてきた自称女神曰く…この力は、始源の祖というらしい。
魔力の源である魔素を直接操作し、分散、結合、収束、変化といった形で作用させる力だ。
この力が一体なんなのか…
魔法とも技能とも異なるのは間違いなかった。
なぜなら、ここに来た時にあの自称女神が〈ギフト〉と呼んだからだ。
恐らく、この世界に生を受けた時点で女神に与えられる事でしか身につけられないモノだろうと認識していた。
そんな事を考えていると急に眠気が襲って来た。
俺は眠気に身を委ねて、少し眠ることにした。
どこの誰だったかなど覚えていない。
薄ら覚えているのは、日本で過ごしていた俺は幼い頃から病気で病院に篭りきりだった。
日がな一日、ベッドから外を見ては景色を眺め、死を待つばかりの毎日…
たまに両親が世話をしに来るのと、隣の病室からわざわざ会いに来てくれる女の子と話をするのだけが楽しみだった。
看護師や医者が俺に同情の眼差しを向ける中、俺に同情せずに話かけてくれた。
あの子がどんな子だったかは、もう覚えていないけど…
そんな日々の中、その日は突然訪れた。
夜中に急に息が出来なくなる…
僅かに苦悶の表情を浮かべる事しか出来ず…
苦しいのに手も足も動かせず…
(あぁ…。母さん…、父さん…、ありがとう。あの子は…元気になってくれるといいな…)
今際の際にそんな事を思いながら、誰に看取られるでもなく、俺は息絶えた…
次に目を開けた時…、何処までも続く真っ白な空間の中にいた。
しばらく歩いてみたが、広がるのはただただ『白』
する事もなく、歩くのも飽きた俺はその場に蹲り、時が過ぎるのを待つ事にした。
時間など分からない。
そもそも時間という概念が存在するのかすら怪しい。
ふと、どこからともなく1人の女性が現れた。
『あらっ?珍しい!お客さんがいるわねぇ。どうやって来たの?』
気配に気付いて顔を上げると、目の前に1人の女性が立っていた。
「気付いたらここにいた」
『普通に来れる場所じゃないはずだけど、何かに引き寄せられたのかしら?』
「さぁ?それより、ここはどこなんだ?いや、ここがどこかなんていいか…。こんな体験してる位だから、輪廻転生ってあるのかもな…。なら、人としてもう一度生きたい。前世では出来なかった…思い通りに身体を動かせるだけでもいいから」
『随分と味気ない望みね〜。そんなのすぐに出来るじゃない。なんなら、今動かせてるわよ?』
「…は死んだ。死んでから身体が動いても意味がない」
『そう?ところで、私は…。記憶を読ませて貰ったけど、ここは貴方の生きていた世界とは異なる世界。この世界の管理者の1人が私。この世界には3人の女神がいるけど、その管理者でもあるわ』
「どうでもいいんだけど…。で、その…とかいう、女神様が俺を転生させてくれるのか?」
『いいわよ?あなたが望むのなら…。ただし、私のお願いも聞いて貰うわよ?』
その言葉を聞いて俺は立ち上がり、女神とやらと相対する。
「いいよ。俺の望みが叶うのなら何でも聞いてやるよ」
『二言は無いわね?私が管理しているこの世界…ラジェールにあなたが生を受けて十数年後?に、大厄災が起きるの。端は魔王、端は戦争。それらを収めて世界を救う。どう?燃える展開でしょ?』
「曖昧な話だな。そもそも、何で先のことが分かる?」
『ほら?私、世界の管理者だし?それに、他の女神と連絡とれなくなちゃったし。面倒な事に、ジジイがこの世界の均衡の為とか言って、色んなの持ち込んだおかげで、このままだと無秩序になった世界が自壊しちゃうの』
「他の管理者は?」
『分かれば苦労しないわ。私達は本来形を持った存在じゃないの。今はあなたと話をする為に、女神の形を作っただけ。私達に干渉したり、消したりなんて普通出来ないわ。ひょっとすると、ジジイがこの世界を放棄したのか、勝手に見切りを付けたのかもね?』
「滅びゆく世界か…」
俺の言葉を聞いた…が、嬉しそうに手を叩く。
『そう!その通り!でも、私も愛着があるの。長いこと目をかけて来たしね〜。このまま私の世界を消されるのは面白くないの』
左手を頬に添えて首を傾げる姿が何となく可愛いかった。
『何?ジッと見つめちゃって。さては、私に惚れたな?あなたに捧げましょうか?この身体は、仮の身体なんですけどね〜』
俺は恥ずかしくなって、そっぽを向くと「良いから、早く本題に入れ」と続きを促す。
「つまり、俺にこの世界を救う勇者にでもなれと?」
『マンガの読みすぎね〜。勇者なんて存在しないわよ?勝手に名乗ったり、縋ったり、祀ったりしてるだけ。でも、魔王がいるという不思議!』
自称女神が、ビシッと音がなりそうな勢いで人差し指を立てる。
こいつ随分キャラ変わったな…と思いつつ、俺は「良いから、早く本題に入れって…」と、再び適当にあしらった。
すると、頬を膨らまして不満顔で『なによー』と抗議してくる。
『で、貴方にはある国の領主貴族の息子として生まれて貰います。国の地理やら何やらは、生まれてから勉強してね?それと、あなたに特別な力を授けましょう』
『エイエイオー』と掛け声を言いながら、手をグーにして突き上げる。
キャラが分からんが、随分緩い管理者だなと思ってしまった。
可愛いとも思ってしまったのは、内緒だ。
「それで?」と俺は話を促した。
『あなたに〈ギフト〉を授けます。その名も始源の祖!凄いのよー?何てたって、魔法を使う魔力の素に直接干渉するんだから。後は、この力を使えるだけのステータスかな?それと、この力を使うのに副産物的な能力が生成されま〜す。その名も…』
と、ここで俺は目を覚ました。
どうやら、昼近くまで寝ていたらしい。
今から更に奥に入ると、リティアさんの所に行けなくなる…と、昼食を取って直ぐに引き返す事にした。