第九話 思わぬ来客
「おかえりなさい。ずいぶん遅かったですね」
屋敷に戻ると、フェリルが屋敷の門の傍で何をする訳でもなく待ってくれていた。
「大きい街だから、ずいぶん道に迷ったよ。この街に入った時にいた衛兵の人に出会ってなかったら、今も店を探してただろうね」
「そうですか。それで、何を買われたんです?」
「魔力伝導率の良さそうなロープと適当な短剣20本と食料、後はポーションをね。と、こんなところで長話もなんだから、部屋に戻ろうか」
そうして、部屋に戻ると
「サイレンス」
「ジャミング」
まるで示し合わせていたかのように、フェリル、俺の順に魔法を発動した。
「さて、これで盗み聞きも盗み見される心配もしなくて済むね」
「そんなに知られたく無いことなんですか?」
俺の徹底ぶりが気になったのか、フェリルが尋ねてきた。
「そのうちバレるだろうけど、出来れば…ってのが本音かな」
「それで、教えていただけるのですか?」
「えーと…魔法って言えば、魔法なんだけど。要は、周囲の環境と同化したって言えばいいのかな?」
「どういう事ですか…?」
フェリルは俺の言いたい事がよく分からないといった目をしながら、話の続きを待っている。
「実際にやった事を言うと、まず自分の魔力を魔素に分解して周囲の魔素と織り交ぜ、属性比率を合わせる。その魔素で自分達を覆って、周囲の環境と完全に同化した様に見せることで周りからは景色として認識される様に仕向けた…。って、感じかな」
「…もはや、人の為せる業ではありませんね。全ての隠蔽魔法の頂点に位置するような魔法ってことですよね?」
「そうとも言えるね。ただ、万能って訳でも無いんだ。魔力を放出するのと、魔力に変換して吸収するのを同時に出来ないから、大量の魔力を一方的に消費するせいであっさり動けなくなるんだよね…」
「でも、特級魔法やら、上級魔法を頻繁に使ってませんでした?」
人差し指を口元に当てながら、小首を傾げるフェリルは可愛かった。
「消費魔力量が比じゃ無いからね。そうだね……例えるなら、魔素の霧に包まれた状態を作り出すと言えばいいかな?しかも、変化する魔素と寸分違わず霧を再構成し続けて周囲と同調しつつ、自分の周りに維持し続けないといけないんだ。この間、ずっと魔力を使い続けるから、前回の時だとザッと特級魔法二十回分位の魔力は使ったよ」
「私としては、レイにそれだけの魔力がある事にも驚きなんですけど…。それで、今回はどうするおつもりですか?」
「そうなんだよね。街の外にわんさかいる魔物を倒してからのダンジョンとなると、さすがに魔力も体力も時間も厳しいし…。北側の門から出て南下するにしてもどっちにしろ時間が足りないし…」
「この街は、ダンジョンが比較的集中している南側と北側を分断する様に壁がありますから、これをさらに迂回するとなると…」
フェリルが言うように、この街には街を囲うようにして円形の防壁が、そこから東西に真っ直ぐ防壁が伸びている。
おかげで、街の外は北側と南側が分断されたようになっていた。
「この街の更に北は王都だからね。不確定要素の多いダンジョンから王都を守る必要があるんだろうね」
「そうだと思います。そういえば、これがダンジョンの情報です」
思い出した様にダンジョンの詳細が書かれた紙束を渡してきた。
俺はそれをパラパラと確認し、そしてうんざりした…
「このダンジョン最下層まで調べきられてないのか…。しかも、深い所になるとかなり強い魔物までいるし…」
「高く買われたのか…、それとも試されているのでしょうか…。ちなみに、最下層はSランクパーティーも到達出来なかったみたいです」
「何故かは聞いたのかい?」
「はい。大きな理由は2つあるようです。1つはそこに至るまでにかなりの労力が必要で、最下層から戻らないといけない事を考えると深い階層まで進むのは危険と判断される事が多いそうです。もうひとつ…これが一番の理由だそうですが、開かない扉があるそうです。その扉をどうやって開けるのか分からないようですね」
フェリルの言葉を聞いて、額に手を当てて大きくため息を吐いた。
「つまり、最も厄介な場所を押し付けられた訳か…」
「あら〜?貴方なら多分大丈夫よ?」
不意に聞こえた声に反応して、俺とフェリルは声のする方…窓の方を向いて臨戦態勢に入る。
が、窓の所に腰掛けて手をひらひらさせながら俺に挨拶する女性の顔を見て、俺は直ぐに警戒を解いた。
「ほら、そこのお嬢さんもそんな怖い顔しないで楽にしてくれない?」
「師が人の悪い事するからですよ…」
「冷たいわね〜。文句なら、貴方の父親に言ってくれる?」
「…どういう事ですか?そもそも、この方はレイの知り合いですか?」
フェリルが警戒したまま俺に尋ねた。
「俺の魔法の師匠…アリアルデ公爵だよ。なんでここにいるかは知らないけど…」
「そういう事。ちなみに、精霊使い《エラメンタラー》なの〜。その子が使う魔法は私と精霊が全部教えたのよ〜?という事で、警戒を解いてくれる?」
「精霊使い《エラメンタラー》なの〜」のところで胸を張りながら、師がエッヘンと両手を腰に当ててポーズを取る。
俺はフェリルの方を向いて呆れた様子を隠しもせずに「こういう人なんだよ…」と言うと、フェリルが警戒を解いた。
「そういう事でしたら…」
「ありがとう。で、何しに来られたのですか?」
フェリルにお礼を言うと、師に向き直って雑に尋ねた。
「あらぁ?ずいぶん冷たくな〜い?私だって、ディールからあなたのピンチ!なんて手紙なんか寄越さなければ、悠々自適に過ごしてたのに〜」
「あぁ。なるほど、父上から加勢してくれみたいな連絡がこれで来たわけですか」
『これ』のところで、紙を取り出してひらひらさせた。
「そういう事〜。あなたが勝手にあいつに渡したからなんだから、邪険にしないで〜」
「それは、失礼しました。で、なんで俺なら大丈夫なんです?」
「だって、あの扉は私やあなたの様な力が無いと開け方なんて分かりようがないもの〜。だから、レイなら行けば開け方分かると思うわよ?」
師の口ぶりが、如何にも扉の向こうに行った事があるように聞こえて尋ねてみることにした。
「ん?という事は、師は行った事があるんですか?」
「あるわよ〜?散歩しに行って、帰って来ただけだけど〜」
「そんな気軽に行くような場所ではないのでは…?」
フェリルが思わずツッコミを入れた。
「ジッとしてるのも飽きちゃって〜」
「なら、師が開け方を教えておけば、最下層も調査されてたんじゃ?」
「聞かれてないもの〜。それに、聞かれても教えないし〜」
「そういえば、師はそういう人でしたね…。で、手伝ってくださるんですか?」
「じゃなきゃ、こんな所に来ないわよ…。レイが来るっていうから楽しみにしてたのに〜。面倒な事に首突っ込んでるって聞いたから来てあげたのよ?」
「王都に行けって、やっぱりそういう事でしたか…。で、手伝ってくれるって何をしてくれるんですか?」
「そうね〜。とりあえず、どうやってダンジョンまで行くつもりなの?」
「今のところ、北側の門を抜けて南下してダンジョンを目指そうかなって考えてます」
「そんなの時間の無駄じゃな〜い?南側の門から抜けて、そのまま目指せば良くない?」
「師はともかく、俺とフェリルはあの数の魔物を相手にしてからのダンジョンはちょっと…」
「ん〜?外の害獣どもなら、私が何とかしてあげるわよ〜。って言っても、道を開けるくらいしかしないから、ダンジョンまで全力で走ってもらうけど〜」
「そんな簡単に出来るのですか…?」
フェリルは師が事もなげにサラッと言うので尋ねた。
「伊達に『悠久の魔女』なんて呼ばれてる訳じゃないわよ〜?それくらいなら、簡単!街ごと消し飛ばしていいのなら尚の事ね〜」
「消し飛ばして良いわけがないでしょう…。じゃぁ、師には、ダンジョンまでの道を切り開いてもらっても良いですか?」
「えぇ。それじゃ〜、明日の朝に南の通行門の所で待ち合わせましょう」
「分かりました。では、そうしましょう」
と、返事を返すともう師の姿はそこには無かった。
「『悠久の魔女』…。確か、何かの本に…」
と、何やら考え事をしているフェリルの横で、俺は明日の準備に取り掛かることにした。
翌朝、支度を終えた俺とフェリルは侯爵と食事をしていた。
「で?この後すぐに出るのかい?」
フォークとスプーンを動かす手を止めて侯爵が尋ねてくる。
俺は、パンのカケラを口に放り込んで咀嚼し終えると返事をする。
「そのつもりです。時間が経つほど状況が悪くなるでしょうし。この街の状況は思っているより危険なのでしょう?」
「さすがに分かるかい?ダンジョンからの資源が取れていないせいで、ほとんどの交易が止まってしまっててね。王都から届く物資しか継続供給出来ていない現状では、物価が上昇する一方でね」
「それにしては、街がいつも通りすぎるのに違和感がありますね。例えば、この食卓の様子とか」
「君がいる間は客人としてもてなしてはいるが、普段は私ももっと質素な物しか食べてないのだよ」
「言っていいものかと悩みますが…。街の方達に危機感が無い事がより危うさを感じますね」
「いやはや。君は、痛い所をついてくるね。皆はこの街が絶対に魔物に攻め落とされる事は無いと信じ切っている。だが、それはあくまでも過去の規模の話であり、今の状況はさらに悪い…」
「その今回も大丈夫だろうという思い込みが、不満を鈍らせているのでしょうね。ですが、この状況が続けば…」
「私もそう思っている。長引けば長引く程、住人たちが状況の悪さが伝わるだろう…。最終的には、暴動が起きる事も想像がつく」
「もしそうなったら、侯爵の騎士たちだけでは抑えられないと思いますが、ギルドの力を借りるんですか?」
「ギルドは魔物討伐に力を貸しても、民衆を抑え込むのに力は貸してくれない。まぁ、私としてもそこは領主が対応すべき領分であって、ギルドがそこに介入すべきではないと考えているがね。ただ、早く手を打たなければ、最悪の事態になり得る」
「だから、俺を最も厳しい所に送り込むのでしょう?」
「済まないとは、思っているよ。ただ、私は君に賭けたのだよ。カンだがね。無事、帰って来てくれれば、最大限の礼はする。だから、力を貸して欲しい」
「まぁ、やれるだけやりますよ」
俺とフェリルは席を立ち、部屋の扉に手を掛けた。
「マナポーションは屋敷のロビーに用意させている。持っていくといい」
背中越しに話しかけてくる侯爵に首だけ向けて、軽く会釈をすると俺達は部屋を後にした。




