プロローグ
※この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空であり、
実在のものとは一切関係ありません。
※主人公の一人称視点で基本的に物語りが進みます
が、主人公不在で話が進む場合があります。
その場合は、話の中心人物の一人称視点で物語が
進みます。
※感想は受け付けますが、感想欄での返信はしておりません。ご了承ください。
※更新予定などは、後書き等を利用して報告させていただきます。
この世界には、ヘルトラード、ディアハ、アステルと呼ばれる三つの大陸がある。
中央に位置するヘルトラード大陸は、その中央にリアルナ王国、北にフォリアル神聖国、南にダンダリアール帝国、東にライラール連合国、西にラズファール共和国によって統治されている。
リアルナ王国領の南に聳え立つアルテール・ユリアル山脈に連なる山々が帝国との事実上の国境線となっていた。
その山脈から王国側に数十キロ程離れた所に、アルバレードという長閑な街がある。
街の中央にある屋敷の外で、俺たち親子は訓練服を纏い、ショートソードを腰に下げて向かい合う。
赤髪中肉中背の青年が…レイ=イスラ=エルディア、つまり、俺である。
俺の向かいに立つガタイの良い長身…、戦士然とした風貌なのに上流階級の気品を持つこの男が、俺の父親…ディール=イスラ=エルディアだ。
「これでやるんですか?」
この世界に転生して15回目の誕生日を迎えた俺は、腰に下げていたショートソードを抜いて父親と対峙する。
「何が問題だ?」
「問題しかありませんよ!」
ショートソードを構えつつも抗議する。
「こちらは魔法も使わんし、手加減してやる」
そう言って、ディールもショートソードを抜いて構える。
「勝ったら約束は守って下さいよ?」
「俺に勝てたら…な」
「これ以上のお喋りは無用」と、言わんばかりにこちらを睨みつけてくる。
一足飛びでディール目掛けてショートソードを突き立てる。
ショートソードを左手に持ち替え、俺の突きを身体を反らせて避けるとそのまま横薙ぎに振った。
俺は着地と同時にしゃがんで避けると、そのまま転がりながら距離を取って、直ぐに体勢を立て直した。
が、その隙をついて間合いを詰めていたディールがショートソードを振り下ろす。
ディールの攻撃をショートソードで払うと、そこからは互いに攻めては守りを繰り返す打ち合いになった。
(このままではこちらが先に体力切れか…)
しばらく打ち合った所で、涼しい顔でこちらの攻撃を防ぐディールを見て、俺は後方に飛んで距離を取った。
「もう終わりか?」
「ここからは魔法も使います」
俺が魔法の詠唱を始めても、ディールは放ってみろと言わんばかりに構えるだけで、攻め込んで来る様子が無かった。
「ウォール!」
俺がしゃがんで地面に手を当てると、ディールの後方と左右を岩の壁が囲む。
特に驚いた様子も無く、剣を構えたまま真っ直ぐ俺を見続けていた。
続け様に無詠唱でエアロバレットを発動させると、圧縮された空気の弾丸がいくつもディールに襲いかかる。
「はぁっ!」
ディールが気合を込めると、ショートソードがぼんやりと光を放つ。
自身に向かって飛んでくる空気の弾丸を、ディールが光を放ったままのショートソードで土の壁を抉り取りながら斬り払った。
「嘘だろ…」
全てのエアロバレットが斬り捨てられた頃、その光景に俺は思わず驚愕の声を洩らした。
「これで終いか?技能を使わんとは言ってないぞ?」
「ならっ!」
今度はさっきの倍以上…数にして三十はあるエアロバレットがディール目掛けて飛び掛かる。
「ブレードスラッシュ!」
飛来するエアロバレット目掛けて、振り抜かれたショートソードから斬撃が二つ、三つと飛んでいく。
斬撃がエアロバレットを切り裂き、ディールに届く頃には三十はあったエアロバレットが僅か三つにまで数を減らしていた。
残ったエアロバレットを切り裂こうと、ディールが斬撃を飛ばした隙を突いて別の魔法を発動する。
「アイシクルランス!」
ディールが残りのエアロバレットを最初と同じように切り払った。
が、その後ろには二つのアイシクルランスが控えていた。
ディールが躊躇うこと無く、片方のアイシクルランスに向かってショートソードを突き出して飛び込むとアイシクルランスの先端に切っ先を当てる。
軌道をわずかに逸らされたアイシクルランスがディールの横を通り過ぎると、ディールを囲んでいた岩の壁に突き刺さった。
アイシクルランスは全部で九つ…。
それも時間差発動するようにしておいた為、ディールが軌道を逸らしたアイシクルランスの後ろには三つ、それらを追いかける様に更に四つがディール目掛けて飛んでいく。
「ふんっ!」
ディールが再び手に力を込めて斬撃を飛ばし、三つのアイシクルランスが破壊される。
更に後方から飛来するアイシクルランスにディールが襲い掛かる。
「させません!」
手を前に突き出して拳を握ると、最後の四つは斬撃で壊される寸前に無数の氷の飛礫になってディールに襲い掛かる。
「むんっ!」
ディールが斬撃を氷の飛礫目掛けて飛ばすと、着地と共に姿勢を屈めて前方に大きく飛び込んだ。
それを好機と見て、ディールに向かって斬りかかったが、ディールのショートソードに受け流されてしまう。
ディールが横薙ぎに切り掛かって来たのを受け止めると、未だ氷の飛礫が降り注ぐディールがいた場所に向かって弾き飛ばされた。
(まずい!)
弾き飛ばされた直後、その事に気づいて咄嗟に魔法の詠唱を始める。
ディールが元いた場所に着地した直後、氷の飛礫に向かってフレイムトルネードを放つ。
魔法の発動前に何発か貰ってしまったが、残りは火の渦に呑まれて消え去った。
「まさか俺の魔法を利用するとは思いませんでしたよ」
ディールに言いながら、回復魔法ヒールでキズを治した。
「全体を見て有利に事を運ぶのは戦いの基本だからな。さて、そろそろ終わりにするぞ?」
ディールがさっきとは違って、ショートソードだけでなく全身から淡い光を放つ程の闘気を纏う。
一方で、俺は全身に魔力を行き渡らせる。
「行きます…」
俺の髪が白銀に変わり、髪色と同色の魔力が覆っていくのを見て、ディールの表情が困惑と驚愕に変化する。
(何だ!?)
冷や汗を額に流しながら、相手の出方を伺うディールは次の瞬間、目の前にいたはずのレイがスーッと消えた事に驚き、次の動作へ移るのが僅かに遅れた。
(どこから来る?!)
ディールが咄嗟に纏っていた闘気を全方位に向けて放出する。
俺は自分の魔力が吹き飛ばされ無いように距離を取りつつ、周囲の魔素を操作して、自分の周囲を超高密度の魔素の膜で覆う。
「そこかっ!」
僅かな魔力の揺らぎを感じたのか、ディールがさっきまで俺がいた場所目掛けて、真っ直ぐ飛び込んだ。
ディールが飛びかかって来る前に、俺は魔素の殻を抜けて背後に回り込み、ディールに向けて高密度の魔力の塊を飛ばす。
俺がいた場所から遠ざかろうと一足飛びで後退したが、着地するか否かのタイミングで予め足に絡めておいた魔力の糸を使った足掛けで着地を妨害する。
ディールがその勢いを利用して転がりながら体勢を立て直した。
が、そこまでだった…
「ここまでです」
ディールの首元にショートソードの刃を突きつける。
ディールは、ゆっくり立ち上がると降参の意思表示にショートソードを地面に投げて両手を上げた。
屋敷に戻って、直ぐにディールの書斎に通された。
「そこのソファに掛けろ」
ディールが自分の椅子に腰を掛け、俺が座ったのを見て、据付の呼び鈴でメイドを呼ぶ。
「話は紅茶を飲みながらとしよう。少し待っていろ」
しばらく待っていると、メイドが俺とディールに紅茶を用意してくれる。
「ハンデ付きとはいえ、私に勝ったからにはお前がここを出る事を許可しよう。条件付き…だがな」
「条件…とは?」
訝しむような表情で問いかけた俺を見て軽く笑うと、ディールが話し始めた。
「そう警戒するな。後継はロキアがいる。先ほどの力を見せられたら惜しいとは思うが…」
「今も帝国がいるとはいえ、ここは平和な場所です。人望のあるロキア兄様の方が治めるのに向いています」
「あぁ。だが、私も貴族である前に1人の父親なのだ。だから、お前にこれを渡しておこう」
ディールが机の下にある何かに触れると、壁の仕掛けが動き出して扉が現れた。
ディールがその扉の奥へ消えると、剣の様な物を持って出て来た。
「持っていけ。当主になった時に、父上から譲り受けたイッセンという剣だ。どこで手に入れたのかも、いつから持っていたのかも知らんがな」
俺は手渡された剣に驚きを隠せなかった。
(日本刀…?!どうして、この世界に日本刀が…?それに、イッセン…一閃か?)
「珍しい物ですね。カタナとか言う物でしょうか?」
「カタナ…というのか?その剣は…。どこでそんな知識を得たのか…。まぁ、良い。それは、お前に渡しておく」
「良いのですか?このような貴重なものを…」
自分の椅子に戻ったディールが、紅茶を一口飲んで「構わん。護身用だ」と言って頷いた。
「さて、条件だが、定期的にこちらに顔を出すか、連絡を寄越せ。お前が元気にしていると分かれば、こちらも安心出来る。それに…そうして貰わんと、リィナがお前に付いて行くだとか、会いに行くだとか言い出して無茶をしかねん」
俺は母であるリィナ=イスラ=エルディアの性格…、俺への溺愛ぶりを頭に思い浮かべて納得させられる。
「分かりました」
俺の返事に頷いたディールが、ここからが本題だと言わんばかりに真面目な顔つきに変わる。
「さて…、お前が見せたあの力は何だ?魔法や私が使った様な専門職の者が成長過程で得る技能でもないな?」
「やっぱり、この話になるか…」と、俺は困った顔をしつつディールに言質を取ることにする。
「この話は如何なる事があろうとここだけの話にして貰えますか?でなければ、お話出来ません」
「約束しよう。が、それほど他者に知られたくないことか?」
「いつかバレるかも知れませんが、知られれば私を狙うものが現れる可能性がありますので」
「話してくれ」
「分かりました。父上の推測通り、魔法でも技能でもありませんが、技能に近いとは思います。私のこの力は技能で魔法を使うような能力です。髪の色が変わったのも、その力で魔力放出した影響です」
その話を聞いたディールは納得していない顔をしていた。
「だが、それでは気配や魔力の痕跡といったものまでは完全に消せまい?どれだけ精緻な魔力感知であろうと決して分かるものでは無い様に感じたが?」
ディールは唯の貴族では無い。
何度も隣国との戦争を経験し、魔物と戦い、生きて功績を挙げ続けた歴戦の猛者なのだ。
隠し切るのは無理だと諦め、素直にこの力の本質を話す事にした。
「人は内包する魔力を脳内の魔力回路に通すことで魔法が使えます。が、私はこの内包する魔力を空気中に存在する魔素と全く同じ比率、属性、魔力強度の魔素に分解、操作することで周囲と完全に同化したのです」
この話を聞いたディールは血相を変え、机を叩いて立ち上がった。
「なに!?なら、お前は全ての属性魔法を使えるどころか、如何なる魔素も自在に操れるというのか?!」
「そういう事になりますね。但し、自身の持つ魔力量以上の事は出来ませんし、未知の魔法は当然使えません」
魔素を自在に操れるのなら、空気中に存在する魔素を利用する事も出来る。
しかし、それを言うと面倒くさい事になりそうだと嘘を混ぜて説明した。
ディールは大きく溜息を吐くと、疲れた様に椅子にドサッと腰を下ろす。
「そうか…。個の魔力量に依存するなら出来ることも限られるだろう。が…、十分に驚異であり、利用価値のある力だ。確かに、知られればいつ誰に狙われるか分かったものでは無いな」
「そう言う事です。ですので、この話は他言無用に願います」
「あぁ。…だが、何かあった時は頼りにさせて貰う」
「ええ。それと連絡の件ですが、師から貰ったこの紙を使いましょう。これなら相手と面識があれば、自由にやり取り出来ます。父上なら無くなってもすぐに手に入れられるし、使い方も知っているでしょう?」
「いつの間にこんな物を…、皆にも渡しておこう。これから私はする事がある。続きは夕食の時にでも話そう」
俺は、紅茶を飲み干してディールに一礼し、渡された刀を持って部屋を後にした。
ディールの書斎を出て自室に入ると、俺はベッドに横になった。
(やっぱり燃費に難有りだな。まぁ、最初は使えば、指一本動かせなかったのを思えばまだ…)
そうして、俺は夕食が出来たとメイドに起こされるまで深い眠りについた。