ノーチートオブゴッド 〜世界は君に託された〜
勇者がチートになって、魔王がチートになって、村人がチートになって、スライムがチートになる国…日本。世の中チート能力が当たり前となり、今じゃノーチートの方が珍しいくらいで、逆にノーチートがステータスになった国…日本。
また、異世界からの転生者、転移者も多く、世界の均衡が崩れ、もう何が何だか分からなくなってしまっている惑星…地球で、また一人、異世界から転移して来た者がいた。
彼の名前は『モブ・モッブス』と言う。まさに『モブ』で人生を終える為に生まれてきたような存在であり、突出した才能も無ければ、イケメンでも無い。中肉中背、可もなく不可もなく、一度目にすれば忘れ去られてしまいそうな程のモブっぷり。RPGでいう「やあ!」とか「おはよう!」とか「ここは〇〇の村だよ」とか言いそうなくらいのモブだ。
そんな彼が日本に転移されたのは、ある理由があっての事なのだが、そんな理由なんて知らないモブは、眼前に広がるSF映画宜しくな機械に、ただ腰を抜かしていた。
『やあ。ご機嫌はどうかね』
声の主を探して、無機質な四角いこの部屋を見回してみると、頭上に小さなスピーカーがあり、声はそこから発信されているようだ。
「こんにちは!…ここは最北の村です!」
もう一度言おう。
彼の名前は『モブ・モッブス』だ。
『そうか。万全という事だな』
「毒の沼地は危険だぞ!」
モブであり、モブという言葉を体で現す程のモブだ。
『君にやって欲しい事があって、日本に来て貰った。頼めるかね?』
「国王陛下万歳!勇者様万歳!」
『やってくれないのなら、元の世界には返せないが…どうする?』
「樽や壺は…持ち上げて壊せるぞ!メニュー画面で確認しよう」
皆さんには、この二人の会話がまるっきり噛み合っていないと思うだろう。寧ろ、この偉そうなおっさんが強引に話を進めているように見えても致し方無い。
だが、思い出して欲しい。
この国は、どんな国だったのか、を。
もう一度だけ、この日本がどんな国になっているのかを、要点だけお伝えしようと思う。
チートが統治し、チートが当たり前となり、チートである事が当たり前の国。それが、今、君が触れている物語の中にある地球という星にある『日本』という国だ。
では、先程の会話を、偉そうなおっさん視点でもう一度再生してみたいと思う。
* * *
「やあ、ご機嫌はどうかね?」
『悪くはないけど…此処は何処ですか…?』
「そうか、万全という事だな」
『ここはどこだよ!』
「君にやって欲しい事があって、日本に来て貰った。頼めるかね?」
『強引過ぎるだろ!やるわけないだろ!』
「やってくれないのなら、元の世界には返せないが…どうする?」
『分かった…やればいいんだろ。何をすればいいんだよ』
───と、こういう会話がされていたのだ。
では、何故このおっさんにはモブの言葉がちゃんと理解出来たかと言うと、このおっさんは『言葉の理解力』というチート能力を持っているからである。つまり、相手が英語だろうがスペイン語だろうがドイツ語だろうが、関係無く意思疎通が可能という事だ。それは『モブ語』も当然理解出来て、モブともちゃんと意思の疎通が出来ている。
「然し、これでは不便だな。田中。能力で良い物を作ってくれないか?」
田中と呼ばれた男も、もちろんチート能力を持っている。ごく一般的な名前だからって侮ってはいけない。それは全国にいる田中さんに失礼だから、絶対に侮ってはならない。寧ろ、この世界での『田中』という苗字はかなり珍しい苗字なのだ。だから、田中さん。安心して下さい。田中さんの親族及び、田中さん方はこの世界では大変貴重な存在です。
そして、その大変貴重な苗字を持つ、この世界の『田中』は、『ある程度の物なら無から創造して作り出せる』という能力を持っている。『ある程度の物』という、何だかふわっとした説明だが、このラインは田中本人もまだ把握出来ていないのだ。
「分かりましたよ…結構疲れるんですからね?」
そう言うと、田中は両手を皿のようにして前に突き出し、頭の中で『創造』する。すると、徐々に『ソレ』が形を成して、掌の中に現れた。形はネックレスのようだが、まるで、某『超磁力肩凝り改善ネックレス』に似ている。
「失敗したか…」
偉そうなおっさんが落胆の声を出す。然し田中は「いや、成功ですぜ?」と自信満々だ。
「これを着ければ、アイツが話す言葉全てが相手の知ってる言語になる…名付けて…〝モブリンガル〟!!」
言っておくが、某犬の言葉が分かるアレとは全く関係無く、完全オリジナルの『ネックレス』なので、某犬の言葉が分かるアレを作ってる会社とは無関係である事を、ここに声明しておく。
「モブリンガル…ほう。では、それを彼に着けてあげてくれ…佐藤」
「はーい、かしこまりでーす」
もうここまで読み進めたアナタなら分かっていると思うが、佐藤も(以下同文)である。佐藤の能力は『物質を瞬間移動させる』チート能力だ。『物質』なら全て移動可能…だが、『自分が持てないような物』はNGらしい。
田中は佐藤にモブリンガルを渡すと、佐藤はモブリンガルを「えい!」と宙に放り投げた。すると、瞬間にしてモブリンガルはモブの首に装着されたのである。
『な、なんだこれ!?』
モブがいる部屋のマイクがモブの声を拾い、おっさん達のいる部屋のスピーカーが拾う。
「成功だな。田中、佐藤。よくやったぞ」
「まあ、これも〝アレ〟の為だしな」
「そーだね。〝アレ〟の為だしー」
「そうか。きっと成功させられるだろう…彼なら」
二人は自動ドアから出て行った。
『おい!僕に何をさせる気なんだ!』
モブが部屋で騒いでいる。
「君には…この世界の神になってもらいたい」
『……は?』
この世界はチートで溢れている。
つまり、チート能力者が二人以上揃えば、神をも恐れぬ力を発動させる事も可能なのだ。だが、それは神の意思に反する行為であり、日本でも禁止されている。故に、『二人が同じ目的で、同時にチート能力を発動させる事は禁止』なのだ。だから、先程おっさんは佐藤と田中に、それぞれ違うタイミングで、能力を発動させた…という事だ。
『神って…そんなの僕がなれるはずないだろう!?』
「いや。君にしかなれないんだ…モブ神には」
『おい…あんた僕を馬鹿にしてるだろう…』
「愚か者!モブとはこの世界において、最高の褒め言葉であり、最高のステータスだぞ!寧ろ、ノーチートである君は、この世界で君だけだ!誇っていいのだぞ!?」
『ふざけんな!僕はモブじゃない!』
「君こそ、この世界のモブだ!!」
『僕はモブだけどモブじゃなーいッ!!』
こうして、モブ・モッブスは、この国、日本でモブ神になる為、モブとしての生活を余儀なくされたのだ。
そして、彼は数年の年月を経て、ついに『モブ神』として日本に君臨する事になった。そして、ノーチートである彼が行ったモブ的な奇跡、それが……
ここまで読んだ聡明なアナタなら、きっと分かるだろう。モブ神が行った『モブ的な奇跡』の正体を。
───え?分からない?
なら、最後にヒントを一つだけ出そう。
君が住んでいる国に、チート能力者はいるかな?
【完】
こんな下らない小説を読んで頂きまして、本当にありがとうございます!
この物語は私が『活動報告』に書いた『ノーチート』という言葉を派生させた物語なのですが…言っておきますがこの作品は『異世界チート系』のアンチテーゼではありません。そこだけは勘違いしないで頂きたいです!
あくまでモブを主人公にしたかった…というだけのお話です(笑)
そして、この物語はフィクションです。
実在する人の名前や、物など、一切関係性は御座いませんので、ご了承ください。