秋の夜長、カメラロールをめくる僕ら
秋の夜長、眠れない夜に携帯のカメラロールをめくるっている。元来、こまめに写真を整理するタイプの私だ。SNSに投稿したら、写真なんてほとんど消してしまう。あまり思い出にこだわりがないのかもしれない。同世代の女子の中では比較的携帯の写真機能をほとんど使わない上にこまめに写真を整理するのであまり写真も入っていない。
一番最初には、料理のレシピのスクリーンショットだ。一人暮らしを始めて半年経ったか経たないかという私にとって、ネット上にあるレシピは結構重宝した。まあ、このスクリーンショットもすでに一ヶ月も前のものだが。最近はアルバイトが忙しくて自炊もめっきり減った。
次にはずっと欲しいと思っていた傘の画像だ。もう、売り切れてしまったが。これはもういらない画像なので消しておこう。
三枚目は実家の犬の写真。一人娘が大学進学に伴い一人暮らしを始めたことが寂しいのか、母はたびたびこうして写真を送ってくる。しかしその中で保存したことがある写真はこの一枚のみだったはず。これはもう三ヶ月半も前のものだ。
さらにめくると満開の桜の写真が出てくる。バイト帰りに見た夜桜が立派だったので、写真に撮ったものだ。
その次は卒業式後の打ち上げの時の集合写真。懐かしい顔ぶれを見て、思わず顔が緩む。
そのさらに次は、卒業式に後輩含めた部活のメンバーでの集合写真。友達と並んでピースをした私の後ろに、苦手だった後輩の柊 冬花がべったりと張り付いているのを見つけて顔をしかめた。
後輩が苦手だったのは、理由がある。高校三年の時のバレンタインにクラスメイトと部活のみんなにチョコレートを配ったのだ。簡単な、生チョコだったけれど。その時に後輩と少しやりとりをして、それ以降苦手になったのだ。
「ねえねえ、先輩。先輩は今日チョコレート渡した人の中に好きな人とかいるんですか?」
その後輩は、にやにやとした笑顔でそう尋ねた。こういう、女子的なノリの恋バナは苦手だ。何もかも赤裸々に話さないと許されない雰囲気が、嫌でたまらない。
ぶっちゃけ、いなかった。その頃にはとっくに大好きだった彼氏とも別れていて、でもその人以外好きになれる気もなかった。素直にいないと言っても、どうせ「本当ははいるんじゃないんですかー?」などとしつこく聞かれて面倒な思いをするに違いないと予測したので適当な答えをした。
「うん、いるよ。私、みんながだいすき」
そう言うと、後輩は先ほどまでの笑顔を消して私を言葉で刺した。
「私、先輩のそういう八方美人なとこ、嫌いです」
なぜ怒られたのか意味がよくわからないまま、私は卒業した。少しの不愉快な気持ちに苛まれながら、次の写真へとロールをめくる。
その次の写真は、高校時代の彼氏の寝顔の写真。学校の机に顔を伏せてぐっすりと眠っている。ずっと部活ばっかりで構ってくれなかったとかなんとか言って別れを切り出したのは私なのに、今も未練タラタラで写真を消すことも出来なかった。しかしそれ以上元カレの写真を見る気にもならずカメラロールを閉じる。
そこで、インターフォンが鳴る。こんな夜中に誰だ、無視だ無視。そしたら今度は携帯に新着通知が。柊 冬花からのメッセージ。
先輩、家出しちゃいました
家の前にいるの、私です。助けて
なんで頼る相手が、そんなに親しくもなかった私なんだ。しかし八方美人な私は困っている後輩を拒むこともできず、単身者用の安アパートの扉を開くのである。
扉の向こうには懐かしい聖徳学園のセーラー服を纏ったままの柊が立っている。
「柊、制服のままじゃん。よく補導されなかったね」
「いや、警察官には声かけられたんですけど、塾の帰りだって言い張って逃げてきました」
あっけらかんとそう答えた柊に私は呆れた。もう、警察官に声かけられたら素直に帰りなよ、と。今年のあんたは受験生なんだから。
「早速なんですけど、寝かせてもらっていいですか?明日も朝練あるし、何より私、眠くて眠くて......」
と勝手に私の布団に潜り込む。あ、あったかいなどとほざきながら。
「マイペースか?床で寝な、床で。押しかけてきた分際で生意気なんだよ」
「いいじゃないですか、一緒に寝ましょうよ」
この後輩の、強引なところが苦手だった。私が断れない性格なのを見越してわざと強引に振る舞うところがすこし、苦手だった。
布団に引きずりこまれて、私は渋々女と布団を同じくした。私も明日の講義は一限目からだ。そろそろ寝たい。疲労がいい感じにわたしを眠りへと誘った。
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目が覚めた時にはもう、あの後輩はいなかった。代わりに私の携帯には新着通知があり、写真が送信されている。その写真を見ると、私の寝顔が。口が少し開いていて、だらしない。
消せ、と簡潔に送信すると返信が来る。カメラロール見てください、と。完全に私の指示は無視していて、生意気なやつめと眉をひそめる。
カメラロールを開くと、私が寝ている隣でピースをしている後輩の写真がある。アホ、とだけ返信をして、私はその写真をなぜか消さなかった。
アホの後輩が、夏実さんの家また泊まりに行っていいですか?今度は晩御飯も一緒しましょ、と送信してくる。私は返事をしなかった。どうせどう答えてもあの子は押しかけてくるのだろう。
なぜだろう。最近、縁がなかった恋の予感がする。これからはカメラロールの中身も充実してくるかもしれない。