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ヨコバイガラガラヘビから始まる冒険譚

異世界、行っちゃいます。

 異世界であっても星空は何一つとして変わる事が無いらしい。

 有り得ないだろうという野暮なツッコミは飲み込んで、僕は現状の確認をする事にした。


  曰く、僕は蛇に噛まれて死んだらしい。

 記憶を辿っても蛇などどこにも居なかったが、末期の記憶の中の僕は、激痛の中もんどりうって這いずり回っていた気もする。恐らく寝ている内に噛まれたのだろう。やはり単身でのサハラ横断は、中々に厳しいものらしい。もう少しだったんだけどなぁ。あな口惜しや。


 曰く、僕ほどの『資源』で何も為さぬまま、只無為に破棄するのは管理者として誠に遺憾だそうだ。

  勝手に僕を資源扱いした何某かに少々腹も立ったが、要するにもう一度僕にチャンスを与えてくれるらしいので黙っていた。それにしても偉そうな奴だったな。


  曰く、僕は違う世界で第二の人生を送り、その世界で自分を崇め奉る宗教を興して欲しいらしい。

 いやいや、無理だろう。そんなカルト教団じみたモノを作れるような人間なら、僕は今頃日本で外車を乗り回してそれはそれは愉快な人生を送っていただろうし、そもそも蛇に噛まれて死ぬような間抜けな終わり方は間違いなくしていない。

 そうはならなかったから僕は砂漠で一人野垂れ死んだ訳で、つまりこんな依頼はこなせっこないと言う事を熱弁すると、彼――彼女か? まあとにかく、あいつは僕に対して「出来ないのならばこの話は無しだ」とのたまった。何だこの悪質な二者択一はと思いながらも、そう言われてしまうと諦めて布教をするしかない。上手くいくかは知らないけれど、降って湧いたチャンスなのだ。乗らない手は無かった。


 果たして僕はこの異世界にて神の御業を体現する宣教師となった訳である。状況確認、終了!


 次はこれからの行動方針だが、はて、一体どうしたものやら。

 言語が通じない状況には、まあ多少慣れっこだが、事前情報無しで現地人と関わるのは流石に勘弁願いたかった。僕は何度かコレで痛い目を見た事があるからだ。詳しくは割愛するが、とにかく生活様式も分からないような場所に土足で入り込むのは色々と危険があるのだ。

  郷に入っては郷に従え。良い言葉だ。流石、僕たちの先祖は良い事を言う。

  何はともあれ、リサーチが必要だ。


 (……おい)

  ……何か聞こえた気がする。幻聴か?

 (私だ。貴様をそこに送った存在だ)

  ははぁ、幻聴かと思われたそれは、どうやら僕の”カミサマ”らしい。

 (……何だ、そのカミサマというのは)

  なるほど。僕の”カミサマ”は、僕の思考を読めるようだ。

(そうだ。私は貴様の頭を自由に覗く事が出来る)

  え、滅茶苦茶恥ずかしくないですか、それ。カミサマ、そんなえげつない事はやめて下さい。

 (やめても良いが、困るのは貴様の方だろう)

 と言うと?

  (貴様はこの世界の右も左も分からぬままに、布教活動をするつもりか?)

 言われてみればその通りだ。

 (因みに言っておくと、言語の問題は心配せずとも良い。私が憑いている限り、未知の言語は自動的に貴様の母国語に変換される)

 何だその超凄い力は。流石僕のカミサマだ。これなら現地民とも円滑にコミュニケーションを図れる筈だ。

  (……貴様はボディーランゲージのみで私を布教するつもりだったのか?)

  いざとなれば。まあ、よく分からない民族のドが三つ付くほどマイナーな言語でも一年程で習得出来たし、何とか出来た気もするが。

  (あとはそうだな……貴様に授けた神通力の話だ)

  神通力!? カミサマ、そんな摩訶不思議なモノまで僕に授けやがったのか!? 正直、ありがた迷惑だぞ!

  (ふむ、敬意が足らんな)


  瞬間、僕の頭部に激痛が奔った。それはもう、末期の僕が感じていた痛みに伍する程の痛みだ。正直ちょっとおしっこが漏れてしまった。

  (……分かったか?)

  何が分かったかだ悪徳管理者め何も分かる訳ないだろクソッタレ分かった事と言ったらお前のその腐った性根だけあだだだだだだだ止めて下さいごめんなさいカミサマ僕が悪かったですどうか哀れで愚かな僕を救ってください。

 (分かれば宜しい)

  満足そうなカミサマの声を聞いて安堵しつつ、僕は同時にとてつもなくブルーな気分になっていた。当然だ、これから僕は常に思考を検閲されながら人生を送る羽目になったのだ。幾ら僕ほどの敬虔な殉教者であっても、考えている事までカミサマに見られているというのは相当苦痛である。というか不敬な事を考えた時点でこれというのは、かなりクるものがある。

  (安心せい。私が貴様に話しかける事等そうはない。行動は常に見ておるが、思考まで見るのは”神託”の時だけだ)

  神託、オラクル、言い方は何でもいいが、そんなものまで授けられてしまうのか。いよいよ本物の宣教者の仲間入りだ。気が重いったらありゃしない。

 (……まあ、良い。貴様が義務を果たすのなら)

 そう言ってくれるなら何よりです。そろそろお話を進めましょう。

 (その通りだ。貴様らの時間は有限。有意義に使うべきだ)

  そう僕に語りかけたカミサマは、この世界の大まかな説明をしてくれた。



  カミサマ曰く、この惑星は現地民の言葉ではエーラ・エテルネ。永遠の輝きという意味の名前らしい。フランス語に良く似ているが、偶々だそうだ。そんな偶々あるか? と思ったが、そういうものらしいので納得するしかないらしい。


 カミサマ曰く、僕が今立っている大地はテンペステラ大陸だそうだ。次はイタリア語か。

 それにしても、嵐の星か。実に物騒な名前だ。そんなに厳しい気候にも思えないが、まあ現地民がそんな名前を付けるという事はそれなりの理由があるのだろう。気をつけておくに越した事はないな。


  カミサマ曰く、この惑星には魔法が存在するらしい。どうにも、尋常ではない鍛錬と研究を経た者よってしか行使出来ないという使い勝手の悪い技術にも関わらず、出来る事と言えば精々が「指先から火を灯す」だとか「球体を宙に浮かべる」といった三流マジシャンが言うところの「種も仕掛けもございません」なアレ程度らしい。

  なんじゃそりゃ。使う奴いんのか。



 (さて、差し当たっての盤上の説明は以上だ。次に貴様に授けた神通力だが……)

  出たよ神通力。余計なモン渡しやがって。

  (余計な物ではない。これが無ければ貴様、死ぬぞ?)


  ……は?

  (神通力を授けたのは何も見世物にする為だけではない。貴様がこの星で生きていく上で……いや、違うな。我々がこのゲームに勝つ為に必要だからだ)

  ゲーム? つまり何か、僕はカミサマに乗せられて、ゲームの世界に入り込んでしまったという訳か?

  (違う、違うが……まあ、説明は追々しよう)

  差し迫って必要な説明じゃないなら別に構わないけど、それにしてもなんだかキナ臭い感じがぷんぷんとしてきたぞ。大丈夫か、僕のセカンドライフ。


  (とにかくだ、貴様には三つほど神通力を授けた。一つずつ説明するのはこちらとしても億劫なので、道中適当に訊け)

 ここまで引っ張っといて説明無しなのかよ。まあ良いけど。

  さて、この感じだとカミサマの”神託”とやらもこの辺で終わりなのだろう。チュートリアルとしては不親切を通り越して悪意すら感じられるレベルだったが、死んだにも関わらずもう一度冒険出来るなら文句の一つもあろう筈が無い。


 さて、それでは行きましょう。見た事も聞いた事もない、見果てぬ果てを見る旅へ。


  「あ、ついでに布教しないとな」

 「ついでとは何だ、ついでとは」

  「へ?」


  思わず振り返ると、そこには純白の少女が立っていた。

  髪は白く、肌は白く、服まで白い、穢れを知らぬ、白一色。

  幼い顔に浮かぶ表情は尊大そのもの。身に纏った白い外套を風にたなびかせながら、少女は鼻白んだような胡乱げな瞳でこちらを見つめていた。

  「え、誰。もしかしてカミサマ?」

  「いかにもその通り……と言いたいところだが、残念ながら違う。そうさな……あー、我はあのお方の触覚のようなものじゃ。分かったか?」

  いや、全然分からん。


  「……なんとか言ったらどうだ、木偶の坊」

 「あぁ、触覚さんは僕の心読めないのね」

  「我におぬしの心を読む力は無い」

 「なるほど。じゃあ君はゲームで言うとお助けキャラって訳だ」

  「なんのことやらさっぱり分からぬが、お助けというのは間違っておらん。我はおぬしの道中を導く存在として受肉しておる」

  受肉ってまた大層な。……受肉?

  「思い当たったようじゃの。おぬしはこれから、救世主たる我の導きの元、この大陸に我の教えを広めるのじゃ」

  なるほど、つまりこの子は神の子という訳か。中々良い設定だ。お助けキャラに神様属性を付けて登場人物を減らしたという事か。

  これで教義を考えるだとか御神体がどうとかそういう煩わしい問題は全て解決だ。その代わりこれから僕はこのやたらと美人さんな女の子と二人旅をする、と。

  ……どちらかと言うと一人の方が気楽で良かったなぁ……。


  「さて、状況確認はそろそろ終わりじゃ。最後に一つ」

  「なに?」

  「おぬし、名は?」

 「旅河拓斗。花も恥らう十八歳の乙女です」

 「ふむ。今生でもその名を名乗るのか?」

 そうか、別に今まで通りの名前を使う必要もないか。別にこの名前が嫌いという訳でもないけれど、折角生まれ変わったのだ。心機一転別の名前でやり直すというのもアリかもしれない。


  「じゃあ、触覚さんが決めてよ。出来ればカッコいい名前で頼むね」

 「そうさな。タビカワタクト、略してタビトでどうじゃ」

 少し考えた後、触覚さんは、どや! と言わんばかりに自信満々な顔をして僕に向き直った。

 「タビトか。カッコいいね」

  「そうじゃろうそうじゃろう」

 少し短めの白い髪を大きく揺らしながら、満足気に頷く触覚さん。

  そんな彼女に「ネーミングセンス無いね」等とは、口が裂けても言えなかった。


  「ところで触覚さん。十八歳の乙女って所にはツッコんでくれないの?」

 「ほよ? どこからどう見てもおぬしは女じゃろ?」

  「は?」

  思わず突っ立ったまま、自分の体をまじまじと見る。


  髪。長い。しかも頭が動く度何かが背中に当たっている。

 手。なんだかぷにぷにしている。もみじみたいだ。

  足。見えない。見えない?

 胴体。何やら胸の辺りにかなりご立派な膨らみがある。膨らみって何だ。おっぱいだ。おっぱいって何だ。女の子の胸だ。



  そう、つまり僕は女の子だった。



 「いやいやいや待ってちょっと待ってめっちゃ待って何だこれ何時の間に僕女の子になっちゃってんの?」

  思えば声の調子もおかしかった。異世界だからかなと思って流していたが、明らかに今の僕の声は男の声ではなく、女の子の少し低めなハスキーボイスだ。


 「何時の間にも何も、おぬしがこの世界に受肉して此の方、おぬしが男だった瞬間なぞ一度も無かったぞ?」

  「そりゃそうでしょコロコロ男になったり女になったりしてたらそいつはナメクジか呪泉郷帰りの武術家のどっちかだ」

  「だー! 意味の分からぬ事を喚き立てるな! 見苦しいぞ!」

 「見苦しいどころの騒ぎじゃないだろこれ! いつの間にか性別変わってるんだぞこっちは! 少しはこっちの気持ちも汲み取れ!!」

  「器の小さい奴じゃの。性別なぞ些細な問題じゃ。気にするな」


  恐ろしい暴論だ。生まれて此の方男だった人間がいきなり女になったのだ。しかも童貞を卒業しないまま。

 「クソ……。すまない相棒。お前の『鞘』はついぞ見つからず仕舞いだった……」

  「何をぶつぶつ言っておる。さっさと行くぞ。目的地は決まっておるのだ」

  いや、そりゃぶつぶつ言うだろ。どうすんだよ、これから。一生僕は女のままなのか?


 「そうだ。触覚さん、この世界の魔法って、性転換とか出来るの?」

  カミサマの話では三流マジック程度の事しか出来ないらしいが、最早それしか頼る手立ては無い。文明レベルによっては手術でどうにかなるかもしれないが、布教だの神通力だの言ってる時点でこの線は絶望的だ。

 「はてな、この世に数人しかおらぬという『あーくめいじ』とやらなら何とかなるのではないか?」

  それよりさっさとしろと言わんばかりの顔で放たれた乱雑な言葉で、僕の中に希望が生まれた。もしかしたらワンチャン、男に戻れるかもしれない。というか、もうこれに賭けるしか道は無い。


  とりあえずの行動方針は決まった。

 まずは男に戻る為、あーくめいじとやらを探す。道中で冒険する。気が向いた時についでで布教活動も一応する。これで決まりだ。



  行くぞ新世界。待ってろあーくめいじ。僕は必ず、本懐果たして男に戻るぞ。


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