第7話 魔法の使えない大賢者
刺激臭で目を覚ました。
「……またか」
おれは麗らかな朝の日射しに目を細めながら、自分の寝室を出て実験室に向かった。
ドアをゴンゴンと強めにノックする。
「おーい、クルミー。もう朝だぞー」
少しの間の後、ドアが開いて、クルミがのっそりと現れる。
「おはよう、ローダン……ふぁぁ」
「また徹夜かよ」
「新しい調合パターンを思いついて、気付いたら……」
研究に没頭すると寝食って概念がすっかり抜け落ちるところまでサルビアから受け継いでやがる。
今まで一人でどうやって生きてきたんだ。
「ちょっと寝とけ。朝飯作っといてやるから」
「ん……そうしゅる……」
初日の教育も相まって、普段は男に対して警戒心剥き出しのクルミだが、徹夜明けは例外だった。
ふらふらと寝室に入っていくクルミを見送ってから、おれは炊事場に向かう。
クルミとの二人暮らしも、ずいぶん板についたものだ。
最初はあんなに大騒ぎしてたってのにな。
おれがこっちの世界に戻ってきてから、2週間ほどが経っていた。
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オークの村――《リターナ村》というらしい――では、おれは何でも屋のようなことをやっていた。
「原初の勇者様、畑を手伝っていただけますか!?」
「ローダン先生、屋根の修理を――」
「ローダンの兄貴、外獣の巣を潰しに行きましょうや!」
……宴の日、村の若い衆を片っ端から投げ飛ばしたあのときから、妙に一目置かれちまって、気付いたらこんな状態だった。
オークたち魔族にとっちゃ、おれは王様を殺した仇のはずだ。
が、さすがに100年も経っちまうと、どんな歴史も御伽噺になるらしい。
今のオークたちにとっちゃ、勇者も魔王もお話に出てくる登場人物。
だからおれのことも、敬意をもって接してはくれるが、特段憎んでいるってことはなさそうだった。
そんなわけで、村人たちは遠慮容赦なくおれに頼み事をしまくり、おれもそれを聞きまくった。
そのうち、それが仕事みたいな感じになり、今に至るってわけだ。
報酬は主に食べ物だ。
リターナ村は他の村や町とはほとんど交流がないらしく、貨幣をほぼ持たずに自給自足で暮らしている。
だから、村内での取引は、主に物々交換で行われるのだ。
外部との交流を制限するのも、サルビアの発案だそうだ。
勇者と魔王が決戦を行った聖地を守るためには、できる限り権力と距離を置くべきだ――という考えらしい。
村人からの頼みを引き受ける以外にも、クルミの仕事についていったりもする。
賢者である彼女の仕事は、その知恵を村のために役立てることだ。
具体的には、病気の村人に薬を処方したり、外獣の様子を調べて駆除計画を考えたり。
……なのだが。
「……これは過労ですね。滋養強壮のお薬を――」
「ああ、そうかい。だったらオムロさんとこのサミラちゃんに回復魔法使ってもらうよ」
「……あ、はい……」
外獣の駆除計画を立ててみても、
「あーっ、めんどくせえッ!!」
「レベルを上げて物理で殴ろうぜ!!」
「今までそれでやってきたしな!!」
「行くぞ野郎どもーッ!!」
「「「おおおおーッ!!」」」
……若い衆はクルミの言うことなんてほとんど聞かずに、レベルに任せた蹂躙を始めてしまう。
「もっと楽に勝てるのに……どうして聞いてくれないのぉ……」
クルミはいつも、涙目で取り残されてばかりだった。
……うーむ。
宴の相撲のときも思ったが、いくらなんでも脳筋すぎやしないか。
オークだから、と言われればそれまでだが、他にも要因があるように思えた。
例えば、かつての仲間、女傭兵のランドラもそれはひどい脳筋だったが、決して無茶はしない奴だった。
突撃するにしても、ちゃんと敵の力量を見極めてから行動する程度の知能は持ち合わせていたのだ。
ところが、この村のオークたちはそれすらしない。
どうしてなのか――と考えてみたが、答えは一つしか思い浮かばなかった。
《ローダンの加護》。
今の世界では《加護》によって強さが可視化される。
便利な部分ももちろんあるが、危ない面も同じくらいあるんじゃないかと、おれは思っていた。
オークの若い衆がいい例だ。
強さが可視化される。
自分の方が強いのか、相手の方が強いのか、《能力分析》スキル一発ですぐにわかってしまう。
――だから、思考が停止する。
仕方のない話だ。
あいつらは、戦力の分析なんて必要のない環境で育ってきたんだから。
相手を見るということを知らない。
見るとしても、レベルやステータスしか見ない。
だから戦術をろくに考えもせずに突っ込んでいってしまう……。
……それにしても考えるということをしなさすぎだろとは思うが、これは由々しき問題だった。
なんとなれば、オークたちは戦術どころか、戦法すら考えたことがないようなのだ。
「どうにかしないとな……」
主な敵が知性の希薄な外獣だから大した問題になっていないが、今に手痛いしっぺ返しを喰らうはずだ。
何より――
「……やっぱり、『賢者もどき』の言うことなんて……」
《加護》について教えてもらったときに見た、クルミのステータスを思い出す。
『4G』と馬鹿にされて、声を震わせていた彼女を思い出す。
否定しなきゃならない。
ステータスなんてわけのわからないものだけで、クルミの価値が全部否定されるなんてこと、あるわけがない、と。
絶対に。