第6話 こじらせ処女は魔王より強し
「へ、部屋はそこが空いてるから、あ、明日から使って……い、今は散らかってるから……」
「ああ。……うお、酷いな。明日は大掃除か」
「う、うん。そうだね。うん……」
……家に戻ってきてからというもの、クルミが挙動不審だった。
しきりに前髪の先を指でいじり、おれの方をチラッと見てはすぐに逸らす。
酒が残っているのか、顔も心なしか赤かった。
「あ、あの……身体、拭いてきてもいい?」
「汗掻いたよな。この家って風呂はあるのか?」
「裏の方に……でも、その、今日は……」
「ああ、いいっていいって。今日はもう遅いだろ」
「う、うん。じゃ、じゃあすぐ支度してくるから! 待ってて!」
ぱたぱたとクルミは部屋に入っていく。
閉じたドアを見ながら、おれはうーんと考えた。
……なんか覚えがあるんだよな、あの雰囲気。
なんだっけか……ああ、そうだ、ランドラだ。
ランドラがあんな空気を出してたことがあって……あれっていつだっけ?
「お、お待たせっ!」
部屋から出てきたクルミは、寝間着に着替えていた。
薄手の生地でできた寝間着で、クルミの曲線的な身体のラインを強く際立たせている。
……気のせいか?
胸の、先端の辺りが、ちょっとだけ、出っ張っているような……。
「そ、それ、じゃあ……」
クルミの怪しい雰囲気が、途端に気になってきた。
「…………部屋、入る?」
「へっ?」
ちらっとこっちを見ながら放たれたクルミの発言に、間抜けな声が出た。
「部屋って、おま……さすがに同じ部屋で寝るのはマズいだろ!」
「ふぇっ? ……え、え、だって、そういうものだよね?」
どういうもの!?
クルミは真っ赤な顔で、指をもじもじと絡ませ、膝頭をすりすりと擦り合わせて、上目遣いにおれを見る。
「同じベッドじゃないと……ほら、できないし……お、終わった後に、わざわざ別の部屋にっていうのも、なんだか、その…………」
……は?
待て待て待て。
すれ違いがある。
これは致命的なすれ違いがあるぞ!
「……クルミ。落ち着いて答えてくれ。きみは一体、おれと何をするつもりだ?」
「えっ? …………え、えっちするんだよね?」
「しないっ!!!!」
最速かつ全力で答えた。
「どこからそういう話になった!? いや、同じ屋根の下に男がいる以上、警戒するのは当然だけどな!! そんな話、これまで一瞬でもしたか!?」
「えっ、えっ、えっ……? だ、だって……この村で抱きたいのは、わたしだけだって……」
……それか!!
「いや、言った。確かに言った。けど、すなわち今夜抱くってことじゃないだろ!?」
「え? ……じゃあ、明日……?」
「だから今日会ったばっかの男にあっさり抱かれようとすんな! あれはこの村にはきみしか人間がいないだろって意味! オークは対象にならないって意味!」
「……………………」
クルミは凍りついたように黙りこくった。
それから、ぺたんと。
その場に女の子座りになった。
「……うえええええええっ……!!!」
そして泣いた。
それはもう、ぼろぼろと大泣きした。
「え、……な、泣くなよ……」
「やっぱりもてあそばれたぁぁぁ……!!!」
「え゛っ。い、いや、そんなつもりはなかったんだが……」
「うっ……ひっぐっ……! やっとぉ……やっと処女、卒業できると思ったのにぃぃぃ……!!!」
ああああ……。
欠片も男っ気のなかった女子ってやつをナメていた……。
まさかここまで思い込みが強いとは……。
……前々から焦ってたんだろうな。
クルミの歳なら嫁入りしてたっておかしくないのに、村であの扱いだもんな……。
不憫になると同時に、これはますます放っておけん、という気持ちが高まった。
今回はおれだったから良かったようなものの、これがマジの結婚詐欺師だったら、コイツ、骨の髄までしゃぶり尽くされるぞ……。
「あのな、クルミ……」
泣きじゃくるクルミの前に膝を突き、肩にそっと手を置くと、
「う?」
と、濡れた瞳で見上げてくる。
……『据え膳食わぬは男の恥』という言葉が脳裏を過ぎったが、ぐっと堪えた。
相手はサルビアの孫なのだ。
「男ってのはだな―――」
その夜は、クルミが泣き疲れて寝入るまで、人間の男という生き物の生態について、こんこんと教え続けたのだった……。