第5話 100年の時を越えて復活せし秘技
その夜、村総出で祝宴が開かれた。
100年ぶりの酒は、一口で死にそうになるくらい身に染みた。
「おうおう! 原初の勇者様! ひとつ腕比べと行きましょうや!」
酒の勢いか、オークの若者がおれに相撲を挑んでくる。
宴の余興にはちょうどいいだろう。
おれは上着を脱いで受けて立った。
そして。
「ま、マジかよーっ!?」
「今ので何人目だ!?」
「さっきのウガタはレベル85だぜ……?」
「全員瞬殺だーっ!!」
おれの周りには投げ飛ばされたオークたちが大量に転がっていた。
なんだなんだ、歯ごたえがないな。
筋力はどいつもこいつもすげえのに、それをいたずらに押しつけてくるばかりで……使い方ってものがまったくわかってない。
「次は私だあーっ!!」
また新たなオークがおれの前にやってくる。
本当にガタイはすげえんだよな――
と見上げていると、胸にサラシを巻いているのに気付いた。
「もしかして女性?」
「だとしたらなんだい?」
「いや……」
たとえオークとはいえ、女性を投げ飛ばすのはマズいだろう。
参ったな、女だから引っ込めってのも失礼だ。
どうするか……。
解決策を求めて見物人たちを見回すと、その中にクルミの姿を見つけた。
オークの中に美少女が一人。
これほど見つけやすいものもない。
「……へっへっへ」
いいこと思いついた。
いい加減投げてばかりで飽きてきたとこだ、新しい趣向で行こう。
おれは女オークに「ちょっと待ってろ」と言い置き、クルミに駆け寄った。
「な、なに? どうしたの?」
「クルミ。次、お前がやれ」
「…………は!?」
クルミは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「女の子には女の子だ。頑張れ!」
「い、いや、わたしのステータス見たでしょ!? 筋力Gなんだけど! 最低ランクなんだけど!」
「はあ? 力の弱い奴が強い奴に勝つ方法なんていくらでもあるだろ」
何を当たり前のことを。
「いいからいいから。ちょっと耳貸せ」
「ひゃっ!? ち、ちかっ……ぃ……」
ぐいっとクルミの腕を引き寄せて、こしょこしょと耳打ちした。
「―――で、勝てる。できるか?」
「……え……まあ……できるけど……こんなので本当に勝てるの?」
「大丈夫だ。おれを信じろ」
「何を理由に信じろって……でも確かに、理屈で言えば……」
ぶつぶつ呟き始めたクルミの腕を引いて、即席の土俵に引っ張り出した。
待たせていた女オークに言う。
「っつーわけで、きみの相手はコイツだ。コイツに勝てたら相手してやるぜ」
「…………は!?」
女オークどころか、見物していたオークたち全員が、クルミとまったく同じ反応をした。
そして、どっと笑い声が起こる。
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」
「さすが勇者様だ、ジョークも一流だぜ!!」
「4Gの貧弱ステで勝てるかっての!!」
クルミは怯えたように震えて、おれの腕を掴んだ。
「なんだなんだ。ずいぶんナメられてるな、クルミ」
「あ、当たり前でしょっ……! この歳になって4Gなんて、わたしくらいだもんっ……」
クルミの声は、今にも泣き出しそうなほど震えていた。
4Gってのは、4つのステータス全部がGってことか。
ステータスが低いことが、差別――とは言わないでも、馬鹿にされる要因にはなるみたいだな。
背の低い子供や足の遅い子供がいじめられるのと同じだ。
……ますます勝たせたくなってきた。
「残念ながら、これはジョークじゃないぜ。信じられないなら、何か賭けようか」
「賭けるだって? 何を賭けるんだい?」
「そうだな……」
女オークに問われて、おれは今一度見物のオークたちを見回す。
この腕試しが始まって以来、気付いていることがあった。
上着を脱いだおれの上半身に、オークの女たちの視線が集まっている。
女の方の好みは、どうやら人間と大差ないらしい。
「……よし。それじゃ、クルミが負けたらおれが一晩相手しよう。それでどうだ?」
しんっ……と束の間、静寂が漂った。
「―――きゃあああああーっ!!!」
「だったら私! 私もやるっ!!!」
「クルミを倒すだけで、あの鍛え抜かれた筋肉を好き放題……!?」
……女の方だけ人間の感覚に近いってわけじゃなくて、単に男女共通でたくましいものに魅力を感じる種族なのかもしれない。
「あ、あ、あ、あなた……!! じょじょじょじょ冗談だよね……!? そうだよねっ……!?」
クルミだけが青い顔で慌てふためている。
おれはその肩をぽんぽんと叩いた。
「勝てばいいんだよ、勝てば」
「わたしをダシにしてエ……エッチしたいだけじゃないでしょうね!?」
「んなわけ―――あ」
クルミもオークたちと同じ美的感覚なんだった。
その目から見ると、今のおれは村の女の子全員にいきなりコナをかけた男……。
「―――ぶっははははははッ!!!」
挑戦者の女オークが豪放磊落に大笑いした。
「その意気や良し!! 相手してもらおうじゃないの、一晩! 男に二言はないね!?」
「ああ。そっちがいいんなら賭けは成立だ。もしクルミが負けたら、朝まで煮るなり焼くなり好きにしな」
正直、臨戦態勢に入れる自信がないが。
おれは即席の土俵から離れる前に、クルミに耳打ちした。
「……さっき言った通りにすれば勝てるからな」
「……やっぱり、ホントはわたしに負けてほしいんじゃないの?」
「抜かせ。おれは人間だぞ。―――この村に抱きたい子がいるとしたら、それはお前だけだよ」
「……っ!?」
クルミは瞬時に耳まで真っ赤にした。
いちいち反応が可愛いとこまでサルビアそっくりだ。
「じゃあな。馬鹿にしてる連中を見返してやれ!」
ぽんと肩を叩いて、おれは土俵を離れた。
クルミは胸を押さえて、すうはあと深呼吸している。
「…………う…………ょう…………ぎょう…………!!」
何事かぶつぶつと呟いて、キッと正面の女オークを見据えた。
そして、対戦が始まる。
普通なら、正面からぶつかり合って、力で競り勝った方が相手を投げ飛ばす、という形になるわけだが―――
当然、クルミはそうしない。
―――パァンッ!!!
弾けたのは炸裂音。
クルミが、女オークの目の前で思いっきり手を打った音だ。
「ッ!?」
女オークは怯み、その隙にクルミが背後に回る。
そして――
「えいっ!」
――自分の膝で相手の膝を押した。
たったそれだけの、本当に簡単なことだった。
でも、ただそれだけで、女オークの膝からガクリと力が抜ける。
「…………!?」
女オークは愕然として、
「あ…………ほ、ほんとに勝った…………」
クルミもクルミで信じられないような顔をしていた。
ただ一人、おれだけがほくそ笑む。
やっぱりな。いけると思ったんだ。
何人も相手してて、こいつら背後に回られる警戒してなさすぎだろって、ずっと思ってたんだよな。
そりゃ相撲で膝カックンする奴なんてそうはいねえけど、変化の警戒くらいするだろ、普通。
文句を言われるかもしれないが―――
「えっ……えええええええっ!?!?」
「ほっ、ほんとにクルミが勝ったぁーっ!!」
「なんだ今の技は!?」
「魔法か!?」
「何のスキルだーっ!?」
………………え、えーと。
膝カックンって、言うんですけど。
まさかきみたち、知らないの?
まさかの反応におれが戸惑っている間。
歓声を全身に浴びながら、クルミはなぜか、おれの方を見て顔を赤くしていた。