第4話 レベルやスキルやステータスとかいうもの
「なんと! あなた様が、かの《大勇者》様であらせられる……!?」
クルミから紹介されるなり、村長の爺さんは小さい目を大きく見張った。
もちろん爺さんもオークである。
「どうやら今はそう呼ばれてるらしい。こっちの世界に戻ってきたばかりで、まだいまいち実感がないんだが」
「ついにこの日が来られたのですな……! サルビア様も浮かばれましょう……!」
……サルビア。
きっと、この爺さんよりも年上だったんだろうな。
「ご帰還なされたばかりとあれば、何かとご不便もありましょう。サルビア様からは、もしあなた様が帰還なさった場合は、良くしてやってほしいと言付かっております。なんなりとお申し付けください」
「それじゃあ……」
おれは疑問に思っていたことを、一つずつ聞いていった。
まず、サルビアとこの村の関係について。
「おばあちゃんはね、魔王を倒した後も、研究のためにこの土地に残ったの」
答えたのは、サルビアの孫であるクルミである。
機嫌は多少回復したようだ。
「魔王討伐の報酬もたくさんもらって、人界での地位も約束されたらしいけど……そういうの全部放り捨てて、魔王城があったこの場所に留まったの。理由は、はっきりとは教えてくれなかったけど、多分……」
……おれを、あっちの世界から連れ戻す方法を探すため、か。
アイツ……戦いが終わったら、王都の研究室に戻りたいって言ってたのに。
頭も良くて生真面目なくせに、直情的なところがあるんだ、アイツは。
次に、クルミを追い回していた白い巨人について。
「奴らは《外獣》ですじゃ」
「《外獣》?」
「左様。大勇者様と魔王様がいなくなられた直後、突如として世界中に現れた異形の者ども……。儂らは100年に渡り、奴らに苦しめられております」
「あいつら、人間も魔族も関係なしに食べるの。というか、それ以外のことをしようとしない。それが一番、自分の《加護》を育てるのに手っ取り早い手段だから」
「《加護》……? またわからん言葉が出てきたな」
「《加護》は、レベルやスキル、ステータスのこと……あっ、それも知らないんだっけ」
そういうわけで、一番気になっていたことの説明が始まった。
レベルだのスキルだの……たびたび出てきた、謎の言葉についてだ。
「《加護》は、《ローダンの加護》の略称ですじゃ」
村長の第一声に、おれは目を丸くした。
「ろーだん……って、おれ!?」
「そう。《原初の勇者》ローダンが衆生に授けた力――だから《ローダンの加護》」
「いや、そんなもん授けた覚えないんだが」
「でしょうね。そう言われてるってだけだから」
「100年前はどうだったか存じませぬが、今では大勇者様は各地で神聖視されておりますじゃ。ローダン様の加護や思し召しだとされるものは他にもたくさんございまする」
し、神聖視……?
おれが……?
勇者としても不真面目だったくらいなのに……?
「話を戻しますが、《ローダンの加護》は……ううむ、なんと言ったらよいのか。ワシらにとってはあって当たり前のものでありますゆえ、説明が難しい」
「わたしが説明する。
《加護》はいわば、人間や魔族、外獣の能力を可視化したもの。
……見せた方が早いかな」
瞬間、クルミの胸の前に、ぴろんっと板のようなものが現れた。
おれはビックリする。
「なんだそれ。どうやって出した?」
「『あなたはどうやって自分の腹具合を確かめますか?』と聞かれて、うまく説明できる?」
「んん? いや、どうやってって言われてもな……」
「それと同じ。むしろわたしたちには、なんであなたがそんなことを聞くのかわからない。『どうやっても何も、普通にできるでしょ?』ってね」
いや、きみにはわかってるだろ――と言いかけたとき、クルミが出現した薄い板を差し出してきた。
「本当は、あんまり人には見せたくないんだけど……」
薄い板にはこんな風なことが書かれていた。
【名前:クルミ】
【レベル:11】
【STR(筋力):G(21)】
【VIT(耐久):G(13)】
【AGI(敏捷):G(27)】
【MAG(魔力):G(56)】
【スキル:なし】
【魔法:なし】
「いやはや、お恥ずかしい……。血は繋がっておらぬとはいえサルビア様の孫だというのに、クルミはスキル一つ使えぬ不肖の娘で……」
「……わたしのせいじゃないもん」
「いや、これがすごいのかダメなのかもおれにはわかんねえから」
が、村長の口振りからして、かなりダメなんだろうな。
「……とにかく、それが《加護》! レベル、ステータス、スキルっていう形で、能力を可視化したもの。
ステータスは基本的な能力で、スキルは技能って言えばいいのかな……レベルは強さの指標。
レベルが上がると、ステータスが上がったりスキルや魔法を覚えたりするの」
「レベル……それって、訓練したら上がるのか?」
「訓練っていうか……外獣を倒したら」
「……剣の素振りは? 構えの練習は?」
「いらない」
「魔法もか!? 精霊と同調するための瞑想は!? 魔力操作の修行は!?」
「なにそれ?」
クルミの答えと表情は、冗談のそれじゃなかった。
外獣とやらを倒すだけで強くなれる力……。
もしかしたら呼び方が変わってるだけで、おれも知ってるものなのかもと思っていたが、そんなことはまったくなかった。
少なくとも魔王と戦っていたときには、こんな珍妙な概念は影も形も存在しなかった。
外獣とかいうのを殺すだけで強くなれるなら、おれが神剣に選ばれた直後にやらされた地獄みたいな修行は一体なんだったんだって話だ。
「この力……一体いつからあるんだ?」
薄い板に書かれたクルミのステータスとやらを食い入るように見ながら、おれは訊いた。
「ちょ、ちょっと……あんまり見ないでよ……」
「いつからあるんだ? この力」
「それが、よくわかんない。古い文献には全然載ってないし、あなたも知らないみたいだから、少なくともこの100年の間に生まれたものなのは間違いないけど」
「ワシも60から生きておりますが、《加護》についてはあって当たり前と思って生きてきましたじゃ。クルミが『昔は《加護》がなかった』なぞと言い出すまで、そのようなこと、考えもしませんで」
不気味だった。
きっとこれを不気味だと思うのはおれだけなんだろう。
でも、この《加護》とかいうものには、言い知れない異質さを感じた。
レベル。スキル。ステータス。
まったく知らない響きの言葉。
誰がそんな用語を決めた?
一体いつから、何のために、世界にこんなものが生まれた……?
「疑問はご解決なされましたかな」
むしろ謎が深まるばかりだったが、これ以上、村長に話を聞いても仕方がないだろう。
「大勇者様。これよりは如何なされるおつもりですかな? もしや、まだ何か大命が……?」
「いいや、魔王もやっとこ倒して、晴れて自由の身だよ。これからは、そうだな……」
クルミの顔を見ると、さっと目を背けられた。
嫌われているのか、単に人と目を合わせるのが苦手なだけか。
「……帰ってすぐにコイツと――仲間の忘れ形見と出会えたのは、きっと縁だと思う。サルビアの代わりと言っちゃあなんだが、コイツのことを見守っていけたらって思ってるんだよ」
「はっ? ……なにそれっ!?」
「左様ですか。ワシとしても、村でたった一人の人間……それも若い娘ですゆえ、心配しておったのです。大勇者様に面倒を見ていただけるというのであれば、これ以上心強いことはないですな」
「村長も! 何あっさり納得してるのっ! 原初の勇者って言っても、100年前のことしか知らない、赤ん坊みたいなものでしょっ!? わたしが面倒を見るって言うならともかく、どうしてわたしの方が……!」
「じゃ、面倒見てくれ、クルミ」
「だーかーらーっ……!!」
何をそんなに怒ってるんだ。
「クルミよ。いずれにせよ、この村の家はオーク族の体格に合わせて作られておる。人間族が不自由なく暮らせる家は、おぬしの家しかないのだ」
「えっ!? ……と、泊めるの? 男の人を――じゃなくて、コイツを?」
「これ、コイツなどと言うでない。大勇者様をしっかりと遇して差し上げるのだぞ」
クルミは唸りながら、チラチラとこっちを見た。
「さて! さすれば、宴の準備ですじゃ。大恩あるサルビア様の悲願叶いし今日という日を、盛大に祝いましょうぞ!」