第2話 起き抜けオークと二代目大賢者
瞼を開けると、オークがいた。
「……………………」
「………………フゴッ」
ガバッと跳ね起きると、豚面もおれの顔を避ける。
おれは寝ていたベッドの上に立ち上がり、おれの寝顔を覗き込んでいやがった豚人間に拳を構えた。
「なんだ、てめえ! オークは男も襲うようになったのか!?」
オークはおれを見上げ、小さい目をぱちくりと瞬く。
襲ってこない……?
何のつもりだ?
「……おおお、すげえ……」
オークが妙に下の方をまじまじと見て、唸るように言った。
オークが人語を喋った……!?
いつもフゴフゴしか言わないあの豚人間が!
「やべえ……ニンゲンはみんなこんななのか……? ウガタの奴よりでけえかも……」
オークの視線は、寝起きゆえ元気いっぱいの我が神剣に注がれていた。
おれは全裸なのだ。
確かにランドラの奴からはオーク並のたくましさだと評判(?)だったが。
もしや、コレのせいで仲間だと思われたのでは?
「―――なーにー? 何騒いでるの、アボニ?」
部屋のドアを開けて女の子が入ってきた。
栗色の髪を太い三つ編みにした、あの女の子だ。
女の子はベッドの上に立ったおれ(全裸)を見ると、ピシリと停止した。
「…………あ…………」
そして、見る見るうちに顔を赤くする。
「…………おっ……き、ぃ…………」
ばたん。
倒れた。
「ぶひゃひゃっ! クルミにゃちょっと刺激が強すぎたか!」
なぜか爆笑するオーク。
何が何だかわからなかった。
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「そのでっけぇ目によおく焼き付けとけよ、クルミぃ! 男のモノなんて、もう一生拝めねえかもしれねえんだからよぉー!!」
「うっさい! さっさと帰れ! しっしっ!」
「ぶひゃひゃひゃひゃっ!! じゃあな、『賢者もどき』!!」
女の子が目を覚ました後、オークは普通にドアから帰っていった。
まるで女の子と旧知の仲のようなやり取りだ。
少なくとも、おれが今までごまんと殺してきたオークのような敵意は、そのオークからは感じなかった。
「……ったく、なによ、もう……」
オークが帰ってから、女の子は何やら不満げにぶつぶつと呟いた。
「そりゃわたしは、おばあちゃんみたいにすごい魔法なんて使えないし、どころかスキルの一つもないし、彼氏いない歴と年齢が一緒だし、行き遅れ街道まっしぐらだけど……! 薬を調合したり、外獣の生態を調べたりして、村の役に立ってるもん…………まあ《薬品調合》とか《能力分析》スキルに比べるとずっと遅いけど…………」
「……なあ、さっきのオークは一体―――」
「はい、これ飲んで」
質問しようとした瞬間、お茶のようなものが入ったコップを渡された。
あくまで『ようなもの』であり、こんな鼻の奥を刺すような異臭を放つお茶に出会ったことはない。
「……なんだこれ」
「薬。だいぶ衰弱してたから、まずは体力を回復しないと」
「衰弱……」
そういえば、気絶したのか、おれ。
魔王と100年も戦って、そのままあの白い巨人と戦ったわけだから、無理もないかもしれない。
ベッドの上で上体を起こした姿勢で、おれは渡された薬を飲む。
クソまずかったが、かーっと身体の奥から熱が湧いてくる感じがした。
「おお……! 元気になった気がする! ありがとな!」
「……やっぱり、あなたは回復魔法で何とかしようとしないんだ」
「うん?」
女の子の呟きに、おれは首を傾げる。
「回復魔法なら多少は使えるが、あれは怪我を治すだけだろ。疲れを綺麗さっぱり取ってくれるような便利なのは、教会の僧侶しか使えねえし」
「教会……僧侶……やっぱり……」
「やっぱり?」
「あなた……もしかして、《原初の勇者》ローダンなの?」
「んん?」
原初の……勇者?
「確かにおれの名前はローダンだし、勇者なんてもんをやってたのも事実だが、その《原初の勇者》とかいうのは知らないな」
「ああ! やっぱり!」
女の子は唐突に身を乗り出すと、ベッドの上にいるおれの顔をべたべたと触った。
「本物だ……! 本物なんだ! ついに戻ってきたんだ! おばあちゃんの予言は、間違ってなかったんだ……!!」
……おばあちゃん……?
「なあ……」
「あっ!」
女の子は慌てて手を引っ込めて、顔をほんのりと赤くした。
「ご、ごめんなさい……! つい興奮しちゃって……! でも、そう、あなたが原初の勇者なら辻褄が合ったの! あなたが落ちてきた方向には《勇者の祠》があったし、レベルやスキルを知らないことも100年前の文献にそれらが出てこないことと一致して―――」
女の子はよくわからないことを早口でぶつぶつと呟き続ける。
……改めて見ると、本当によく似ていた。
顔だけじゃない――仕草までサルビアにそっくりだ。
サルビアにもこんな風に、早口でぶつぶつ呟く癖があった。
でも、違う。
彼女はサルビアじゃないと、直感が告げていた。
「きみは……誰なんだ?」
栗色の髪の女の子はハッとする。
「あっ、そっか。まだ名乗ってなかったっけ……」
こほん、と可愛らしい咳払いをして、女の子は名乗った。
「わたしの名はクルミ! かの大賢者サルビアの養女の長女……要するに義理の孫娘にして、唯一の弟子! 大賢者の知恵のすべてを継承した《二代目大賢者》よ!」