プロローグ 100年越しの決着と全裸での復活
「…………これで、終わり、か…………?」
問いかけると、神剣に腹部を貫かれた魔王ベルフェリアは、皮肉そうに口角を上げた。
赤い血がポタポタと滴り、漆黒の地面に池を作っている。
コイツの血も赤かったんだな―――
今更ながらに、おれはそんなことを思った。
「フフ、フ……そのようだ……。貴様と決着をつけるのに、よもや100年もかかろうとは、な……悪足掻きなど、するものでは、ない……」
100年―――
おれがこの時の止まった世界に巻き込まれて、そんなに時間が経ったのか……。
おれは、勇者として3人の仲間と共にコイツを――魔王を追い詰めた。
だが、コイツは不利と見ると、おれだけを道連れにして、時の止まった異空間での一騎打ちを望んだのだ。
それっきり、腹が減ることも眠くなることもない世界で戦い続け、100年。
途方もない歳月の果て、ついに今、神の力宿る神剣が、魔王にトドメを刺した。
勇者の戦いが、ようやく、ここに終わりを告げたんだ……。
「どうする……勇者ローダン」
100年間、この異空間で殺し合い続けた魔王は、まるで悪友みたいなツラをして問いかけてきた。
「この何もない世界で、孤独に永遠を生きるか。
それとも――知己の死に絶えた現世に戻り、やはり孤独に生きて、死ぬか」
「さあな。そもそも帰れるかどうかもわかんねえ。
……でも、もし帰れたとしたら……」
思い出したのは、自分のことではなかった。
しがない木こりの家に生まれて、たまたま訪れた王都で神剣に選ばれ、魔王を倒すため世界中を駆け巡った、自分の人生のことではなかった。
頭に浮かぶのは、旅路を共にした、3人の仲間の顔。
脳筋な女傭兵、ランドラ。
敬虔な女僧侶、ホップ。
そして――生真面目でお節介焼きな賢者、サルビア。
100年も経ってちゃあ、あいつらも天寿を全うしているだろう。
でも――その子供はどうだろう。
あるいは、孫は?
あいつらは、おれと魔王がいなくなったあと、何を世界に遺したんだろう……?
「そうだな……もし帰れて……もし、仲間に子供や孫なんかがいたら。
そいつらを、見守ってやりたい。幸せになれるように、手伝ってやりたい。
……そのくらいだな。やってみたいことなんて」
「――く、く、く」
魔王は皮肉げに笑った。
「子種を撒いた責任を果たそうとは、見上げた心意気だな、勇者よ……」
「……最後まで嫌味かよ。100年かけても、それだけはどうにもできなかったな」
「か、は、は、は、はっ……!!」
魔王は血の混じった笑い声を発した。
……もう、おしまいのようだ。
「……餞別だ、我が宿敵よ」
不死の身体を浄化の炎に包まれながら、魔王ベルフェリアは遺言する。
「せいぜい気を付けるのだな――この100年で、世界はなかなか面白いことになっているぞ……?」
「―――なに?」
そうか!
魔王の千里眼は、別世界の出来事すら見通す……!
「ハッ……ハッハッハッ……ハッハッハッハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ――――!!!」
おれが詰問する前に、魔王ベルフェリアは高らかに哄笑しながら、燃え尽きて灰になった……。
「……おれに嫌がらせをさせたら世界一だな、お前は」
100年にも渡って戦い続けた宿敵の最期を見届け、「さて」とおれは振り返った。
「帰れるかどうかわかんねえけど……とりあえず……ひとねむ、り……」
全身から力が抜け、おれは深い深い眠りへと落ちた。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「―――さむっ!」
凄まじく久しぶりの感覚で、おれは飛び起きた。
ここは……洞窟?
洞窟のような場所に設えられた、祭壇のようなものの上に、おれは寝っ転がっていた。
全裸で。
「は!?」
なんで全裸!?
千年竜の鱗で作った鎧は? 世界樹の繊維で作った服は? おれを勇者に選んだ神剣は?
莫大な魔力がこもった一級品の装備が、跡形もなく消滅してやがる!
「……まあ、いいか」
魔王を倒した今となっちゃ、どれも無用の長物だ。
貴重品すぎて売れもしねえしな。
「……ここは、どこだ?」
おれは元の世界に戻ってこられたのか?
全裸のままぺたぺたと、おれは洞窟の出口に向かった。
外気が肌を撫でる。
眼下には森。
振り向けば岩山。
というか、おれがいた洞窟が、岩山の中腹に空いていたのだ。
ここが、100年後の世界?
さっぱり見覚えがないな。
おれがベルフェリアの奴に異空間に引きずり込まれたのは、魔界の一番奥にある魔王城の最深部だったはずだが。
瘴気だらけだったあの場所に、森なんてあるわけがない。
「どうするか、これから」
服はないわ場所はわからんわ八方塞がりだ。
とにかく、人なり魔族なり、話の通じる奴を探して―――
「―――きゃあああああああああああっっ!!!」
そのとき、(元)勇者のおれにとっては非常に慣れ親しんだものが聞こえてきた。
すなわち、乙女の悲鳴。
下にある森から聞こえてきた!
覗き込んでみると、異様なモノが見えた。
「白い……巨人……?」
青々とした森の中を、ぶよぶよと肥え太った真っ白な巨人が走っている。
なんだあれ……?
ゴブリンでもオークでもミノタウロスでもサイクロプスでもゴーレムでもない。
大きさとしては、ミノタウロスの1.5倍程度か?
あんな魔族、見たことないぞ……。
「―――あっ!」
鍛えられたおれの視力が、白い巨人の前を走る小さな影を見つける。
女の子だ。
追われてる!
即断だった。
おれは断崖から身を躍らせた。