第1章第3話 忌憚のない買い物と測れない能力
「こちらの鎧なんかいかがでしょう?」
「えーっと……」
「こちらのローブは?」
「あのー……」
「あっ! こっちもいいですねー! クルミ様、スタイルがよくていらっしゃるので、何を着せてもお似合いです!」
「スタイルっ……!? そ、そんなこと……」
装備屋の試着室。
同行してくれたエルシさんに、クルミが着せかえ人形のようにされていた。
「旦那様はどれが可愛いと思いますか?」
と、エルシさんが話を振ってきたとき、クルミは下着みたいな面積しかない鎧を着せられて、顔を真っ赤にしていた。
男としては非常に嬉しい格好だが、装備として意味があるとは思えない。
「おれとしては、もうちょっと露出度が低い方が……」
「あー。やっぱり旦那様としては、他の男性の方の目が気になりますか。大事な奥様ですものね」
そして未だに夫婦扱いされている。
「いや、あの―――」
「は、はいっ!! お、夫以外の人に肌は見せたくありませんっ!!」
夫婦じゃない、と言おうとしたそのとき、クルミが勢いよく肯定してしまった。
エルシさんは「おやおや」と美貌をにやつかせる。
「仲がおよろしくて羨ましい限りです。では、露出度を低く押さえつつも可愛らしいデザインで人気な、こちらのローブなどを―――」
そうして、クルミの装備は地味めな色彩の、魔法使いのローブを今風のベストやスカートに改造したような服に決まった。
「ど、どう? 似合うかな……?」
おずおずと聞いてくるクルミに、おれは笑いかけながら言う。
「ああ。すげえ似合ってる。可愛さが8倍くらいになったな」
「え、えへへ……」
浮かれているのか、今日は卑屈にならずに素直にはにかんだ。
動きやすそうだし、実際可愛いし、悪くない。
悪い虫がつかないようにだけ注意しなければ。
「旦那様は何か買われていきますか?」
「剣と盾が欲しいな。それと鎧も。軽いのでいい」
「でしたら―――」
ここまで徒手空拳で通してきたおれだが、そろそろ武器を調達してもいいだろう。
つっても、神剣に代わる相棒なんてそうそう見つからないだろう――と、思っていたのだが。
「こちら、イカリライク・ブランド製の片手剣です。銘は《煌刃》。刀身はブランドオリジナルの合金でして、がっしりとした重さを持ちつつも重心のバランスが良く、使いやすいと評判です」
「おおおおおおおおーっ!!!」
おれは感動していた。
100年の間に、鍛冶技術がめちゃくちゃ上がっている!
考えてみれば、この100年、ずっと外獣と戦っていたわけだから、技術も上がろうというものだ。
「こちらの盾と鎧、さらにブーツも付けまして、お値段なんと99800RG!」
「安い! 買った!!」
というわけで、100年ぶりに新たな相棒を手に入れた。
もちろん、単純な装備の質は100年前の最高級装備には劣るわけだが、こういうのは愛着が重要なのだ。
「それと、クルミ様は《能力分析》スキルをお持ちでないようでしたので、こちらの魔道具もオススメですよ」
「なんだこれ……ガラス?」
「ガラスではなくレンズ。片眼鏡ですね。こちらを通して外獣を見てみますと、ランクC相当の《能力分析》スキルを疑似発動できます」
「おお。そりゃ助かるな。これも買っておこう」
そうして、装備屋や道具屋での買い物をあらかた済ませた。
これだけ大胆に使っても、イゴールナクの賞金は尽きる気配がない。
軍資金がたくさんあるってのはいいな。
「ローダン様。装備をご購入なさったということは、ローダン様もクルミ様と一緒に深淵迷宮に潜るおつもりなのですよね?」
「まあな。支援に徹しようとは思ってるが」
あんまりおれが全部やっても、クルミが成長しないからな。
とはいえ、クルミにできるのは作戦立案と指示だけだから、しばらくはおれが主戦力になる。
「でしたら、やはり《加護》をギルドにご登録なさいませんか? その方が便利だと思いますよ?」
「いや、まあ、そうなんだが……」
《加護》がない、と言っても信じてはもらえないだろう。
おれはステータスシートの出し方を知らないのだ。
どう誤魔化したものか迷ううちに、エルシさんはぐいぐい押してきた。
「とりあえずステータスを拝見してもいいでしょうか? ちょっと失礼して……」
と言って彼女が取りだしたのは、例のモノクル。
《能力分析C》を疑似発動する魔道具だ。
おれにそれが向けられた瞬間。
「きゃっ!?」
パリンッと音を立てて、モノクルのレンズが割れ砕けた。
「えっ? えっ? どうしていきなり……」
エルシさんは困惑する。
ああ、こうなるのか……。
おれを《能力分析》で計ろうとしてみたことがあるんだが、そのときは測定役のオークが頭痛を訴えた。
どうやら、《加護》のない人間を《能力分析》することは、どうやってもできないらしい。
……まるで何かに邪魔されてるかのようだ。
「大丈夫か? 破片とか刺さってないか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます……」
言いながら、エルシさんはチラッと横に視線を向けた。
「……あまり他の女性に優しくなさらない方がいいですよ。奥さんがむくれてらっしゃいます」
「……マジで?」
おれが目を向けると、クルミはふいっと顔を逸らした。
「それに、私のことは口説いても無駄ですよ?」
エルシさんは唇を嫣然と笑わせる。
「私、支部長とデキていますので」
「…………マジで?」
あのゴブリンと!?
「ウソです」
「……どっちだよ」
「ふふっ。どっちだと思います?」
ミステリアスなエルフだった。