第1章第1話 受付嬢は謎ステータスに困惑する
勇者都市ローダニアをちょうど真ん中で分割する長城の程近く。
何の変哲もない酒場のような構えの建物に、勇者ギルドの看板が出ていた。
中は本当に酒場や食堂に近い。
テーブルがいくつも置かれた空間があり、勇者らしき男女が日も落ちないうちから酒をかっくらっている。
ギルド登録や外獣石の換金を受け付けるカウンターは、その奥にあった。
「ギルドの登録と……あと外獣石の換金がしたいんだが」
受付にいた青い髪のお姉さんに話しかける。
よく見ると耳が長い。エルフか。
街を歩いている間も思ったが、この街には人間も魔族もごっちゃになって住んでいる。
この100年で融和が進んだ、というのは本当みたいだった。
勇者として頑張った甲斐もあるってもんだが、和平の直接的な要因は外獣の出現なんだよなあ……。
「ああ、はい、承ります! 先に外獣石の鑑定を行いますので、実物をお渡しください」
「ああ。これとこれ」
さっき手に入れたショゴスの外獣石と、村長から譲られたングンキ・イゴールナクの外獣石とを、エルフのお姉さんに渡す。
両方、見た目はあんまり変わらない。
それらはお姉さんの手から他の人に渡され、奥の部屋へと消えていった。
「この間にギルドへの登録を行います。《加護》をご提示いただけますか?」
「ああ、違う違う。登録するのは、おれじゃなくてこっち」
「はい?」
おれは身体を横にどけて、クルミを前に押し出した。
「あ、あぅぅ……」
クルミは子犬のような顔でおれを見上げる。
「や、やっぱり、わたし……!」
「おれじゃ無理なんだから、お前がやるしかないだろ?」
「で、でも、こんなステータス、人様にお見せできないよお……!!」
なんだかんだで、『4G』のコンプレックスはまだ残っているのだ。
だが、おれが《加護》を持たない以上、クルミが登録するしか道はない。
「ほら、ステータス出せ!」
「あう~!」
半ば無理やり出させた薄い板状のステータス・シートを、エルフのお姉さんに見せる。
お姉さんはその内容を手元の紙に書き取り始め、クルミは顔を覆った。
「筋力G……耐久G……敏捷G……えっ、魔力もG……? あっ、いえ、すみません!」
本当に珍しいんだな、4Gって。
仕事柄、大量のステータスを見ているであろう勇者ギルドの職員ですら、ちょっと驚いている様子だ。
しかし―――
「えっ?」
魔力の次の項を見て、お姉さんは怪訝そうな顔をした。
「SAN……? えっ、EX……!? あ、あの、すみません。このステータスは……?」
「ああ、気にしなくていいから。なんなら無視してくれても」
「はあ……」
うまく説明できる自信がなかった。
『きみたちは外獣と戦うとき、その隠されたスキルによって知性を奪われているのだ』なんて言って、信じてくれる奴がどれほどいるか。
「《狂気抵抗EX》……? 《軍団指揮D》……? なにこれ……」
お姉さんは明らかに困惑していたが、職務には忠実なようで、それ以上は何も言わずにただ書き写してくれた。
「ええ、はい。ご提示ありがとうございます」
お姉さんからステータス・シートを返されると、クルミはそれを抱きかかえるようにした。
「珍しいスキルをお持ちのようですが、この基礎能力値ですと、《下級》からのスタートになります。下級勇者は請けられるクエストが制限され、深淵迷宮にも《第二門》までしか入ることを許可されません。しかし、実績を重ね、《加護》を鍛えれば―――」
そこで、外獣石を持っていった職員が奥から出てきて、受付のお姉さんに何か耳打ちした。
「―――えっ!? 嘘でしょ!?」
瞬間、お姉さんが大声を出す。
後ろで酒を呑んでいた勇者たちの視線が、怪訝そうに集中した。
クルミが怯えたようにおれの服を掴む。
仕方ないかもしれんが、人見知りだな、こいつ。
「し、失礼しました……」
お姉さんは口を手で覆い、かすかに顔を赤くして謝罪すると、少し潜めた声でおれたちに言った。
「……お持ちの外獣石について、鑑定が終了致しました。別室にて賞金をお渡しします。どうぞこちらへ……」
別室?
わざわざ?
おれとクルミは顔を見合わせると、どこかこそこそと歩き始めたお姉さんについていった。
後ろの酒場で、勇者たちがひそひそと声を交わす気配がした。