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第11話 考え抜く正気と捻じ伏せる狂気


「班を4つに分ける! 第1班は―――」


 クルミは1秒と考えず、自警団を役割に応じて班分けした。

 全員のステータス、所持スキル、使用可能魔法を、細大漏らさず完璧に記憶してるんだ。

 きっと自警団にかかわらず、村人全員のそれを覚えているはずだ。

 クルミの頭脳ならそのくらいのことは余裕のはずだと、おれは確信していた。


 だって、あのサルビアが―――

 人界最高の頭脳と謳われたあの天才が、自分の後継者に選んだんだぜ?

 それが、天才じゃないはずがない……!!


 素早く班分けを終えると、おれたちは森の中をゆっくりと進んでくる《ングンキ・イゴールナク》へと走り出した。


 真っ白な肌の不気味な巨人。

 以前戦った《将》クラスのそれとは違い、《王》クラスのそいつには首がなかった。

 右肩から左肩にかけてまっすぐ一直線。

 異様に屈強な手足といい、でっぷりと腹の出た体格といい、大きな口の付いた手のひらといい、生理的な嫌悪感を抑えられない。

 一刻も早く殺してしまいたい、という欲求が溢れて止まらなかった。


「みんな、逸らないで……!! まずはあいつの能力をちゃんと計る! 同時に、こっちに注意を引いて、村から引き離すの!!」


 ただ一人、冷静なクルミの声で、おれやオークたちもわずかながら落ち着く。


「威力偵察! わたしの言う場所に順番に攻撃して! いい!?」


「「「「「応ッ!!!」」」」」


「…………っ」


 指示に答えが返ってきたことに感動したようで、クルミはじわっと涙目になったが、すぐに目元を拭って顔を引き締めた。


 森に入ったおれたちは、クルミの指示に従って散開する。

 まず、特にレベルの高い連中が集合して、イゴールナクの注意を引いた。

《加護》の強化――すなわちレベル上げを至上目的とする外獣(エネミー)は、より多くのレベルがある場所に向かう習性がある。


 そうして村とは反対の方向に誘導しながら、物理、魔法の両面から、腱、ふくらはぎ、お尻、背中と攻撃を加えていった。

 しかし―――


「硬いっ……! 鉄みたい……!!」


 いいや、鉄よりよっぽど硬い。

 岩をも砕くオーク自警団のステータスをもってしても、純白の表皮に擦り傷を付ける程度なのだ。

 足の腱や膝裏などのあまり筋肉に守られていない箇所ならば、多少の手傷を負わせることができるが、とても退治できるようなものじゃない。

 耐久ステータスEXは伊達じゃなかった。

 ただ唯一、


「―――おぉおぉおおおおおおッ!!!」


 おれが素手で殴りつけたときだけは、衝撃が通る感触があった。

 当然、いくらの傷にもなりはしないが、オークたちが攻撃したときみたいな、理不尽に弾き返される感じじゃない。


「そっか!」


 その様子を見て、クルミが手を叩いた。


「ローダンは《加護》がないから、《加護》の力は効かないんだ!」


「ん? どういうことだ!?」


「2引く1は1だけど、0ですらない、数字でもないものとは、そもそも計算が成り立たないってこと!」


 よくわからんが、おれの攻撃はあのふざけたステータスを無にするらしい。

 それがわかったところで、山みてえな巨人と戦ってるって事実は変わらねえがな!


「……ッ! クルミっ!!」


「きゃっ……!?」


 おれの攻撃が気に障ったのか、イゴールナクが不意にこっちを振り返って、巨大な拳を振り降ろしてきた。

 しかし幸い、その速度は決して速くない。

 おれはクルミを抱きかかえて離脱した。


 ズズンッ……!! と拳が地面に突き刺さり、蜘蛛の巣のような亀裂が走る。

 周囲の木々が根っこからひっくり返されて、次々と横倒しになった。


「なんって筋力……!! あんなの喰らったら……!!」


「ひとたまりもないな……! 距離を取るぞ!!」


 逃げるおれたちをイゴールナクは追おうとしたが、追いつく前に囮のオークたちに注意を戻した。

 足がのろくて助かった……!!


「……おかしい」


 抱えたクルミが耳元で呟く。


「敏捷性だって、ステータスによればAもあった……。わたしを抱えて走るローダンになら、すぐ追いつけてもおかしくない……」


 ……そういえばそうだ。

 もしイゴールナクが全力で走ったら、おれたちは逃げきれなかったかもしれない。


「……走る……? あっ、そうか! 走れないんだ!」


「走れない? イゴールナクがか?」


「あの巨体で、二足歩行なんだもん。本来なら立ってるだけで精一杯……走ったりしようものなら、すぐにコケちゃうんだ。攻撃が遅いのも同じ理由……」


「コケる!? 子供みたいにか!?」


「そう。あの巨重を支えるのには、設置面が二点だけじゃ不安定すぎる。最低でも三点はないと難しいはず。でもイゴールナクはなぜか直立二足歩行。――きっと、そこが弱点だ……!!」


 クルミは不気味な白い巨人を怯えもせず見上げながら、声に興奮を帯びさせた。


「もしかすると、あいつ、一度コケたら二度と起き上がれないかも……!!」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 おれはクルミの傍を離れ、オークたちの陣頭指揮を取っていた。


「いいか! 目的は足止めだ! 無理に傷を付けようと考えるな! より長くこの場で戦うことがお前たちの使命だ! 蛮勇に呑まれるなよッ!!」


「「「おおおおおおおッ!!!!」」」


 威勢のいいオークたちの鬨を合図に、おれ自身もイゴールナクに挑みかかった。


 いつかのように、倒木を振り回してでぶでぶとした腹に突き立てると、イゴールナクは口のあるキモい手のひらでおれを振り払う。

 おれの攻撃はひときわ気に障るようで、白い巨人は首尾よくおれたちの対処にかかりきりになった。


「踏みつけだッ!! 回避ィィィ―――――ッ!!!」


 イゴールナクの攻撃速度が遅いのも都合がいい。

 おれが予備動作を見てから指示を出すだけで、かなりの余裕をもって避難することができる。


 なんだなんだ、図体がでけえばかりで生っちょろいな。

 これならベルフェリアの部下どもの方がよっぽど強い……!!


 ―――ピイィィィィッ!! という甲高い音が、森の奥から聞こえてきた。


「ローダンの兄貴! 合図の呼び子です!!」


「よおしッ!! 全員後退!!」


 クルミが考えた作戦はこうだ。

 おれたちが足止めをしている間に、森の中に伏兵を忍ばせておき、そこにイゴールナクを誘導する。

 しかる後に、伏兵が背後からイゴールナクの腱を集中攻撃し、これを切断、転倒させるのだ。


 イゴールナクの体重からして、自力で起き上がるのは不可能か、そうでなくとも時間がかかる。

 その間に魔法で氷漬けにするか縛り上げるかし、殺さずして無力化してしまおうってわけだ。


「そろそろだな……」


 伏兵を忍ばせてあるはずの場所にたどり着く。

 腱の破壊が成らなかったときのことも考えて心構えをしたおれの耳に、まったく予想外の音が飛び込んできた。


「――ぐわっ!?」

「なんでっ……!?」

「うわあああっ、来るなあっ!!」


 悲鳴。

 聞き慣れたオークの男たちの。

 一緒にいる囮部隊の連中じゃない。

 森の中――伏兵がいるはずの場所!?


 森から一人のオークが転がるように飛び出てきた。

 その太い腕には深々と傷が走り、人間と同じ赤い血が流れ出ている。


「どうした!? 何があった!?」


 駆け寄って詰問したおれに、傷を負ったオークは森の中を指さして言った。


「え、外獣(エネミー)だ……!! ほ、他の外獣(エネミー)が……!!」


「何だと……!?」


 そのとき、がさがさっと茂みを押し分ける音がして、森の暗がりから異形の影が姿を現す。

 大の男の1.5倍はある巨体だった。

 頭部にある大きな口はおぞましく縦に割れ、両腕は肘から先が二股に分岐している。

 こいつは……!


「《ガグ》……!!」



【能力分析C・スキル結果】

【分析対象:《ガグ》】

 レベル:43

 STR:B

 VIT:C

 AGI:C

 MAG:D

 スキル:なし



 一体だけじゃなかった。

 森の暗がりから、2匹、3匹、4匹、5匹……!


 ガグは村の周囲で見る中じゃ比較的レベルの低い外獣(エネミー)だ。

 しかし、この数!

 どういうことだ、なんでこんなに集まってきてる!?


「……まさか……!」


 おれは背後に迫る巨人の影を見やり、歯噛みした。

 もしかして、あいつか。

 イゴールナクのスキルだな……!?



【名前:《ングンキ・イゴールナク》】

 レベル:153

 STR:EX

 VIT:EX

 AGI:A

 MAG:EX

 スキル:《外獣誘導A》



《外獣誘導》。

 たまに外獣(エネミー)が持っているスキルだ。

 自分のいる場所に、他の外獣(エネミー)を呼び寄せる力……!


 きっとこのスキルが、あいつをレベル153まで押し上げたんだ。

 呼び寄せた外獣(エネミー)を取っては喰らい、レベルを上げた。

 間断なき同族喰いによる高速レベル上げ……!!

 あまりにレベルの上がる速度が速かったために、おれたちもヤツの存在に事前に気付けなかったんだ!!


 おれは緊急事態を伝える笛を吹いた。

 作戦は失敗だ。

 クルミには新しい作戦を考えてもらうしかない。

 そのためには詳しい状況を知ってもらうことだ!


「おい、お前! 伝令に行ってくれ! クルミにこの事態を伝えるんだ!!」


「あっ、ああっ!!」


 手近な場所にいたオークを伝令に走らせ、おれは続けて他のオークに指示を飛ばす。


「残りはガグを処理しろ! できるな……!?」


「で、できるけどよお……!!」

「兄さん、後ろのイゴールナクは!?」


 イゴールナクの接近を意味する揺れは、刻一刻と近付いている。

 ここで悠長にガグの相手なんざしてたら、踏み潰されるか喰われるかして一巻の終わりだ。


 だが、逃げるわけにはいかない。

 放置したガグが何をするかわからないし、クルミが新しい作戦を考える時間を稼ぐ必要もある。


 だから、おれは一人きびすを返した。


「イゴールナクの相手はおれがする」


 オークたちが豆みたいな目を見張る。


「ガグの相手、ちゃんとしとけよ! さすがのおれにも、背中を気にしてる余裕なんざねえからな……!!」


「兄貴っ! ローダンの兄貴っ!!」

「一人でなんてっ……!!」

「兄貴いいいいいいいいいッ!!!」


 おれはその場をオークたちに任せ、単身、イゴールナクのもとへと走った。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 かつて。

 魔王ベルフェリアと戦ったとき、おれには三つのものがあった。


 一つは、神の力が宿った剣。

 一つは、おびただしい魔力がこもった世界最高の装備品。

 そして、頼もしく愛しい最高の仲間たちだ。


 おれには今、そのすべてがない。


 神剣を始めとした装備品は現世に戻ってきた際に消滅し、仲間たちはこの100年で天寿を全うした。

 今のおれは丸裸のようなものだ。

 少し戦いの経験を積んだだけの、無学な田舎者でしかない。


 でも、そんなおれにも、守りたいものがまだ存在する。

 サルビアの知恵を、知識を、生きた証を受け継いだ女の子。

 家庭さえ持たなかったこのおれに、彼女がいてくれることがどんなに嬉しく、幸せなことか、きっと本人にはわかるまい。


 クルミの未来を守るためなら、何を支払っても惜しくはない。

 100年前に使い損ねたこの命、喜んで(なげう)とう。


 だから、もうしばらく付き合えよ、化け物。

 死に損ないの野郎が相手で、死ぬほど申し訳ないけどなあ―――!!


「おぉおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおぁああぁあああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」


 腹の底から雄叫びを上げて、イゴールナクの胸に飛び蹴りをかます。

 クルミの話によれば、コイツはひどく安定感に欠ける身体らしいが、かろうじて転倒せずに踏み留まった。


 空中を落ちていくおれを、口のついた手で掴み取ろうとしてくる。

 遅い遅い遅い―――!!


 指の間をするりと抜けて、筋肉でごつごつした腕の上に乗った。

 そのまま腕を走り抜け、本来首があるべき場所に全力のかかと落としをブチかます……!!!


「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」


 イゴールナクに、鳴き声をあげる口はない。

 しかし、その挙動から苦しんでいるかどうかはわかる。


 イゴールナクは巨体を身悶えさせ、首の付け根に当たる場所を両手で押さえた。

 はっは!

 そうだ、そうだよな、痛いか、そこは!

 普通、そんなところに骨はねえもんなあ―――!!


「オラ! オラ! オラッ! オラぁあああああああ――――ッ!!!」


 頭の奥から湧き出る熱のままに、全身を躍動させる。

 イゴールナクの巨体の周囲を跳ね回り、柔らかそうな場所から順番に攻撃した。


「どうしたぁ! ウドの大木がぁ!!」


 このままブッ倒しちまうぞッ、おいッ、こらあああああッ!!


 激しい情動が、おれの中を暴れ狂っていた。

 一刻も早く、この化け物を視界から消し去りたい。

 その欲求を押さえきれず、暴力性という暴力性が余すことなく引き出されていく。


 ……あれ? と思った。

 なんか、おかしい。

 なんで、おれ、こんなに……。


 視野が狭まっていることに気付く。

 マズい。攻撃に没頭しすぎだ。

 いったん間合いを取れ。

 頭を冷やせ!

 このままだと……!


「――あ?」


 身体が言うことを聞く前に、危惧した通りのことが起こった。

 イゴールナクが不意に振り抜いた足に、勢いよく蹴り飛ばされたのだ。


 森の地面を転がり、木の根に背中を打った。

 全身の痛みをこらえながら起き上がろうとしたが、瞬間、咳がこみ上げる。


「うげぇっほッ!! ぐふぉッ、ぇほッえほッ……!! っぐ……ぽ、あ……!!」


 ……やっべ。

 血の塊が喉の奥から出てきた。


 骨が何本かやられてる。

 当たり前だ、巨人に思いっきり蹴り飛ばされたんだ。

 生きてるだけでも奇跡的だ……。


 おれは起き上がれないでいるまま、イゴールナクの不気味な威容を見上げた。

 あの正体不明の情動が再び吹き荒れる。


 殺したい、殺したい、殺したい、殺したい……!!


 おいおい、おれはいつの間に狂ったんだ?

 勇者になんてなった時点で狂ってるとは思うが、ここまでじゃあなかったはずだ。

 もしかしてこれも、イゴールナクのスキルかなんかだったりするのか……。


 視界の中のイゴールナクが、ゆっくり手を伸ばしてくる。

 手のひらに開いた口の中で、舌がぬらぬらと光っていた。


 あんなのに喰われて死ぬのだけはごめんだ。

 その前に舌を噛みきってやる。

 なぜだか、今なら何の躊躇もなくできる自信があった。


 手のひらの口から漏れる生暖かい呼気が、おれの全身を覆う。

 ここで終わりか。

 少しの寂しさもあるが、クルミならうまくやってくれるはずだ。


 ……頑張れよ。

 幸せになれよ。

 もう二度と自分をブスだなんて言うなよ。

 お前は、本当に、可愛いんだから……。


 そして、おれは――

 大した決意もなく――

 用を足すような気軽さで――

 ――舌を、




北東に逃げて(・・・・・・)!!」




 瞬間、我に返った。

 何をしてんだ、おれは……!

 あっさり死のうとしてんじゃねえよ!!


「ぐっ、おぉおおおッ!!」


 全身の痛みをこらえ、迫る手のひらを蹴り飛ばした。

 その勢いでイゴールナクの手から逃れ、どうにか立ち上がる。


 よかった、足は無事か……!

 なら、走れる……!!


 素早く方角を確認すると、おれは全力で北東を目指した。

 腹の底からしきりに何かがこみ上げてきたが、全部飲み込んで走る。


 イゴールナクもついてきた。

 あれほど頭の中を満たしていたヤツへの殺意は、さっきの声を聞いた瞬間にほとんど消えている。


 北東にあるのは、湖沼地帯だった。

 全体的に地面がぬかるんでいて走りにくい。

 逃げるには不適な場所だったが、おれは迷わなかった。


「ローダンっ!! こっちっ!!」


 ああ、声がする。

 あいつの声がする。

 痛みさえ忘れて、おれは一心不乱に声の方へと走った。


「3、2、1―――今っ!!」


「「「《アイシクル》!!」」」


 突然、オークたちの声が重なって聞こえ、光が瞬く。

 おれは走りながら振り返った。

 イゴールナクの足元が、氷に覆われている……!


 凍結魔法の《アイシクル》だ。

 水分を多分に含んだ地面なら凍らせることができる……!


 イゴールナクの足が、凍った地面を踏み―――


 ―――滑った。


 ずるっと、それはもう見事に滑った。

 ズウンッ……!! と地面が強く揺れ。


 イゴールナクは、すんでのところで踏み留まっていた。


「――ローダンっ!!」


 やれやれ。

 人使いの荒い……!!


「おぉおぉおおおおおおおおッッ!!!」


 気合いで痛みを無視し、おれは全力で跳躍する。

 足を滑らせて体勢を崩したイゴールナクの腹に、跳び蹴りを喰らわせた。


 ぐらり、と。

 イゴールナクがゆっくりと後ろに傾くのを見ながら、おれはべちゃりと落下する。


「どうっ、だ……!! この野郎っ!!!」


 ズウンッ……!!! と、ひときわ強い揺れがあった。

 イゴールナクが――尻餅をついた。


 しかし、ただそれだけのこと。

 転倒した白い巨人は立ち上がるべく、()()()()()()()()()()()()()()


 瞬間、再び声と光があった。


「「「《アイシクル》!!」」」


 あっという間に、凍りつく。

 ぬかるんだ地面と。

 ()()()()()()()()()()


「……どうして、あの巨体で二足歩行なのか、ずっと気になってた。あれだけの体重を支えるのなら、四足歩行の方が絶対に都合がいいのに」


 地面に倒れたおれに、人影が近付きながら、理知的な声音を紡いだ。


「理由は、そう、()にあったの。あのイゴールナクには頭がない。代わりに手のひらに口がある。そして、()()()()()()()()()()()


 生暖かい呼気に全身を覆われた瞬間を、おれは思い出す。


「異常に屈強な手足。重心を低くするための太ったお腹。こうまでして直立二足歩行を維持している理由は、つまるところそこにある」


 すなわち――と、二代目大賢者は怪物を分解した。


「―――()()()()()()()()()()()()()()()()


 ……手のひらに口があるなら、それを常日頃から地面に押しつけてちゃ、全然息ができなくなる。

 ああ……それだけか。

 それだけが、あの嫌悪感を催す姿の理由……。



「なら、その口を両方塞いでしまえば―――当然、窒息死は免れない!!」



 イゴールナクの純白の巨体が、徐々に赤く染まりつつあった。

 クルミは隙のない交代体勢を敷いて、魔法に長けるオークたちにイゴールナクの手を間断なく凍らせ続ける。

 手が凍っている限り、イゴールナクは息ができない。

 巨体に貯め込んだ空気も、いつかは尽きるはずだ……!


 そして、およそ30分後―――


 赤くなるばかりだったイゴールナクの肌が、今度は逆に青ざめる。

 ふらりと巨体が倒れても、クルミはしばらくの間、オークの魔法使いたちに《アイシクル》を使わせ続けた。


 それも……イゴールナクの身体が、さらさらと崩れ始めたことで、終わりを告げる。

 その現象は、外獣(エネミー)が死亡したことを意味していた。


「……は、は……」


 やったな、クルミ……。

 それを見届けた直後、意識が遠くなる。


「あっ! ローダンっ!!

 ――魔力が残ってる人!! 回復魔法(ヒーリング)が使える人っ!! 早く来てっ!!」


 誰かオークがやってきて、おれの傍にひざまずいた。

 ああ……ダメだ、もう、意識が……。


「……ダメだ、クルミちゃん……。なぜか《ヒーリング》が効かない……!!」


「……あ。嘘でしょ……? まさか、《加護》がないから―――」


 そこで、視界が黒くなった。

 最後、クルミがまた涙を浮かべていた気がした。


 ……ったく。

 その泣き虫も、治さないとなあ……。


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並行世界の物語
『戦い疲れた元勇者のご褒美すぎる余生』
同じ世界観、キャラ、しかして別の世界線で送る、ただイチャイチャするだけのスローライフ。 ヒロインたちと魔王城に住み着いて穏やかな余生を満喫する!
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