第8話 知識と知恵の使い道
「――原初の勇者様、今日は一体何の集まりで?」
ある日、おれは村の自警団を呼び集めた。
広場に集まったオークたちに向かって、おれは宣言する。
「今日から、お前たちには訓練をしてもらう」
「訓練?」
「レベル上げですか?」
「違う! 訓練! 練習! 修行!」
とにもかくにも、何かあればとりあえずレベルを上げればいいという考えを捨てさせなければならない。
このレベルとかいうやつは、命ある限り際限なく上がってっちまうというのが最高に厄介だ。
普通ならどこかで壁にぶつかって、さらなる成長には何らかの工夫を要求されるはずなのに、こいつらはとにかく外獣をぶっ殺すだけで成長し続けることができる。
なーんにも考えなくても強くなることができるのだ。
だとしたら。
当然の話で――頭を使うようになれば、もっと強くなれる。
「クルミ、よく見ておいてくれ」
半ば無理やり見学させているクルミに、おれは言った。
「お前のおばあちゃんは、きっとお前にもしっかり教えたはずだ。
知識や知恵は、自分で使うばかりが用途じゃないって」
「自分で使うばかりじゃない……?」
さて、まずは戦いの訓練というものの重要性を教えるべきだろう。
「《筋力》Bランクの奴! 一人出てきてくれ!」
「おう!」
「それともう一人……そうだな、《筋力》Dランクの奴はいるか!?」
「僕がDだけど……」
「よし! 前に出てこい!」
二人のオークをみんなの前で対峙させた。
「これからこの二人に相撲を取ってもらう。さて、どっちが勝つと思う?」
聴衆のオークたちは、一斉に筋力Bのオークを指さした。
「そう思うだろうな。おい、きみ。ちょっと……」
おれは筋力Dの方のオークに、こしょこしょと耳打ちした。
「……わかったか? おれの言ったとおりにしてみてくれ」
「うんん……はい」
筋力Dのオークは訝しげにしながらも頷いた。
「クルミがやった奴をやるんですかい!?」
推移を見守るオークの一人が、そんな声を上げた。
「いいや。今回は猫騙しも膝カックンもなし。二人には正面からぶつかってもらう」
「ええ? それじゃあ本当に筋力ステ勝負になっちまうぜ」
「勝負にならねーよ!」
「1ランク差ならまだ粘れっかもだけどなあ……」
まあ見てろって。
「よし! 始め!」
二人のオークが正面からぶつかり合う。
筋力Dのオークの身体が、ズズズ、と押され――
「あっ!?」
「は?」
「嘘だろ!?」
観衆たちが一斉にざわめいた。
無理もないだろう。
筋力ステータスの劣るオークが踏みとどまった――だけじゃなく。
相手を投げ飛ばしてみせたのだから。
投げられた筋力Bのオークは言うに及ばず、投げた筋力Dのオークすら、何が起こったかわからないという表情をしていた。
よしよし、インパクトは上々だな。
「わかったか? これが『技術』の威力だ」
おれはオークたちに言った。
「工夫をすれば、ステータスで劣る相手にも、こうして勝利することができる」
自慢げに語ってるのが恥ずかしいくらい当たり前のことだった。
しかし、この程度のことが、こいつらは本当にわかっていない。
たとえ勝てない相手がいてもレベルさえ上げりゃ何とかなるんだから、それ以外の手段を探るなんて面倒だったんだろう。
それが時を経て常識となり、結果できあがったのが戦闘的未開文明。
こいつらには、《戦闘技術》のスキルはあっても、『戦闘技術』の知識はないのだ。
だからおれは、おれにできる限りで、それを教えることにしたのだった。
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筋力ステータスの優劣が引っ繰り返ったのを目の当たりにしたのが相当効いたようで、オークたちは精力的におれの訓練を受けてくれるようになった。
伴って、『戦い方を工夫する』という文化――とでも言えばいいのか、そういう考え方にも理解を示してくれるようになり、
「えっと……こっちで何人かが派手に騒いで外獣を釣り出して、あっちに隠れた他のみんなが順番に倒していけばいい……と、思うんだけど……」
「おう! なるほど!」
「そうすりゃ楽じゃねーか!」
「なかなかやるじゃあねーの! クルミちゃん!」
……と、まあ、クルミが提案する戦術にも耳を貸してくれるようになったのだった。
「……………………」
「どうした? 妖精に悪戯されたような顔だな」
「今まで、みんな、わたしの話なんて全然聞いてくれなかったのに……こんなに、あっさり……」
「だから言っただろ? 知識や知恵には、自分で使う以外にも使い方があるって」
「……そっか……」
クルミは遠くを見る目で、ぼそりと呟いた。
「わたし、なんで忘れてたんだろう……。だからおばあちゃんも、わたしにいろいろ教えてくれたのに……」
そう。
知識や知恵の、自分で使う以外の使い道とは、『人に伝える』こと。
かつて、おれが故郷の親父から、木こりの技術を学んだように。
彼女もサルビアから、大賢者としての知識を学んだ。
レベルも、スキルも、ステータスも。
誰かから誰かへ伝えてゆくことだけは、絶対にできないのだ。
「……わたし……ずっと、思ってたの」
そして、二代目大賢者は言った。
「おばあちゃんから受け継いだこの知識を、もっと活かしたい、もっと役立てたい……って。
いつかは、この村も出て……。
でも、この村でさえ認められないわたしが、外の世界で役に立とうなんて、そんなの無理だって思ってた……。
――ねえ、ローダン。
もしかして、わたしにもできる?
魔法もスキルもない、ステータスも弱いわたしにも……できることって、あるのかな……?」
「あるさ」
おれは全霊をもって断言した。
「たくさん、たくさん、きっとある。だから見つけていこう。おれがきちんと、手伝ってやるからさ」
「……うん。……うん……!」
そうして花開いた笑顔は、不覚にもくらりと来るくらいに綺麗だった。