第0話 最低ステータスの最賢勇者
勇者都市ローダニアでは、レベルとスキル、そしてステータスがすべてを決める。
人間と魔族、双方にとっての天敵である外獣――名状しがたき姿と恐るべき力を持つ怪物ども。
奴らから世界を守る最前線であるこの都市にとって、人の価値とは、すなわち力であるからだ。
そして、今。
すべての勇者の頂点、《勇者聖》に最も近いとされる一人の少女が、嫌悪を催す不定形の外獣と対峙していた。
彼女は唱える。
「―――ピオニーは5秒後に横撃。その直後くらいに防護魔法が消えるから、アンズ、準備しておいてね」
「了解ですわ!」
「わかりました!」
「ローダンは盾役。2回ぶつかったら1回引いて。それから一呼吸置いたらもう一度同じ感じで」
「あいよ!」
少女の指示を受けて、おれは走り出す。
そう、彼女が唱えるのは魔法ではない。
そもそも彼女は魔法を使えないし、ステータスだって最低のオールG。
スキルは多少持ってるが、それだって一人だけじゃ何の役にも立たないものばかり。
彼女が、勇者ギルドにおける最高ランク《特級》にまで登り詰めた、その理由は―――
「――3――」
始まるのは、カウントダウン。
「――2――」
指示通り二度目の激突を終え、おれは後退した。
「――1――!」
おれを追いかけて、巨大なスライム状外獣が動き、
「―――0!!」
直後、天井が崩落した。
無数の瓦礫の下に外獣の姿が消える。
すべては予定通り。
戦闘開始前に脆くなった天井を見つけた彼女が、事前に考えた作戦の通りだ。
天井の強度を一目で見抜き。
その崩落のタイミングを計算し、常に脳裏で数え続け。
おれたち3人に指示を出して、巧みにその場所、その時間に誘導した。
彼女の名はクルミ。
今やローダニアで知らない者のいない《最賢》の勇者。
彼女は、史上初めて、その頭脳のみによって《特級勇者》へと登り詰めた少女だった。
きっと、もう誰も信じやしないだろう。
こうして堂々と外獣の前に身を晒し、毅然と指示を飛ばす彼女が、ちょっと前まで『賢者もどき』と呼ばれて笑われていたなんて。
早くも懐かしい気持ちになる。
おれとクルミが出会ったのは、おれがこの世界に戻ってきてすぐの頃だった―――