第二話 お巡りさんこいつです
そして嫌なことが先にあると時間というのは物凄く早く流れるようで、あっという間に合コン当日。
気が向かないからと言って変な格好で出向いて友達に恥をかかせるわけにもいかないので、それなりに頑張ってお洒落をしてみた。髪も巻いてみたり、普段はつけることの出来ないキラキラしたピアスをしてみたりとか。
鏡の前でチェックして、うむ、なかなかの良い出来じゃと自己満足。考えてみるとここまで気合を入れてお洒落したのっていつ以来だろう、とそんなことを考えてしまった。
でも頑張った甲斐はあったみたいで出迎えてくれた香澄は私の見た目には非常に御満悦の様子だ。
「水姫ー! 来てくれてアリガトねー♪ やっぱ姫は可愛いよ、なんでむさ苦しい自衛隊なんかに入っちゃったのかなあ……普通にOLさんしてくれてたらもっと誘えるのに。とにかく感謝感謝」
「いやいや、どういたしまして。せいぜい感謝して下さい」
その場に集ったのは男女六人ずつ。それぞれのお兄さん達は確かにハンサムさん揃いだけれどダメだ、きっとお店を出た途端に顔を忘れちゃうな、私。
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それから一時間ほどが経ち、笑顔を無理やりに貼り付けていたせいで顎が痛い。どうやって目の前にいる外科医のお兄さんを振り切りつつ中座してやろうかと考えていたらスマホが振動した。発信先は……あれ、榎本さんからだ。
「すみません、ちょっと緊急みたいなんで」
そう言ってスマホを片手に席を立つ。店内の静かなところなんて限られているから、取り敢えずはトイレ前の廊下に出た。
「はい、藤崎です」
『おう、社だ。お前、いま何処にいる』
意外な声に混乱した。この声は榎本さんじゃなくて社さん? でも着信表示は確かに「榎本」だった筈なのに……。
「社さん? あれ? これって榎本さんの番号ですよね、もしかして何か問題でもありました?」
『お前の電話番号を知らないから榎本さんの電話からかけてる。んで、いま何処だ』
「えーと、駅前のリフージョですけど」
なんか吹き出したような音がした。なんだかまた失礼なパターンじゃ?
「私が選んだわけじゃないですよ!」
『分かってるよ。二十分でそっちに着くと思うわ』
「は?」
聞き返した時には既に電話は切れていた。
「着くって、何しに来るんですか?」
出たついでお手洗いで少し化粧直しをしてから席に戻った。
「どした?」
佳澄が私の顔つきを見て心配そうに声をかけてきた。その辺は警察官ということもあって察しが良いしとても気遣いのできる子なのだ、多少強引なところがあるだけで。
「うん……なんか職場の人だったんだけど何だろう、来るとか来ないとか」
「何か問題でも起きたの?」
「上司ではないから違うとは思うんだけど、もしかして戻らなきゃいけないことになるかもしれないけど、その時はごめんね」
「うんうん、構わないよ」
あと二十分? まあそのぐらいなら前にいる外科医さん(名前忘れた)に我慢できると思う。なんだろうな、整備不良でも起きたのかな、けどそれなら榎本さんから直接連絡あるよね。まさか愛するタロウちゃんが壊れたんだろうか? あの機体はロールアウトしてからも色々な計器類不良を起こしているデリケートな子だから心配だ。
そんなことばかり考えていたので、前に座っている外科医さんが何を話しているのか殆ど頭に入ってこなかった。
―― お茶漬け食べたいな…… ――
イタリアンは美味しいから好きだけど、今は近所の魚雅さんの鯛茶漬けが無性に食べたい気分。あ、回転寿司も良いな、イクラの軍艦巻き食べたい。
「姫、迎えに来たぞ」
お寿司のことを夢想していたら、いつの間にか横に社さんが立っていた。しかも制服で。制服を着ている社さんを見るのはもしかしてここに配属されてきて初めてかもしれない。しかし何でそんなに目つきが悪いのか、あ、分かった、制帽の陰になっているから怖く見えるんだ、そうだそうに決まっている……ということにしておこう。
「迎えにって社さん……」
言い返そうとしたら更に目つきが悪くなった。これって犯罪者の目ってやつじゃないかな?と佳澄に確かめようと振り返ってみて目眩を覚えた。皆……見とれてる場合ですか、制服なんて毎日見てるでしょう?
「おーい」
女子の前で手を振ってみる。
「あ、ごめん。この人は?」
いち早く我に返った佳澄。
「えーと」
「姫の家来です。姫を馬車でお迎えに」
愛想よく答えている社さん。けど私を見下ろす目は確かに犯罪者です、おまわりさん、こいつですって言いたい。
「そうなんでか、お迎えご苦労様です。では姫をお返ししますね」
「恐縮です。では姫、参りましょう」
参りましょうなどと口では殊勝なことをほざいてますが、目つきが“さっさと立ちやがれこの下僕がっ”って感じで非常に怖いですよ。ドナドナの子牛の気分が分かるような気がしましたよ、何故か。
「じゃあ佳澄、申し訳ないけれどお先に失礼するね。今日は誘ってくれてありがと」
「また日を改めてお茶しよう?」
「うん。では皆さんお先に失礼します、本当にすみません」
お店の外に出ると車の横でお店のスタッフさんが立っていた。どうやら路駐していた社さんの車を見ていてくれたらしい。
「乗れ」
社さんが助手席のドアを開けたので仕方なく助手席に座ることになる。社さんはスタッフさんにお礼を言ってから車の前を回り、運転席につくと制帽をぽいっと後ろに放り投げ無言で車を発進させた。F-2ドライバーだけあって運転は上手だよね。
「意外ですね、社さんってもっとこういう車に乗っていると思ってました」
そう言いながらスポーツタイプと呼ばれるような車体の流線型を宙に描いた。けど返事が無い。
「あの、整備不良とかあったんですか? 制服着てるってことはもしかして呼び出されたとか……」
「いや、それはない」
「そうですか」
じゃあ何で来たんだろうと首を傾げる。しばらく互いに無言でいたのだけれど、いきなり社さんが溜め息をついた。
「はあああ……俺なにしてんだろ……」
「はい?」
こちらに一瞥をくれてから更に大きな溜め息。なんか失礼な人ですよね、いきなり店から連れ出してだんまりを決め込んでいたと思ったら今度は溜め息ついて。そりゃ不本意な合コンから連れ出してくれたことには感謝してますけどね。
「あの、話が全く見えませんが」
「だよな……はあ……なんで……」
「はぁ?」
なんか最後の方はブツブツと呟き状態になっていたので聞こえませんでしたが何と言いました?
「ちょっと外でタバコ吸ってもいいか?」
「どうぞ」
市街地を抜けてしばらくしたところで路肩に車を寄せると社さんは外に出た。ボンネットにもたれかかるようにして立つとタバコに火をつけて、少し上に向かって煙をはく。社さんがタバコを吸うなんてますます珍しいこともあるものだ。普段はタバコのタの字も感じさせない勤務態度なのに。
「あのー……私、何か不味いことでもしましたか?」
車から降りると社さんに声をかけてみた。
「不味いことだらけだ、あほう」
そう言うとビシッと指を突きつけてきた。な、な、何ですか?
「姫のくせにそんな格好してんじゃねーよ」
「え……」
そんなこと突然言われても困るんですが。これでも女の端くれですし友達に恥じをかかすわけにもいかないし。非番の時はここまで気合い入れなくてもそこそこお洒落してますよ?
「似合いませんかね、これ。私はそこそこって、うわぁ、近いです、社さん!」
いきなり大股でこちらにやって来て顔を両手で挟まれた。文字で書くととってもロマンチックなんだけどね、実際には鬼気迫る顔で寄って来られて非常に恐ろしい状況。相手は現役の自衛官ですし、いや私もそうだけど絶対にあちらに勝てる気がしない。
「しかも髪や化粧まで変えやがって」
「いや、だって」
「だってもへったくれもねーよ。しかも何だ、さっきはさっきで、ひょろ長い男の話をうっとりした顔で聞き入ってやがる」
いやあれは、回転寿司を夢想していただけなんですよ? イクラの軍艦巻きとかですね、食べたいなあと考えていただけで。
「あれはその……」
「お前、こないだ俺の武勇伝がどうたらと言っていたな」
「御愁傷様です」
「御愁傷様言うな、一体ぜんたい誰のせいだと思ってるんだ」
誰のせい? 誰とは?
「さあ……やはり寄る年波ということで社さん自身のせいではと」
「違う! お前に会ってから他の女だと勃たなくなったんだぞ、お陰様でな!」
「勃た……えぇ?!」
思わずつられて言いそうになって慌てて口をつぐむ。しかもお陰様でってなんですか、それ。
「私のせいとかどうして分かるんですか。あ、もしかしたら本当に年のせいだとか。ここはですね、恥ずかしがらずに病院で診てもらった方が良いんじゃないでしょうか?」
社さんは目に手をあてて呻いた。
「だったらこれはどう説明するんだ、あ?」
「あ……」
抱き寄せられて下半身が密着すると何か硬いものが太腿に当たった。
「お前が機体整備をしているのを見たら効果てきめんだぞ、どうしてくれるんだ、これ」
そんな鬼の形相で睨まなくてもいいのに。大体そんなこと言われても私がスイッチ入れてるわけじゃありませんしね、それ。あくまでも社さんの身体ですから。
「どうしてくれるんだと言われましても困るんですが。私が社さんの体にプリタクシーチェックみたいな指示を出している訳じゃありませんし」
「責任取れ」
「いや、責任って貴方……」
そういうのって普通、女の方が言うセリフではないかと思うんですけどどうなの? それともアレかな、最近は男女平等とかいうことで男でも有効なの?!
「とにかく抱かせろ」
そりゃまたストレートな物言いで社さんらしいと言えばらしいけど我々は自衛官。仮に二人がその気だったとしても民間人とは違ってそうそう勝手に外泊なんて出来る訳がないんです……よ?
「一体なにしたんですか」
ニヤリと笑った顔が悪魔だ……。
「明日の1900時まで俺達は自由だ」
「はいぃ?」
「さあ行くぞ」
そう言って社さんは私の腕を掴んだ。
「行くぞって、私まだ何も言ってませんよ?」
「うるさい。大体お前に拒否権なんてあるものか、生意気だぞ、姫のくせに」
「それどんな理屈……」
「理屈もなにも無い。だが少なくとも俺の方が階級は上だ」
それって一体どんなパワハラ……。