第一話 彼女とタロウちゃんと武勇伝持ちパイロット
「お願い水姫! どうしても人数が足りないの、今回だけ顔出して!」
高校の時の同級生、佳澄が私の前で両手を合わせて拝んでいる。
「え~……私、畑違いだよ……そりゃ公務員繋がりではあるけどさ」
久しぶりに会った友人の頼みに困惑気味だ。公務員繋がりとは言え目の前で私をお稲荷さんかなにかのように拝んでいる佳澄は警察官、拝まれている私は自衛官。全く違う職種だ。
で、なんで私が彼女に拝まれているかというと、彼女が幹事の一人で主催する合コンに欠員一人が出たからで、それの穴埋めにと急遽、現在フリーの私に白羽の矢が立ったらしい……。
「一人が急に風邪で寝込んじゃったのよ、頼む。こういうのが嫌いなのは知ってるけど今回だけは私の顔を立てて下さい、お願いします!」
さらに柏手まで打たれてしまって本当に拝まれ状態。そのうちお賽銭まで投げつけてきそう……。
「もっと現場の人に声かけたら? えーと確か白バイ隊にもいたでしょ、私よりもずっと可愛くてフリーの子が?」
「彼女は彼氏ができちゃった! 空自の現役自衛官様が来てくれたら私、とっても嬉しい!」
「それきっとドラマか何かの見すぎです、佳澄ちゃん。私は整備員だし、ほら、空飛ぶ人が良いならパイロットさんは無理でもCAさんとかいないの?」
やだなあ、その日の休みは溜め込んだ本をゆっり読もうと思っているのにと頭の中でぼやく。
「相手はイケ面揃いだから!」
「別に顔は興味ないよ……目と鼻と口が揃ってれば問題ないし。あ、あと眉毛も」
あと耳は必要だね、それと髪の毛は無いより有った方が良いかな、毛深く過ぎるのは考えものだけど。久し振りに会った友達にあんまりと言えばあんまりな仕打ちだけど参加したくないのだから仕方が無い。
「水姫~~」
「女の子、全員、警察官なんでしょ? 誰かいないの?」
「いないから困ってるんだし、こうやって頼んでるんじゃない~~」
やれやれと首を振った。
「他の子達は気にしないの? 私が警察官じゃなくて空自の整備員だってこと」
「まーったく!!」
「男性側は?」
「それはあっちの幹事に伝えておいたから無問題!」
つまりは本当に頭数さえ揃えば問題ないってこと?
「仕方ないなあ……本当に今回だけだよ?」
まあそっちが問題ないなら構わないか、な……。本が読めないのは心残りではあるんだけれど。
「ありがとー! 水姫、愛してるぅ!」
こっちに飛びついてきそうな勢いに思わず仰け反ってしまったのは許してほしい。
「い、いや、愛さなくてもいいから。その代わりと言ってはなんだけど」
「うんうん、何でも言って。今回参加する中で一番素敵な男の人を紹介するから!」
「それよそれ。相手を押し付けようとはしないで? 今のところ誰かと付き合うとか考えてないから。それさえ聞き入れてくれるなら数合わせに付き合う」
ただでさえ今の職場はむさ苦しい野郎共で溢れ返っているんだもの、私の人生に余計な男が割り込んでくる余地は全く無い。
「勿体無いなあ……けど分かった、無理に誰かを押し付けたりしない。勝手に来た奴は……」
「私が潔くお引取り頂く、実力行使になったとしても」
うん、その点は大丈夫。かかる火の粉は自分で振り払うから。
「分かった」
+++++
だがしかし……。
「はあ……」
大きな溜め息が出るのは仕方がない。機体を挟んだ向こう側で飛行前点検を一緒にしていた榎本さんが顔を上げた。
「さっきからどうしたんだ、姫。なんだかこの世の終わりみたいな顔してるぞ」
「次の休暇が潰れました」
「休暇が潰れたぐらいでそんな顔するな」
貴重な休暇が潰れるなんて確かにこの世の終わりな気分に近いものがある。休み明けは早々にアラートハンガーでの待機があってただでさえ緊張感がMAXになるのに色々とついてない。
「貴重な休暇ですよ、気分はこの世の終わりです。心置きなく本が読めると思っていたのに。はぁぁぁあ無念です」
その場でしゃがみ込むと手にしたスパナで地面をガンガン叩く。だって整備している可愛いタロウちゃんを叩くわけにはいかないものね。本当ならもっと暴れたい気持ちだけど勤務中だから我慢します。スパナだって税金で買われた大切な備品なんだけどね、単価安いからこの際どうでもよいんです。そんなこと聞かれたら調達部の人に叱られるかもしれないけど。
「ううう、タロウちゃん、私は悲しいよぅ」
それまで整備していた青い機体に慰めて欲しくて頬ずりをする。よしよし可哀想な水姫さん、僕が慰めてあげるから元気出して?なんて言ってくれたら嬉しいんだけど、今のタロウちゃんはまだエンジンに灯が入っていないので静かなものだ。
「おいおい、戦闘機に変な名前つけて頬ずりすんな」
尖った声に頬ずりをピタッと止めベッタリしがみつく。
「聞こえているのか、そこのメカオタク、俺の機に涎つけたら容赦しないぞ」
更に飛んでくる言葉にタロウちゃんに抱きついた。
「指紋もつけるな、あほう」
「ほうっておいて下さい、社さん。グローブしてるんだから指紋なんてつきませんよ。それにこれは貴方のものではありません。お忘れかも知れませんが国の財産です」
「その国の財産に涎と指紋をつけるな、あほ」
ポコンと後ろから頭を軽く小突かれたので溜め息をついて離れると念の為にと綺麗に拭き拭きする。
戦闘機を無粋な兵器だなんていう人の気が知れない。こんなに綺麗なフォルムの芸術品なのに。この完成された芸術品を常にベストな状態に保つのが航空機整備員である私の生きがいだ。
ちなみにタロウちゃんの正式名称はF-2戦闘機。実のところ、この基地に配備されている全ての航空機に名前をつけているんだけれどそれは私だけの秘密だ。
「んで? 盛大な溜め息は何が原因なんだ? 訓練に出る前に特別に俺様が聞いてやろう」
「いいですよ、お昼にでも榎本さんに愚痴りますから。こっちの点検はもうすぐ終わりますから社さんはさっさと飛び立っちゃって下さい」
ムスッとしながら“タロウちゃん綺麗になりましたねえ”と呟いた。
後ろに立っている人物はじっとこちらが答えるのを待っているらしく動く様子がない。はあ……答えるまで張り付くつもりか、この人は。
「……合コンですよ、合コン」
「合コンだ?」
「学生時分の友達に頼まれたんですよ、欠員が出たからどうしてもって」
「お前が? 合コン?」
相手がプッと吹き出すのが聞こえた。何だか非常に失礼な気がするんですが。そりゃ彼氏いないし、他人から見たらメカオタクかもしれないけど、行きたくもない合コンに付き合うとかで笑われるって物凄く理不尽だ。
「だから榎本さんに愚痴るって言ったのに」
「いや、すまん。しかし……お前さんが合コンとは世も末だな」
もう踏んだり蹴ったりな発言ですね。そのうちヘルメットにアホとかボケとかハゲとかこっそり書いてやろうかと本気で考えてるんですが良いですかね。
「ほんと世も末ですよ。来る相手が技術屋ならともかく、友達の性格からして恐らく医者と弁護士あたりで揃えてくるのではないかと思うんですよね。退屈そうで今から憂鬱です」
「けど俺等より安定職なんじゃねーか?」
榎本さんが口を挟んできた。
「そうなんですかね、別にどうでもいいですけど。そういう社さんはどうなんですか、最近、すっかり武勇伝を聞かなくなりましたが。やはり寄る年波には勝てませんか、そうですか、御愁傷様です」
「おい、勝手に完結させるな」
ブツブツと文句を言っている社さんを無視して整備記録に最後の記入をする。
「こちら完了しました、榎本さん。では社一尉、本日もタロウちゃんを大切に扱って下さい。以上」
階級が上の人にこんな口調ではいけませんね。他の人に見つかったら大問題。近くにいるのがうちの班と社さんだけで良かったです、ほんと。
何やら言いたそうな顔をしながらも社さんがコックピットに乗り込むと整備員全員が所定の位置についた。榎本さんは社さんの横についてタロウちゃんのコックピットの計器類がちゃんと動作しているかチェックしている。
もちろんチェックするまでもなく今日もタロウちゃんは私達が愛情をこめて点検したのだから万全だ。だけど離陸前に念には念を入れるのがこの仕事での鉄則なのだ。
榎本さんがコックピットから離れたところで社さんがこっちを見たので手信号で合図を送るとエンジンに灯が入って回転数を上げていく。うん、エンジンの音も異常なしでタロウちゃんは超御機嫌だ。
こっちに指示に従って機体の動作確認をして手信号を送り返してくる社さんも、さっきまでのふざけた空気は跡形もなく消え去って完全にパイロットの顔になっていた。
全てのチェックが終わってキャノピーがしめられるといよいよ滑走路へ。敬礼をして見送っていると社さんがいきなりこっちを見て指さしてきた。
「?」
普段はしない動作に敬礼をしながら首を傾げた。
バイザーのせいで顔は見えなかったけれどどうやら御愁傷様発言がかなり気に入らなかったみたいだ。後でまたグチグチと言われるんだろうか? 上で飛んでいる内に忘れてくれると良いんだけど。
そして離陸したF-2を見上げながらふと浮かんだ疑問。寄る年波とは言ったものの、社さんって幾つなんだろう。