瑠衣さんは人を驚かせるのが大好き
マルコはカルロスと話していたら急にぞくりと寒気がした。
慌てて辺りを見回す。
それはひんやりした空気だった。
なぜそう感じたのか理由はわからない。
(この村はおかしい)
マルコはなんとなくこの村がおかしい事を感じ取った。
まるで軍艦と戦っている最中に舵が壊れたような空気。
よどんだ火薬のにおいが鼻をくすぐった。
するとカルロスの後ろでニコニコしている男と目が合った。
やたら背の高い大男だ。
小さい生き物を肩車している。
まるで休日の親子のようだった。
なんとも微笑ましい光景だった。
だが次の瞬間、マルコの目に地獄が映った。
それは連れてきたクルー全員が一分もしないうちに皆殺しにされるというものだった。
それは百戦錬磨のたたき上げの戦士だからこそわかる力の差だった。
マルコの顔に脂汗が浮かんだ。
「お、おい。どうした親父。顔が青くなってるぞ」
娘のチェスが心配そうな顔をした。
マルコはそんなチェスには返事せず、せがれのカルロスへ向けて絞り出すような声を出した。
「お、おい……どういうことだ……そこの旦那と喧嘩したら一分で俺たちは皆殺しになるぞ……」
「一分ももつのか。うちの連中って強かったんだな」
酷い言いっぷりだがカルロスの言葉は事実である。
青い顔をするマルコたちの所へワイン瓶を手にした美女がやってくる。
クローディアである。
「おーっす。みんななにしてるのー?」
それを見てマルコはさらに顔色を悪くする。
もはや青ではなく真っ白である。
「お、おい、せがれ。なんだあのやべえのは。喧嘩売ったら俺たち二分で皆殺しだぞ」
「二分しかもたんのか。俺はアイザックと半日逃げたぞ」
マルコは魔道士ではない。
だがその豊富な戦闘経験から勝てる相手か否かの判断は正確そのものである。
「あれから半日逃げたってお前化け物か?」
「うるせえ。つかこの村はもっとたちが悪いのが二人いるぞ」
『声を聞いたら即死』の伽奈と『死ぬだけですんだらラッキー』の瑠衣である。
それを聞いてマルコは目を丸くする。
「味方……なのか?」
「みんな友達だ」
マルコは間の抜けた顔で鼻を垂らしたが、すぐに本気の顔になる。
「おい、せがれよ。この村なら国を奪えるんじゃねえか?」
それはたいそう悪い顔だった。
「帝国を滅ぼすのは簡単だけど俺たちには統治する力はねえ」
カルロスがそう言うとマルコは納得した。
そしてマルコは怒鳴った。
「おいお前ら、この村では悪さは一切するな! 死にたくなければな」
マルコの言葉をカルロスは訂正する。
「この村で悪さをしたら、死んだ方がまだいいと思うことになるぞ。冗談ではなく殺してくれって頼むことになるからな」
当たり前のように言うカルロスを見てチェスが笑う。
「またまたぁ、兄貴からかって……」
「俺がいつからかった?」
カルロスは真顔だった。
相棒のアイザックも「うんうん」とうなずいた。
アッシュは「そんなことないよ」という顔をしていたが全く説得力がない。
ほとんどのクルーはアッシュに素手で手足を千切られるのだと理解したのだ。
「いや殺してくれなんてこんなのどかな村であるはずが……」
「この村の人口の9割は一山当てようとした妖しい商人、流れ者、それに難民だ。それがこんなにものどかに暮らしてるってことの意味を理解しろ」
チェスには意味がわからなかった。
そんな状態なら普通は無法地帯になる。
こんなのどかな村になるはずがないのだ。
だが兄は嘘をついていない。
それだけはわかった。
「あと言っておく。瑠衣さんから逃げられると思うな」
「あら呼びました♪」
瑠衣の声だ。
いつものお菓子をねだる時の出現方法ではない。
最初なので本気の出現である。
まず地面からにょきっと人間の歯が現れた。
その奥には眼球が海賊たちを見ていた。
「んぎゃあああああ!」
まずチェスが泡を吹いて気絶した。
「あーあ、脅かして」
「初対面だとあれやるんだよなあ」
騎士二人はもう慣れっこである。
「まったくだ」
アイリーンも同意する。
クルーたちが腰を抜かしたところで眼球を突き破って蜘蛛が現れる。
その上に瑠衣が座っていた。
「ごきげんよう♪」
これは「おいたしたら食べちゃうぞ♪」という軽い脅しである。
瑠衣は長い子育て経験から、言葉で通じなそうな相手には本気で脅かすのがいいことを知っているのだ。
……それと人を試すのは瑠衣の数多い趣味の一つでもある。
そして倒れそうな顔をしているマルコが一言。
「うむ……お前らわかったな。絶対に悪さはするな」
だが誰もマルコの言葉を聞いてなかった。
なにせ海賊全員がその場で気絶していたのだ。
そう言う意味ではカルロスやアイザックの胆力は最初から超人レベルだったと言えるだろう。
だからこそ瑠衣の友達をやっていられるのかもしれない。
ちなみに今回の合格者はマルコである。
なにせマルコは腕を組みながらも隠し持っていたナイフを握っていたのだ。
自分が助かるためではない。
時間稼ぎをして娘や子分を一人でも逃がそうというつもりだったのだ。
瑠衣は悪党でもこういう人間は嫌いではない。
こうして海賊ご一行がクリスタルレイクに滞在することになったのだ。
ちなみに海賊たちは三日ほど寝込んだ。
観光客では体験できないクリスタルレイク住民の日常は初心者には刺激が強すぎたのである。
さて海賊たちが元気になるまでの間、レベッカはクローディアとレッスンをしていた。
結婚式の興行では出番がなかったドラゴンたちは今度こそ歌って踊りたかったのだ。
「はい。みんなは演技を気にするよりも元気いっぱいに踊ってね」
「「あい!」」
ドラゴンたちはキリッと真面目な顔をしてクローディアの指示に返事をする。
劇場は内装が燃えたので現在内装工事中である。
あちこちが焼け焦げているがレッスン用としては問題はない。
「はいくるくる」
「「あい!!!」」
ドラゴンたちはくるくるとまわる。
ターンやスピンは人間の大人のように完成されてない無駄な動きだが、それが逆に愛らしさにつながっている。
「レベッカたん! ジャンプ!」
「あい!」
レベッカはぴょこんと跳ぶ。
するとクローディアが全員をほめた。
「はいよくできました! エルフさんたちとの会談で披露しますからね」
「「あい!」」
着々と準備は進んでいた。




