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大出世

 あれほど苦しんでいたアイザックも二時間ほど経過するとすっかり動けるようになっていた。

 瑠衣は微笑んだ。

 その表情は慈愛にあふれたものだった。

 すっかり安心したアイザックはテンションを上げながら雑談をした。


「いやあすごいもんですね。回復魔法で傷を塞ぐばかりか中に手を入れて金具で骨をくっつけるなんて……こんなの聞いたこともありませんよ!」


「人を治すのは得意ですから」


 その表情が黒い笑みに変わる。


「えっと……聞かない方がいい話……ですか?」


「ええ♪」


「いじりなれている……ことについては聞かない方がいいですか?」


「はい♪」


 聞かない方がいい話らしい。

 確かに瑠衣は血が出ないように中身をグリグリしていた。

 一体誰を相手に練習したのか。

 想像だけでもメシが食べられなくなる。


「そ、それじゃあ俺、結婚式の用意があるんで行きますわ。ありがとうございました!」


 アイザックは部屋を出て行く。

 逃げ出したとも言う。

 自分の怪我を治した技術がどれほどの犠牲の上に成り立っているかなんて知りたくなかったのだ。


「死にさえしなければどの状態からでも組み立てる(・・・・・)自信があります。ご安心ください」


 瑠衣の顔はどこまで慈愛に満ちたものだった。

 だがアイザックにはそれが怖かった。

 そして同時に思った。


(アッシュさんも姫様もパネェッ……)


 ポンポコ村のド天然カップルはやはりただものではない。

 瑠衣と普通に友人としてつきあえているのだ。

 特にアッシュはなにも考えていない。

 強大な力を利用しようとすら思っていないだろう。

 そこが器というものなのかもしれない。

 アイザックは雇い主を見直した。


 アイザックが外に出るとアッシュが待っていた。


「痛くないか?」


 心配してくれたらしい。


「もう大丈夫ですよ。ありがとうございます!」


「それで、着替えだってさ」


「着替え……? なにをするんです?」


 村の結婚式だ。

 正装をするなんて聞いていない。

 混乱するアイザックにアッシュは優しく言った。


「叙勲だ」


「はあ?」


 アイザックはわけがわからず首をひねった。

 そのままアッシュの後ろをついていく。

 すると倉庫の前にカルロスがいた。


「アイザック、動けるようになったか。よしよし。ほれ、これに着替えろ」


 カルロスが手渡したのは騎士の制服だった。

 それも礼装用のものだ。


「俺はもう騎士じゃねえぞ」


「いいから着ろよ」


 アイザックは不満そうな顔をしながらも言われたとおりに倉庫で着替える。

 やけに仕立てがいい服だ。

 縫い目を見れば上級貴族への謁見用の品でも通るとわかる品だ。

 裏地も高級品なのがよくわかる。

 それはいかにも高級そうなものだった。

 これを結婚式のためだけに仕立ててくれたとしたらアイリーンには一生頭が上がらないうだろう。


「おいカルロス。こいつ生地が良すぎねえか?」


「いいんだよ。結婚式を楽しめ」


 なんだか釈然としなかったがアイザックは礼服を着て外に出る。


「ほれコイツもつけろ」


 カルロスが山形帽を手渡す。

 これでは完全な礼装だ。

 士官でも式典以外ではしない格好である。


「なんで帽子なんか……お前結婚式だぞ」


「いいからつけろ」


 アイザックはブツブツと文句を言いながら帽子を被る。

 アイザックはどうも帽子が嫌いだったのだ。


「ほれ帯剣」


 今度は剣だ。

 しかも儀礼用の細い剣だ。

 鞘にはゴテゴテとした金の装飾がされている。


「だから酒場のマスターの結婚式だぞ。帯剣してどうすんだよ!」


「いいから。いいから」


 アイザックは帯剣する。

 アイザックはなにがなんだかわからず混乱していた。


「よし広場に行くぞ」


「ああ……」


 アイザックは警戒していた。

 広場に行くと白塗りつけヒゲ姿のセシルがいた。

 こちらも儀礼用の正装をしている。

 女性であることを知った今ではアイザックから見ても肩パットを入れて無理をしているように思える。


「ふむ、行くぞ兄弟」


「きょうだい?」


 そう言うとセシルは広場に設けられた台の元へ歩いて行った。

 アッシュはアイザックを台の元へ連れていく。

 アイザックはまだ警戒していた。

 なにかがおかしい。

 ただの結婚式ではない。

 台の近くには劇場の楽団が生演奏をしていた。

 豪華すぎる。

 貴族でもここまでの結婚式をあげるものは少ないだろう。

 心臓がバクバクと高鳴るアイザックにアッシュは言った。


「花嫁の付添人はアイリーンだ」


 元上司だ。

 それは想定済みだった。

 そしてアイリーンが現れる。

 アイリーンは珍しくドレスを着ていた。

 それも主役のクリス以上には目立たないように気をつけたものだ。

 アイリーンは恋愛方面はからっきしだが、こういうところにはちゃんと気を使えるのだ。

 クリスは可愛らしさを前面に押し出したドレスだった。

 こちらもお値段を聞いたら卒倒しそうなものだ。

 クリスがアイザックの元へ来るとアッシュとアイリーンは広場に設けられたベンチの最前列に座る。家族席だ。

 セシルは台の上で結婚を宣言する。


「第三皇子にして司祭であるセシルの名においてここに二人の結婚を宣言する!」


 宣言が終わると結婚式はちっとも頭に入らない儀式を経て順調に進む。

 良く見ると客席にはセシルの関係者と思わしき貴族たちも参列している。

 それがわかるものにだけ独特の緊張感があった。

 そしてそんな緊張感あふれるスリリングな儀式にセシルが爆弾を投下する。


「さて……今日は結婚式であるが、もう一つの儀式も並行して行いたいと思う。ここクリスタルレイクに新たな騎士団の結成を宣言する」


(はい?)


 アイザックの目が丸くなる。

 そんなアイザックの袖をクリスが引っ張る。


「あのなアイザック。アイリーン様はずっとアイザックの名誉を回復する手を考えていたんだ」


「え?」


 アイザックからしてみれば辞めたのはケジメにすぎない。

 だが実はアイリーンはそれを気にしていたのだ。


「指揮官のミスを部下に押しつけてしまったって言ってた」


「そうか」


 アイザックはポリポリと頭をかいた。

 「だまし討ちなんかする必要はないのに」と思った。

 そしてクリスが続ける。


「アイザックが騎士に戻れたのはうれしい……私のせいだから」


「んなことはねえよ」


 規則を破ったのはアイザックだ。

 だから罰を受けるのもアイザックなのだ。

 だがアイザックは笑った。


「クリス。ありがとう。お前はいい女だよ」


 クリスは顔を真っ赤にして下を向いた。

 アイザックもまた一番下っ端と言えども騎士になることはうれしかった。

 この村なら騎士をやりながらでも店を営業することは可能だ。

 すでに軍師というよくわからない役職を副業にしている状態だ。

 生活にはなんの変化もない。

 アイザックはタカをくくっていた。

 だがそのタイミングでセシルはさらなる爆弾を投下する。


「団長は新郎のアイザックである。」


「ぶッ!」


 アイザックがふいた。

 下っ端ではなかった。

 むしろ出世だった。

 地方師団の二番目ではなく一番目なのだ。

 聞いていない。

 明らかにおかしい流れだ。


「新たな騎士団にはこの第三皇子セシルの名において新大陸の探検を命ずる。領地と爵位は働き次第だ」


 アイザックは事の意味を理解していた。

 第三皇子直属の騎士団だ。

 地方騎士団ではない。

 大出世どころの騒ぎではない。

 セシルは本気だった。

 セシルはクリスタルレイクに全てを賭けているのだ。

 この結婚式も何もかもが本気、一蓮托生なのだ。


「相談役には代官アイリーン、村長ガウェイン、それに地主代表のアッシュ。副団長にはカルロスを任命する」


 ガチだった。

 完全に遊びではない。

 一切の遊びがない配置だ。

 アイザックは膝をつく。


「アイザックには騎士団団長の証である勲章と団長旗を授ける」


 アイザックは覚悟を決めていた。

 セシルのメイドから勲章が手渡される。


「このアイザックは我が腹心の友である。アイザックの言葉は我が言葉と心得よ!」


 おそらく中央、帝都では権勢を振るっているであろう貴族たちが見守る中アイザックは団長に就任した。

 貴族たちはまるで英雄を見るような眼差しをアイザックに向けていた。

 それもそのはず、セシルは自分の派閥の貴族にだけは舞台に見せかけてテロを未然に防いだことを説明していたのだ。

 貴族たちの中ではアッシュとアイザック、それにカルロスは『根性のある若者』として認識されていたのである。

 こうしてアイザックは結婚した。

 ちなみにドラゴンたちはというと……


「ねえねえ、ベルお姉ちゃん。クリスちゃんかわいい♪」


「そうですねえ。レベッカちゃん。でもレベッカちゃんが一番かわいい」


「やーん♪」


 普通に結婚式に参加していた。

 その日だけはドラゴンたちはお腹いっぱいだった。

 だからレベッカとドラゴンたちはもっと楽しくしようと思った。

 もっともっともっと。

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