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それぞれの当日

 タヌキの最大の誤算は自分の人気への評価だった。

 タヌキからすればクローディア・リーガンは10年に一度の女優だ。

 それは自信を持って言えるだろう。

 なにせ数百年分の経験だ。

 反則の極みである。

 とは言ってもそれには限界がある。

 歴史に名を残す100年に一度の天才の才能には遠く及ばない。

 その証拠にクローディアは女優や歌手としては後世に名を残していない。

 魔道士として名を残しているだけだ。

 女優として名を残すのは決まってクローディアの弟子だ。

 だからクローディアは自分の価値を低く見積もっていた。

 前の公演は物珍しさがあった。

 今回は半分になるだろう。

 それがクローディアの予想だった。


 だが予想は外れた。

 前回の公演は大成功だった。

 クローディア・リーガンの復活だと噂された。

 さらに謎の大型(・・)新人俳優アッシュへの興味は最高潮に達していたのだ。


 クリスタルレイクに列をなして馬車がやってくる。

 結婚式に関係のない人たちまでやって来ていた。

 前回の公演で学んだ村人たちが屋台を出す。

 こういう面ではアイリーンやクローディアより村人の方が事態を正しく理解していた。

 そして事態の規模を見誤ったことにアイリーンが気づいた。


「……まずい」


 アイリーンはあわてている。

 それを見たベルがすました顔で言った。


「とりあえず私はドラゴンちゃんたちと一緒にいられればいいです」


「ひどいぞベル!」


「なんとでもどうぞ。とにかく私は公演には関わりません。結婚式にはドラゴンちゃんたちと参加しますわ」


 ベルは公演には関わらない。

 彼女にとってはひらひらドレスで踊ってみたいとかという願望はない。

 ただ、生活にかわいいものがいればいいだけだ。

 だからベルはドラゴンが最優先である。

 公演の間、ドラゴンを守るのはベルである。

 だからベルはあまり興味なさそうに言った。


「そろそろお時間では?」


 アイリーンはベルを横目でじろりと見る。


「態度がぞんざいだぞ……」


 心底どうでもよかったベルは受け流す。


「はいはい。ドラゴンちゃんたちはお任せください」


「ひどいー!!!」


 こうして公演の日は始まった。

 同じころアッシュは劇場にいた。

 この世はわからないものだとアッシュは思った。

 つい先日まで自分は恐怖の対象でしかなかったはずだ。

 それがケーキ屋になって、あまつさえ俳優の真似事をして認められている。

 美形なんて言われるなんて思っていなかった。

 アッシュはしみじみと思った。

 そんなアッシュは理解してなかった。

 クリスタルレイクでの仲間たちとの生活。

 それはアッシュの表情を穏やかなもへと変化させていた。

 背筋を伸ばし顔を上げ、アイリーンに言われて身だしなみを整える習慣を身につけた。

 クローディアによってコンプレックスを乗り越えたことも大きい。

 アッシュは自信を持つことができたのだ。

 いつの間にかアッシュは紳士の風格を身につけていたのだ。

 アッシュは振り付けを確認する。

 まだステップは正確ではない。

 付け焼き刃だ。

 だがアッシュは真面目だった。

 人の感情というものを自分なりに考え理解していた。

 だからそれを表現することはできた。

 アッシュは世界をちゃんと観察していたのだ。

 だからアッシュの動きには説得力があった。

 そんなアッシュを見守るのはクローディアだった。


「アッシュちゃん、もっと動きを大きく。その体の大きさを生かして」


「はい!」


 直前まで動きを確認する。

 おそらくアッシュは三人娘よりも熱心だった。

 クローディアはニヤニヤする。

 クローディアは人の成長を見るのが好きだ。

 だから技術を教えることは好きだ。

 たとえライバルに自分を越えられるとしても。


「アッシュちゃん。このクローディア・リーガンのすべてを叩き込むから」


 アッシュは少し困る。


「俺は百姓でケーキ屋ですよ」


「そこに俳優が加わってもいいじゃない。ドラゴンライダー」


 クローディアはメチャクチャなことを言った。

 だが、たしかに多少肩書きが増えても問題はない。


「いいんですかね?」


「いいの♪」


 クローディアはほほえんだ。

 二人の準備は整ったのだ。


 一方、アイザックとカルロスは全く準備もなく実戦投入されようとしていた。


「く、マジであの連中、俺たちを人前に出すつもりだ!」


 カルロスが言った。

 アイザックは顔を押さえる。


「俺はさらに結婚つきだぞ」


「お前の場合は照れてるだけじゃねえか!」


 カルロスもいいかげん理解してきた。

 アイザックは本心ではクリスとの結婚に不満はない。

 世間体の悪さも周りが認めているから問題はない。

 ただクリスの心変わりを気にしているだけだ。

 相手を不幸にしないように離婚できるようにしておきたいだけなのだ。


「お前だってそうだろ? セシルちゃんタイプだろ」


 アイザックはカルロスに意地悪く言った。


「身分がなあ……あと男友達として一緒に遊ぶのはいいタイプなんだよなあ」


「色気ありそうでないもんな」


 セシルは全方面にフェロモンをばらまいているが、男として育てられたせいで肝心なところが間違っている。


「それと親父の世話になりたくないんだよ。海軍とかマジありえねえって」


 海軍がいやだから騎士になったのである。

 セシルのプランでは海軍に逆戻りである。


「それに俺はクリスタルレイクが好きなんだよ。アッシュさん面白いし」


 カルロスが本音をぶちまける。

 それにアイザックも同調する。


「まあ俺もそうだな。アッシュさんといると楽しいしな」


 少し場がしんみりした。

 男どうしの友情である。


「それで、この劇をどうやって潰すか……」


 カルロスの言葉をアイザックが遮った。


「いや……最後までやろう」


「え……アイザック……劇をぶち壊す手を考えていたんじゃ」


「いや結婚するよ。そして三年くらいして美しくなったクリスにゴミのように捨てられるんだ……」


 驚くほど悲観的である。


「あ、アイザック。あきらめるな!」


 だがアイザックは覚悟を決めていた。

 アイザックは立ち上がった。

 いざ劇場へ。

 無駄に男らしかった。

 アイザックのその姿は思わずカルロスもときめきそうになった……らしい。

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