妖精さんはアッシュさん手作りのお菓子がお気に入り
その日アッシュと一行は農地に来ていた。
レベッカはベルが抱っこしている。
そこは荒れ果てた元農地だった。
かつては様々な野菜や果樹などが栽培されていた。
ところが今や戦災で放棄され瓦礫や石が散らかり雑草が生え放題の有様である。
これを元に戻すには年単位で時間が必要だろう。
だがこの土地の持ち主はアッシュである。
最強の傭兵アッシュなのだ!
アッシュはクワを振りかぶる。
アッシュは「ふおおおおおおおお」っと息を吐き呼吸を整える。
「奥義岩斬爆撃鍬!」
クワが光り、まるで隕石が落ちたような爆発と衝撃波が発生する。
その衝撃波で数百メートルにわたり地面がめくり上がっていく。
そしてめくり上がった土が今度は次々と爆発する。
もし巻き込まれたら人間など破片も残らないだろう大技である。
「ふう、畑打ち完了」
雑草や邪魔な石までも塵になって状態は完璧である。
「にいたんすごいですー!」
きゃっきゃっとレベッカが喜ぶ。尻尾が激しく揺れている。
それを見たいい加減アッシュの顔になれてきたアイリーンが呆れた声を出した。
「アッシュ殿、貴方は本当に人間なのでしょうか?」
一瞬間が空く。
アッシュも少し考えているらしい。
「人間ですよ」
キリッ!
「どこの世界に戦術級の大技を繰り出して畑を耕す人間がいるんだ!」
アイリーンが怒鳴る。
「大丈夫です。人間には使ったことはありません!」
人間に使ったら大量虐殺になってしまうほどの大技である。
優しいアッシュが使うはずがない。
それに通常の戦闘では使う必要はない。
そもそもアッシュは傭兵である。
本来傭兵は数合わせの派遣である。
なので適当に戦って死なない程度に適当に撤退するのだ。
こんな技を使う必要などない。
それにアッシュは大技を使うまでもなく適当に戦場をフラフラしているだけで充分効果のあるユニットなのだ。
それがアッシュの常識だった。
だが本当の常識人であるアイリーンは頭を抱えた。
アッシュの農業はアイリーンの常識をズタズタにしてしまったのだ。
だがそんなことまでアッシュは気が回らない。
容赦なく農作業を続行する。
「さて次は石灰を撒くぞ!」
石灰を撒くのは作物の老廃物で酸性に傾いた土の消毒と中和である。
「にいたんがんばるです!」
レベッカはお手々をきゅっと握る。
「おうがんばるぞー!」
「あいー」
レベッカの応援でアッシュに力がみなぎる。
「必殺……戦斗轟爆陣」
「また必殺技かーい!」
アイリーンのツッコミが響いた直後、なぜか戦場の爆撃音が鳴り響き石灰が撒かれる。なぜか爆発つきで。
爆破解体をしたのか、それとも畑を作っているのかすでにわからない状態だがとりあえず畑は完成したのだ。
こうしてあっと言う間にアッシュは農地を作ってしまったのだ。
「さて石灰撒いたから数日間は眠らせる。おつかれー。レベッカお手伝いありがとねー」
「あーい」
レベッカはなにもしてないが大喜びで尻尾をふりふりする。
それを見たアッシュはレベッカをなでなでする。
「んー。にいたんにいたん。妖精さんにお願いしてもいいですか?」
アークデーモンの瑠衣さんである。
アッシュはよく考えずに許可を出してしまう。
「いいよー♪」
実はよくわかっていない。
「あーい。妖精さん妖精さん……」
レベッカが瑠衣を呼び出すと何も存在しない空間から虫の鳴き声のような不愉快な音を奏でながら突如目が現れる。
「な、なんだ!」
アイリーンとベル、それに護衛たちはその場でうずくまった。
それは本能的な恐怖。
狩るものと狩られるもの。彼らはその上下関係を嫌というほど知ったのだ。
「ぎゃああああああああああああああああああああ!」
突如として目からまるで狂った女性が発するような金切り声が上がる。
そして悪魔が現れた。
「ごきげんよう皆様」
あくまで上品にその執事服を着た男装の麗人は佇んでいた。
「な、な、な、何者だ……」
なんとか気を保ったアイリーンが尋ねる。
ちなみにアッシュは平然としている。
「私は瑠衣と申します。古き盟約に則ったレベッカ様の下僕にしてアークデーモンでございます」
明らかに嘘じゃねーか!
お前のような妖精がいてたまるか!
アイリーンは動けないほどの恐怖を味わいながらもツッコミを手放さなかった。
そんなアイリーンもだんだんと息が苦しくなっているのを感じていた。
このままでは死んでしまう。
するとアッシュが瑠衣に立ちはだかる。
「あのー瑠衣さん。みんな苦しそうですよ」
ほんわかとした一言だった。
アイリーンはもう知っていた。
アッシュは怖い顔をしているが中身は見た目ほど怖くはない。
ドラゴンを拾ってくるくらい優しいのだ。
瑠衣もそれはわかっているらしくアッシュの言葉にはっとしていた。
「あ、これは私としたことが失礼いたしました。人間の皆様に会うのは久しぶりだったのでつい張り切ってしまいました」
アッシュの一言でアイリーンたちを苦しめていたプレッシャーは一気に霧散した。
アイリーンとベルはゲフッと息を吹き返す。
ベルにはレベッカが「大丈夫?」と心配そうに寄り添っていた。
ベルは幸せそうな顔をして鼻血を出していた。
「それでレベッカ様いかがいたしましょうか?」
レベッカはぴょこぴょこと跳ね回る。
「うんとね。うんとね。果物欲しいの! できたらアッシュにいたんがケーキ作ってくれるの!」
「かしこまりました」
「ありがとうです♪」
感謝を述べながらレベッカは瑠衣に抱きつこうとする。
「なりません!」
瑠衣は珍しく焦った様子でレベッカをたしなめた。
「ひゃい」
瑠衣が怒鳴り、レベッカがビクッとする。
尻尾がくるんと丸まる。
それを見て瑠衣は悲しそうな顔をすると優しく言い直す。
「なりませんレベッカ様。もう一度一緒に確認しましょう。ドラゴンは幸せを糧に生きてます。でしたらアークデーモ、妖精は?」
「不幸を食べて生きてます」
さりげなく妖精って言い直したぞ。
いやアンタは妖精じゃねえだろ。アークデーモンだよね。
なにいい話風にまとめてるの。
アイリーンは心の中で強くツッコんだ。
「ではアークデーモンげふん、妖精を触ってしまったらどうなりますか?」
「幸せが吸い取られます」
レベッカは教師に叱られた児童のようにうなだれる。
その間もアイリーンのツッコミは止まらない。
今アークデーモンって完全に言ったよね! 言ったよね!
「レベッカ様はまだ小さいのでもしかすると死んでしまうかもしれません。わかりますね」
「あい」
するとアッシュが瑠衣の代わりにレベッカの頭を撫でる。
それを見た瑠衣がくすりと笑う。
「これが貴女がレベッカと暮らせない理由ですね」
「大きな理由の一つにございます。どうかレベッカ様をよろしくお願いいたします」
「わかりました」
「それでは朝までにレベッカ様の願いを叶えましょう。ごきげんよう。美しいアッシュ様」
「美しい……だと!?」
その場にいたアッシュ以外の人類の心が一つになった。
瑠衣が「それがなにか?」という顔をする。
「いやアッシュの顔は『怖い』であって美しいとは表現しないだろ」
「にいたんはかっこいいですよ」
「レベッカたんがそう言うなら私もかっこいいと思います」
「ベル黙ってろ」
クスクスと瑠衣が笑う。
「アークデーモン、ごふん。妖精においては一睨みで人を殺すだけの恐怖を与えられるのが美形の条件なんですよ」
どうやらアッシュはアークデーモン基準では絶世の美男子のようだ。
「それでは失礼いたします。アッシュ様木苺のパイ美味しゅうございました」
そう言うと瑠衣はアッシュに最初に出会ったときのようにすうっと消えてしまった。
「相変わらず神出鬼没な人だなあ」
アッシュからすれば妖精さんも普通の存在である。
アッシュに対してアイリーンは難しい顔をしてつぶやく。
「一つわかったことがあるぞ。瑠衣は甘党だ」
アイリーンがそう言うとアッシュはとても満足げな顔をした。
それはそれはいい顔をしていた。
なぜなら今までアッシュの手料理を喜んでくれる人などいなかったのだ。
それが今はみんな喜んでくれる。
それがアッシュにはとても嬉しかったのだ。
アッシュはお得意様を手に入れた。
アイリーン「ところで瑠衣は菓子をいつ食べているのだ?」
ベル「そう言えばお菓子が勝手になくなることがたびたび……」
アッシュ「ふふふふふ」
アイリーン「なぜ嬉しそうにする」