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嵐の前

 アイリーン、クリス、セシルの残念な娘たちはクローディアのレッスンで成長を遂げていた。

 さすがに今回はアイリーンにもクローディアは一から指導した。

 クローディアの指導で三人はその才能を開花させていた……


 ……主にクローディアの意図しない方向性で。


 芝居の演目はクローディアが呼んで来た帝都の脚本家たちに急遽作らせたものである。

 ストーリーは三人の女性がそれぞれの恋人と繰り広げるドタバタを描いたコメディである。

 男衆はアッシュ以外は非協力的な態度を取ったので当日、ムリヤリ舞台に上げてその場の反応でシナリオを変えるという方式をとっている。

 脚本家と三人の力量が試される舞台である。

 一見すると素人に即興で演技をさせるという無謀な計画である。

 だがこのクローディアのムチャな要求にクローディアのスタッフは大喜びをした。

 面白ければなんでもあり。

 それがクローディアたち劇場スタッフなのである。

 ちなみに劇場スタッフはクローディアの部下のタヌキたちと人間の混成チームである。

 物語の悪魔に一番近い存在であるクローディアと普通に付き合えている危険人物ぞろいなのだ。

 どこまでも暴走を続ける舞台を止めるものはスタッフには存在しなかった。

 さらに恐ろしいことに万能ツッコミ役であるアイリーンは『ヒラヒラした衣装で歌って踊りたいモード』に入っていたため機能停止におちいっていた。


 つまりこのクリスタルレイクにはクローディアを止めるものは誰もいなかったのである。


 そしてこの舞台の犠牲者が今まさに出ようとしていた。


 それは新聞から始まった。

 技術力の低いクルーガー帝国では、未だに紙ではなく羊皮紙の巻物である。

 料金も高い。

 そんな新聞をアイリーンはお金を払って購読している。

 もちろんお金を出しているアイリーンが最初に読む。

 次にアイザックだ。

 騎士時代から続く習慣だが、アイザックが騎士を辞めた今でもこの習慣はなんとなく続いている。

 その日、アイザックはお仕置きによる軽い体の痛みを抱えながらも新聞を読んでいた。

 爆撃に炎、幾多の悪魔による壮絶な鬼ごっこ。

 普通なら死んでいるはずの攻撃を受けながらもアイザックはその程度ですんでいた。

 アイザック自身も『ちょっとおかしくね?』と疑問に思うほどだ。

 そんなアイザックのお茶を飲みながらの新聞タイム。

 それは心を落ち着かせる至福の時間であるはずだった。

 だが新聞を見た瞬間、アイザックの手が震えた。


「く、くろおおおおでぃあああああああッ!!!」


 新聞の記事、そこには演劇の記事が掲載されていた。

 デカデカと。一番目立つ位置に。


『クローディア・リーガン新作舞台クリスタルレイクにて開演。クローディアの弟子三人が主演決定。うわさのクローディアの甥アッシュも出演か?』


 との見出しが躍っている。

 内容は見出し通り、新進気鋭の俳優アッシュ出演のうわさと三人娘の公演の話題である。

 しかもなぜかアッシュが美形であると書かれていたのだ。

 アイザックがキレたのも無理はなかった。

 自分の結婚公演が大事になったのはしかたがない。

 アッシュやアイリーンの存在を隠し通せるわけがない。

 あの連中の存在は反則だ。

 だがセシルを表に出すのはマズかろう。

 世間的には皇子なのだから。

 アイザックは廊下をずんずんと進む。

 そして食堂に押し入る。

 食堂にはお酒のケーキを味わうクローディアとアッシュがいた。

 ちなみに今クローディアはは人間の姿である。


「あら、アイザックちゃん。飴ちゃんいる?」


 クローディアはご機嫌だった。

 アイザックはクローディアの真正面に座る。


「クローディアさん。どういうおつもりですか?」


 アイザックは怒りながらも丁寧な態度で言った。

 クローディアはなにかを企んでいるに違いないと思ったのだ。

 だがそれは間違っている。

 クローディアはなにも考えていない。


「なにがー?」


 美しい女優が無邪気にほほえんだ。

 これには最近「俺マジでロリコンかも」と悩んでいたアイザックも撃沈されそうになる。


「セシルのことですよ。いいんですか? 皇子だってバレますよ」


「んふふー。大丈夫よー。おばちゃん顔が広いから」


 もちろんクローディアはなにも考えていない。

 だがその顔の広さに加えて異常なほどの悪運によって大抵の出来事はクローディアの都合のいい展開に落ち着くのだ。

 クローディアはクリスもセシルも好きだ。

 かわいがっている姪っ子(アイリーン)の友達という感覚である。

 だから最初から(・・・・)コネを全力投入していた。

 これによって帝都の貴族の中で大混乱が起こっていたのだが、クローディアにはそれはどうでもよかった。

 だが影響は甚大で、脅迫・誘拐・暗殺なんでもありの血みどろの抗争が発生していた。

 そのおかげで皇帝の後継者レースから脱落していると思われるセシルに構う貴族は誰もいなかったのだ。


「そうですか」


 貴族の血みどろの抗争を知らないアイザックはそう言うしかなかった。

 アッシュは二人をみて「たいへんだなあ」と他人事のように思っていた。


「いやアッシュさん。アンタも関係ありますからね。今話題のイケメン俳優!」


 イケメンらしい。

 実は帝都ではあるブームが起きていた。

 それまでの帝都では線の細い俳優が好まれていた。

 ショタ系こそ美形。

 それが帝都の常識だった。

 だがアッシュのせいで男らしい体型の俳優、その隠れた需要を呼び起こした。

 帝都では現在、筋肉がブームである。

 かと言ってアッシュはイケメンと言われても困る。ピンとこない。


「えー……」


「あのね! アッシュさんもこれ見てよ! アッシュさん、注目の的だから!!!」


 アッシュは新聞を読む。

 ゴシゴシと目をこする。

 もう一回読む。

 もう一度目をこする。


「いや思いっきり書いてありますから」


「マジで?」


 マジである。

 アイザックからすれば『なに言ってるのコイツ』である。

 アッシュからすれば人生始まって以来の美形扱いである。


「そりゃね。アッシュちゃんの美声は耳が妊娠しそうになっちゃうからねえ」


 クローディアの言葉にアッシュは言葉を失っていた。

 この短期間に価値観が、アッシュにとっては最大のコンプレックスが崩れてしまったのだ。

 まこと世の中とは恐ろしいものである。


「ここ百年くらいひょろいのが流行ってたから今度のマッチョブームは長いわよう♪」


 クローディアがあやしく笑った。

 そしてアイザックの結婚式と公演の日が近づく。

 それはアッシュたちにとって怒濤の一日になるのである。

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