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村人の日常

 うり坊は思った。

 このままでは着せ替え人形にされる日々が続いてしまう。

 逃げねば。主に自分のプライドのために。

 ヒラヒラのスカートがついた服を着せられたうり坊は逃亡を誓った。

 まずは妖怪カワイイお化けをまかなければならない。

 うり坊は妖怪カワイイお化けがドラゴンにかまっている隙を突いた。


「んまあ、レベッカたん! 新しいお洋服似合いますねえ!」


「やーん♪ ベルお姉ちゃんありがとうです」


 ドラゴンという生き物が照れてモジモジしていた。

 妖怪カワイイお化けはドラゴンに抱きつく。

 今だ!

 妖怪の隙を突いてうり坊は逃亡する。

 シュバッ!

 どうやら妖怪カワイイお化けに気づかれなかったようだ。

 うり坊は安堵すると廊下を進む。


「ふーん♪ ふふーん♪ ふふふーん♪」


 体の透けた女がモップ片手に楽しそうに掃除をしていた。

 うり坊と目が合う。

 うり坊は目をうるませる。


「ぷう♪」


 尻尾をふりふりする。


「あら……うり坊ですね」


 おそらく幽霊というやつだろう。

 うり坊は思った。

 人間とはなんてしぶとい生き物なのだ。

 死してもまだ、こうやって現れる。

 殺しても死なないなんてズルイ。


「ぷう」


 相手は幽霊。

 森で何度か会ったことがあるが、なにもされたことはない。

 危険は少ないだろう。

 だがとりあえず媚びを売っておく。

 うり坊は慎重なのだ。


「……床」


「ぷう?」


 なんだろうか?

 床がなんだというのだろう?


「床を汚さないでね」


 幽霊の目が光る。

 うり坊は確信した。

 これはこの村にいるヤバい生き物たちと同種の生き物だ!

 怒らせたらまずい!


「ぷうッ!」


 うり坊は高速で首を縦に振る。

 逆らってはいけない。

 この村の連中は危険人物ばかりだ!

 すると幽霊がニッコリと笑った。


「そうですか。それならいいです」


 そそくさとうり坊は逃げる。

 正直足が震えていた

 そのまま全力で走り玄関に辿り着く。

 外に出れば自由だ。

 だが次の瞬間玄関が開き何者かが入ってくる。


「アッシュさん。小麦粉届きました! 手伝ってください! っていないのかな……」


 アイザックである。

 うり坊は軽薄そうな男だと思った。

 アイザックはうり坊と目が合う。

 うり坊は先ほどと同じく目を潤ませて尻尾をふる。


「ぷう♪」


 アイザックはその冷酷そうな顔を近づける。


(まずい、こいつは嘘つきを見分けるタイプだ!)


 だがアイザックはニコッと笑った。

 そしてポケットに手を突っ込むと革袋を出してそこからビスケットを出す。


「ベル姐さんに見つかると叩かれるから内緒な♪」


 どうやらおやつ用に持ち歩いているらしい。


(こいつ女子ども動物には甘いタイプだな。チョロいぜ)


 うり坊はアイザックの顔をおぼえた。

 なにかくれる人と。


「ぷう♪」


 うり坊はビスケットを食べるとドアを前足でカキカキする。


「なんだ外に出たいのか? 遠くに行くなよ」


 アイザックはドアを開けてしまう。

 この男。騎士の生まれのせいか女子どもと動物には弱いのだ。


「ぷう♪」


(くくく。ちょろいぜ!)


 こうしてうり坊はまんまと外に出たのだ。

 うり坊はしばらくぶりの自由を満喫する。

 もう着せ替え人形にならなくていいのだ。


 そんなうり坊の前に女の子が現れる。

 村娘ががんばってオシャレしましたというのを全面に出している少女。クリスだ。


(なにこのガキ)


 うり坊は思った。

 だからプイッとそっぽを向いて無視をする。


「お、おい。お前、アッシュ兄ちゃんが捕まえてきたイノシシじゃねえの?」


「ぶうッ!」


 うり坊は威嚇する。

 だが悲しいかな今のうり坊には戦闘力はない。

 ぶぎゅるッと押さえつけられる。


「まったく。逃げちゃダメだろ!」


 そのままうり坊は抱っこされる。

 暴れるががっしりつかまれ逃げ出すことはできない。


「ぷう! ぷうッ! ぷぷうッ!」


「ダメ!」


 抗議してもダメなようだ。

 うり坊はうなだれる。

 また着せ替え人形にされるのかと。

 すると前から別の女性が現れる。


「どうしたクリス」


「あ、セシルさん」


 クリスはセシルの身分を具体的には知らないため『さん』付けである。

 この日のセシルは前回のワンピースでの成功をふまえて大人でありながらもかわいい路線の服を着ることにした。

 ちなみに友人でもあるメイドは、セシルにやたら派手なものを着せたがるので朝からケンカをしてこのスタイルに落ち着いた。

 そんな女性のおしゃれ初心者セシルはクリスに聞いた。


「なあクリス。カルロス見なかった?」


「見てない。セシルさんはアイザックどこに行ったか知らない?」


 かみ合っているようでかみ合ってない。

 クリスもセシルも自分に興味のない事柄など見えていなかった。

 人間はわりとそんなものである。


「そうか。それでクリス、結婚式の準備はどうなっている?」


 セシルがニヤニヤとしながら言った。

 この話には興味があるらしい。


「とりあえず、代官のアイリーン様の書類はできたから、あとは司祭とか呼んでそれから準備かなあ。結婚の証人は探さなくていいから楽だけど」


 証人は必ず必要だ。

 だが今回の結婚では代官のアイリーンとセシルが証人である。


「まかせてくれ。次はアッシュ殿とアイリーンだな」


「あの二人は放っておいても大丈夫だと思うけど」


 クリスは「あはは」と笑う。


「ああいうのに限って案外ぎりぎりまで粘るかもなあ」


「あはは。まさかー」


 セシルが不吉な事を言うがクリスは笑って流した。

 女性二人が話をしていると、ふっと辺りが暗くなる。

 それが人間の影だと気づいたクリスは元気よく挨拶をする。


「よう! アッシュ兄ちゃん!」


 するとうり坊が「ぷうううううッ!」っと暴れ出す。


「どうしたお二人さん」


 アッシュは軍服を着ていた。

 お芝居の練習をしてきたらしい。

 セシルはつま先から顔までじっと見る。どこまでも見る。

 そしてほっとため息をつきながら目をうるませる。

 それは非常に色っぽかったとクリスは後に証言した。


「すごい体格だ……ここまで鍛え上げているのは役者でもそうそういないだろう。それに姿勢もいい。歩きながら上半身がまったくぶれていない。役者をやる前はなにをされていたのかな?」


「直近では農民ですけど……」


 嘘ではない。

 だが転職して日が浅いためその情報には価値はない。


「その前は!?」


 セシルは真剣な顔で聞く。

 アッシュの恐ろしい顔はそれほど気になっていないようだ。


「ちょ、ちょっとセシルさんどうしたの!」


 クリスがあわてるがセシルは必死だった。


「だって、お芝居が好きだから!!!」


 セシルは真剣な顔で言い切った。

 セシルは芝居オタクである。

 そんな彼女の前に誰も知らなかったクローディアの弟子が現れたのだ。

 質問攻めにしない手はない。


「それで農民の前は!?」


「よ、傭兵です」


「なるほど。だから決闘のシーンであの迫力を出せたのか……素晴らしい」


「あ、ありがとうございます」


 アッシュは恐縮する。


「それでだ……クローディアの血縁者という噂は本当かな?」


「え? アッシュ兄ちゃんってクローディアの関係者なの?」


 クリスも驚く。

 クリスの認識では、アッシュはあの酔いどれタヌキの関係者だったのだ。


「甥っ子……的な……」


 ただし数世代遡るが。


「なるほど! それであの歌か! なるほどなるほど!」


 セシルは上機嫌になる。

 クリスの方はアッシュへ用事があったのを思い出す。


「あ、そうそう。アッシュ兄ちゃん。あのさ、結婚式で歌ってくれない?」


「へ?」


 アッシュは面食らう。


「だって歌うまいんだろ? みんなほめてたぜ!」


「い、いやあの……」


 アッシュは珍しく狼狽した。

 歌をほめられるのになれてないのだ。


「いいから! アッシュ兄ちゃんは村人の憧れなんだぜ。強くて料理がうまくて歌がうまくて……とにかくみんなほめてるぜ!」


 アッシュは泣きそうになっていた。

 ほんの少し前まで人間扱いすらされてなかったのだ。

 さすがのアッシュもこれは泣く。

 だから泣くのを我慢するために力強く言い切った。


「お、おう歌わせてもらうぜ! 二人のためにがんばる!」


「ありがとう兄ちゃん!」


 クリスがニカッと笑った。


「あ、そうそう兄ちゃん。こいつ捕まえたよ」


 そう言うとクリスはアッシュにうり坊を差し出した。

 アッシュはうり坊に話しかける。


「なんでお前こんなところにいたんだ?」


「ぷう! ぷうううううううう!」


(うおおおおおお! 離せええええええ!)


 こうしてうり坊はまたもや捕獲されたのである。

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