番外編 かわいい洋服
ベルは子ドラゴンの胴にメジャーを当てる。
「はい。採寸終わりました」
「あーい!」
なぜかアイリーンも手伝いをさせられている。
ベルは一大プロジェクトに手をつけていた。
子ドラゴンたちの洋服を作るという仕事なのだ。
採寸が終わると型紙を調整。
調整した型紙にそって服を裁断する。
「ふふふ、超かわいいお洋服を作りますよ……」
ベルは燃えていた。
かわいいお洋服なのだ。
かわいいドラゴンちゃんたちを着飾ることができるのだ。
「あのな……ベル……私は仕事を」
型紙を切っていたアイリーンは逃げようとした。
飽きたのだ。
ぎりぎりぎりぎりとベルの首が動く。
「ドラゴンカワイイ。仕事アトマワシ」
「ああ……なんか悪い……」
アイリーンはいろいろとあきらめた。
なにせかわいいものに目がないベルなのだ。
なにを言っても無駄だ。
あきらめたアイリーンが単純作業をしていると救いの神がやってくる。
演劇仲間のセシルだ。
素性はわからないがお偉いさんの娘らしい。
カルロスもアイザックも貝のように口を閉ざしていたせいでアイリーンはセシルの正体を知らなかったのだ。
「アイリーン。クローディア様がレッスンだって」
セシルはクローディアに『様』をつけていた。
このやたら色っぽい女性はクローディアのファンなのだ。
セシルはこの日、やたら高そうなドレスを着ていた。色気が外に漏れ出している。
アイリーンは思った。
色気が漏れ出しているからカルロスに逃げられるのだ。
かわいいワンピースでも着ればカルロスなら一発で撃沈ではないかと。
だがそれを口に出さない。
アイリーンも自分の服のセンスに自信がないからだ。
「おう! そうだな行かなきゃ! んじゃベル後は頼むぞ」
がしり。
ベルがアイリーンの肩をつかむ。
「終わったら手伝ってくださいね。お願いですよ。逃げたらアイリーン様にもカワイイお洋服を着てもらいますよ!」
完全に目が据わっている。
「は、はい……」
アイリーンは承知するしかなかった。
そんな状況にセシルが爆弾を投下する。
「私もかわいい服が着たいなあ」
最近になって女装をするようになったセシルとしてはなんでも挑戦してみたい。
なにも考えずに言った言葉だった。
がしり。
ベルがセシルの肩をつかむ。
「かわいいものが着たいのデスカー!!!」
「あ、ああ。せっかくだからかわいいのを着てみたいと……」
「ベリー素晴らしいですネー。かわいいのスゴイ。みんな着ル」
言語中枢の壊れたベルが片言でまくし立てる。
アイリーンが呆れた声を出した。。
「おーい、壊れるなー。かわいい洋服はあとでいいから、私たちは練習に行くぞー。さあ、セシル行こう」
「あ、ああ。わかったアイリーン」
セシルとアイリーンは出て行く。
するとベルが微笑んだ。
子ドラゴンたちも満面の笑みを浮かべる。
「あのね、あのね。ベルママー」
子ドラゴンたちがしったんしったんと飛び跳ねながら聞く。
「はーい♪」
ベルも満面の笑みでそれに答える。
「かわいいの幸せ?」
「はい♪」
しったんしったん。
子ドラゴンたちは円陣を組んで会議をする。
「かわいいの幸せなんだって! どうする?」
緑色の子ドラゴンが議題を発表した。
「そうなのー」
「幸せだいすきー」
「かわいいの行こう!」
「ではカワイイ路線でいきます!」
「「さんせー!!!」」
どうやら会議が結論を出したらしい。
「カワイイのでいきます!」
しったんしったん。
「はい♪」
ベルが答えるとドラゴンたちが魔法を使う。
「かわいいの行きます!」
しったんしったん。
「おおー! 行くのです!」
子ドラゴンたちがまばゆい光を放った。
さて、談笑しながら劇場を目指していたアイリーンとセシル。
彼女らが突如として光に包まれる。
「な、なんだ!」
「これはなんだ!」
一瞬にしてアイリーンの軍服とセシルの色っぽいドレスは、町娘の着るようなかわいいワンピースに変わっていた。
「……おう」
アイリーンはなにかに巻き込まれたのはわかったが、その効果は微妙だった。
悪意もトラブルの予感も感じない。
むしろクリスタルレイクで起こる怪現象の中では穏便な部類だった。
アイリーンは腕を組んで一瞬だけ考えるとセシルを見る。
セシルの顔は真っ赤だった。
「セシル……ずいぶんとまあ……かわいいな……」
アイリーンはぽかーんと口を開けた。
ずいぶんとかわいい格好だ。しかも似合っている。
「う、う、う、う……あのなアイリーン……」
セシルは耳まで真っ赤である。
「こういうの着たことないから、どうすればいいかわからない……」
そう言えばアイリーンも滅多に着ない。
これで知り合いに会ってしまったらと考えるとアイリーンも固まった。
アイリーンにとっては舞台でヒラヒラの衣装着て演技をするよりも高い壁だったのだ。
「ど、ど、ど、ど、どうしよう」
アイリーンも挙動不審になった。
だがドラゴンのやることだ。
二人の不利益になることはない。
そこにたまたまアッシュとカルロスがやって来たのだ。
「あ、アイリーン!」
アッシュが声をかけるとアイリーンはビクッとする。
さすがに恥ずかしかったのだ。
だがアッシュはやさしく言った。
「似合ってるよ」
アイリーンは「えへへへへー」とだらしなく笑った。
「そ、そうかな?」
「うん。かわいい」
アイリーンの「えへへへへー」が止まらない。
そしてもう一人が気づく。
「あ、あ、あ、あれ……セシル様……」
草食動物系男子カルロスである。
「あ、ああ。突然服が替わってしまってね……変だろ?」
そう言うセシルは耳まで真っ赤である。
「い、いえ、そんなことは! たいへんお似合いです!」
カルロスが興奮気味に言った。
カルロスはセシルが嫌だったわけではない。
なんとなく肉食獣を思わせる態度だったので本能に従って逃げていただけである。
だがセシルはそれでも押していた。
押してダメなら引けばよかっただけなのに。
「そ、そうかな?」
セシルがテレながら言った。
「ほ、ほら、私のイメージじゃないから……」
「そんなことありません!!!」
カルロスは力強く言う。
「ありがとう!」
セシルは耳まで真っ赤にしながらにっこりと微笑んだ。
そしていつものセシルになる。
「ウサちゃん。このまま子ども……」
いつもの調子になった途端、カルロスは逃亡。
あっという間に姿が見えなくなる。
「ウサちゃん……なぜ……」
こうしてアイリーンは幸せだったし、セシルも多少不満が残るものの相手にされて幸せだったとさ。
ちなみにベルは一部始終を陰から見て鼻血を流していた。
16日はお休みします。